43.バレた……?
ヤバい! ヤバいヤバい!
ささやかな胸だけど、酔っ払いだったけど、私の微乳をオレストさんに見られたーッ!!!
私の頭の中はパニック状態。
今は夜中。パニックになった頭では、ベッドに入っても眠りが訪れてはくれなくて、脳内独り会議が忙しい。眠くならないので、仕方ないと諦めて起き上がる。
オレストさんは私のパンチが効いたらしく、隣のベッドでぐっすりと眠っているけれど……。
初めての口づけが酒臭かったこととか、いつの間にか胸を見られたこととか、「好きだ」と言われたこととか、もうどうしたらいいのか分からない。
いや、でも、オレストさんは「メラン、好きだ」と言った。フィリスではなく。
あのどっちつかずの頃の気持ちに戻って言っていたのだとしたら、男だと思われてるフィリスには用はないんだろうと思う。
それに、オレストさんはかなりな酔っ払いだったし。
あ、それなら、夢だったと思わせればバレないんじゃ……?
とにかくキスとか告白とか、オレストさんの指輪のお相手さんにも申し訳ないし、無かったこととして通させてもらおう!
それがみんなの幸せのためだ。
うん、そうしようそうしよう。
こっそりオレストさんの頬に触れ、最近使えるようになった治癒魔法で私の拳の痕を治癒しておいた。
翌朝、私は早めに起きて身支度を調え、何事もなかったかのように宿の1階にある食堂にいた。
オレストさんはベッドの中で「う~、頭痛い……」とか唸ってたので、「飲み過ぎです」と冷たく言い放って放置してきた。
ホントにもう、乙女のファーストキスを奪っておきながら、きっと覚えてないんだわ!
……いや、変に覚えていられても、自分の首を絞めるだけだから良いんだけどね。乙女心は複雑だ。
しばらく宿のスタッフさんの動きとか宿泊客の動きを眺めながら香草茶を飲んで待っていると、オレストさんがやっと起きてきた。
シャワーを浴びて、少しはスッキリしたらしい。
「朝食は食べられそうですか?」
「う~~、無理ぃ……」
「少しで良いので何か胃に入れてください。せめて野菜スープを少しだけとか、それが無理ならフルーツジュースだけでも飲んだ方が良いですよ?」
「……うん、じゃあ、ジュースをもらう」
私は宿の給仕さんにオレストさんのジュースと自分の分の朝食を注文した。
「……昨夜の記憶が途中で途切れてるんだけど、私は何かやらかさなかった?」
恐る恐ると言った感じでオレストさんが訊いてくる。
「えぇ、そりゃもう、部屋のドアをガンガンするもんですから、隣近所の部屋から苦情が来やしないかとひやひやしましたよ?」
「……ごめん」
しゅんとするオレストさんは、やっぱり耳がヘタレたわんこのようだった。
「いえいえ、部屋で吐いたりしなかった分、マシな方だったと思いますけどね?」
「あー、そこまでではなかったんだ?」
「はい。部屋に帰ってきてすぐ寝ちゃいましたし」
「そっか……」
やっぱり昨夜のことは覚えてないんだな~、と複雑な乙女心ながらも安心する。
このままバレずに自宅へ帰れれば、それでミッションは終了だ。
2人で馬に乗って出発すると、程なくしてオレストさんが「フィリスは独りで馬に乗る練習をした方が良いな」と言って私を馬上に残し、自分は馬の手綱を引いて歩き出した。
いや、そりゃあ、独りで馬に乗れたら便利ですけど……。
ま、いっか。昨夜のことが頭を過ぎると、オレストさんの存在を意識しすぎて緊張の度合いが半端なくなるから、これはこれで丁度良いのかも。
それに、そろそろ月のものが来そうな頃合いで、オレストさんが血の匂いに気がついたら困るなぁって思ってたし、一緒に馬に乗らなくて良いのは都合が良い。
それからは会話もなく、ただただ街道を進んだ。
その日の昼を少し過ぎた頃。
宿で用意してもらった昼食を食べて眠気が出てきたのか、それとも昨夜は少し睡眠不足だったからなのか、頭がくらくらし始める。
ダメダメ! 気合い入れて起きてなきゃ! 寝落ちしたら馬から落っこちちゃうかもしれないし! 宿に着いたら眠っても良いんだから。
いつもは私の後ろに座って支えてくれてるオレストさんが、今は馬の横を歩いてる。
自分の体は自分で支えないと……!
なんとかがんばって体を支え、夕方前に宿屋へ辿り着き、私は「眠いから起こさないでください」とオレストさんや宿の人に念入りに確認して、安心して眠りについた。
今日は個室がとれたから、オレストさんも入ってこないし、安心だ~。
☆ ☆ ☆
半端な時間に寝たため、目を覚ますと夜の8時くらいだった。目が覚めたら、予想通り月のものが来ていてちょっと焦った。まだ経血の量が少ないから下着がちょっと汚れた程度で済んだのでホッとする。
汚れた下着は後でシャワーの時に洗おうと思って、水につけておいた。
でも、拙いな~。
そろそろだと思って布ナプキンの準備をしておいたからそっちは大丈夫なんだけど、血の気が足りなくてぼーっとしてしまうのが危ない。また明日も、独りで馬に乗る練習とかするのかなぁ……。落馬しないように気をつけなきゃ。
明日のことは明日にならないと分からない。ま、考えても仕方ない。
夕方眠る前に、オレストさんには「いつ起きられるか分からないので、夕飯は先に食べちゃってかまいません」って言っておいたし、今夜はお一人様で夕飯だ。
私は宿の食堂で夕飯を食べて、部屋に戻ってシャワーを浴び、洗った下着を弱い火魔法と風魔法で乾かしてから眠りについた。
朝起きて、宿の食堂に朝食を食べに行く。
タイミングが合わなかったのか、オレストさんとは会わなかった。
朝食後、宿を出る準備をして宿の玄関で待っていると、オレストさんが来た。
「おはようございます」
「……おはよう」
なんだかオレストさんが素っ気ない。
今日も私は独りで馬に乗るようだ。
「オレストさんはずっと歩きで大変じゃないですか?」
「……大丈夫だ。気にするな」
そう言ってくれるけど、目は合わせてくれない。
私、何かオレストさんの気に入らないことしちゃったかな???
考えるけれど、思いつかない。
ただ単に、ちょっと虫の居所が悪いだけかも……。
そう思って、その場はやり過ごした。
☆ ☆ ☆
オレストさんが徒歩なので、行きの行程と違い、進む距離が少し短くなっているようだ。
その日は、行きとは違う宿に泊まることになった。
宿は少し混んでいて、個室は1つしか空いていなかった。
じゃあ2人部屋にするのかな? と思ったら、その個室は私が入ることになって、オレストさんは大部屋で雑魚寝をするという。
大部屋というのは宿泊代が安い代わりに、布団が敷き詰められただけの部屋。そこに泊まると言えば、毛布1枚だけ渡されてみんなで雑魚寝だ。行商のおっちゃんたちとか、プライバシーがなくても平気っていう人たちが泊まる。
私も王都へ出るとき、父さんと一緒に泊まったことがある。
いやいやいや! 仮にも貴方は王族でしょうが! オレストさんが大部屋で雑魚寝をするくらいなら私が雑魚寝しますって言ったら、物凄く怒られた。
2人部屋が空いてるなら、そこに一緒に泊まりましょうって言ったけどダメだって言うし。
だったら一緒に大部屋で雑魚寝しましょうって言ったら、もっと怒られた。……なんでだ?
「フィリスは個室じゃないとダメだ! 私は騎士見習いの時に何度も大部屋に泊まってるし、騎士団で遠征したとき雑魚寝もしてるから大丈夫だ」
そう言って、オレストさんは譲らない。
納得いかなかったけど、オレストさんは言い出したら余程のことがない限り譲らないから、私は渋々従うしかなかった。
なんだろう?
オレストさんと私は「親友」じゃなかったのかな?
なんだかオレストさんが遠い気がする。
避けられてるんだと気がついたら、一緒にいるのがツラくなった。
目を合わせてくれないし、会話も必要最低限。
宿が混んでいても、絶対に2人部屋に一緒には泊まらない。この前なんて、私を2人部屋に入れて、オレストさんは1人で大部屋に行ったのだ。
食事も朝晩は完全にタイミングをずらされている。宿で用意してもらった昼食を街道横で食べるときだけは一緒だけれど。
完璧に嫌われたでしょ、これ。
でも何が原因か分からない。
それに加えて、月のもののせいかお腹が痛い。こういうときは大概、血行が悪くて順調じゃない時だ。経血の出が良くなれば、この痛みは解消されるはず……。
オレストさんに嫌われた! って気持ちは落ち込むし、月のもので腹痛はするし、なんだか最低な気分だ。
もしかして、酔っ払ったときに「メラン、好きだ」なんて言ってしまったのを思い出して、指輪のお相手に申し訳なく思ってるのかも。
いや、キスしちゃったことを思い出して、「男とキスしちゃったよ……」と自己嫌悪に陥ってるのかもしれない。
うん。
何にせよ、下手にオレストさんを突っつかない方がいいと思う。
下手に突っついて、私が女だってバレるわけにはいかないし。何と言っても、酔っ払ったオレストさんには私の胸を見られている。思い出されては適わない。
それでも、やっぱり避けられていると要所要所で感じるのは、とてもツラい。
ついつい嫌われた原因を考えて、頭の中がぐるぐると巡るので、あまり眠れなくなった。
……いや、月のものの量が多い日はこまめに取り替えた方が良いから、あまり眠れないのはこまめに布ナプキンを変える為だと開き直ろう。それに、汚れた布ナプキンを洗うのに個室ならオレストさんにも見られないし、好都合じゃないか。
その辺りから、私の便秘が始まった。……ストレスがたまったんだと思う。経血の出が良くなったから、そっちの痛みは治まったけれど。
月のものと便秘と睡眠不足で、体がしんどい。
でも独りで馬に乗ってるから、ちゃんと体を支えなきゃ。
血の気が足りなくて、でも、鉄分が多そうなメニューは宿では見かけなくて。
あ、レバーを使った料理はあったけど、レバーは苦手だからせいぜい2切れくらいしか食べられない。1人で注文しても食べきれないんでは申し訳ないもの。昔、研究所で作り置きしてた鶏レバーの赤ワイン煮は1日2切れくらいでも効果ありだったから……。
干したプルーンとかどっかで売ってないかなぁ。そしたら鉄分不足も便秘も、一気に解消されるかもしれないのに……。
それでも毎日がんばって自力で体を支え、なんとか馬に乗ることに慣れようと努力した。
オレストさんとの会話もなくて、規則的な揺れに眠気を誘われそうになる。手の甲をつねったり、腿をつねったり、なんとか起きていようとがんばった。
ときどき休憩のために馬を街道横の木に繋いで、水分補給をしたりする。その際、近くに民家があればトイレを借りて布ナプキンを替え、汚れたナプキンは後で洗うように耐水魔法をかけた巾着に入れておくようにした。……この眠気は、月のものの所為というのもあるのかもしれないなぁと思う。ついでに水場で顔を洗って、いくらかでも眠気を飛ばして気持ちをスッキリさせた。
それなのに、夜になると熟睡できずに浅い眠りを繰り返し、ふと目が覚めては「今日も目が合わなかったな……」なんて考え出す自分がいる。
オレストさんの「親友」ですらなくなったんだなぁ……と気持ちが沈む。
体力的にも精神的にも限界が近づいていたのかもしれない。
王都目前、今夜の宿が最後だっていう日。
昼ご飯を食べようと馬から下りようとしたときだった。
くらりと目眩がして、私は上下も前後左右すらも見失い、落馬して地面にたたきつけられた……。
そこからしばらくのことは、覚えていない。
☆ ☆ ☆
気がついたら、何故か王妃様が私の顔を覗き込んでいた。
「え? あれ? ここ……」
慌てて起き上がろうとするけれど、血の気が足りないのか、上手く体が動かなくて起き上がれない。
……またか? なんか前にも似たようなシチュエーションがあったよね?
そう自己嫌悪に陥っていると、王妃様が安心したように笑った。
あぁ、「たゆんたゆん」な豊かなお胸が相変わらず素敵です~。私の微乳とは大違い。
「良かった、目が覚めたのね!」
「あの……、私……」
戸惑いながら声を出すと、今更ながらに風魔法が解けていることに気がついた。
「あ、声……」
私本来の声に戻っている。
服も着替えさせられて、寝間着になっているようだ。
「大丈夫。もうあの子も、貴方が女だってちゃんと分かってるから」
そう言いながら、王妃様がそっと体を起こすのを手伝ってくれた。
背中の方にクッションを置いて、寄りかかりやすいようにしてくれる。
着替えさせてくれたのは、オレストさんとかじゃなくて王妃様かな? あ、いや、侍女さん達か。王妃様は着替えさせたりしないでしょ!
私の中のおばちゃんの部分は冷静にそんなことを考えている。
けれど、今世の「乙女な私」はそれどころではない。
え? 「あの子」って、「あの子」って、もしかしてオレストさん? バレちゃったの……?
なんで???
……私が女だって分かって、オレストさんはどう思ったんだろう?
知らなかったとは言え、女の私と一緒の部屋に泊まったこととか、指輪のお相手に申し訳ないなんて思っているかも……。
いや、「親友だと思ってたのに騙された!」って怒っているかもしれない。
……その前に嫌われちゃってたから、もうとっくにオレストさんの中では「親友」なんかじゃなかったのかもしれないけど。
とにかく私は、オレストさんの「親友」というポジションを失ったのだ。
そう思ったら泣けてきた。
「あらあら、何処か痛いの? ちゃんと治癒魔法をかけてもらったのだけど……」
体を心配した王妃様が訊いてくる。
「……」
泣き出した私はのどが詰まってしまったような感じで声が上手く出せなくて、とりあえず首をブンブンと左右に振った。
「大丈夫よ、大丈夫……」
体が痛くて泣いているのではないと伝わったのか、王妃様がそう言って私を抱きしめ、頭を撫でてくれる。
その手がだんだん背中に移り、小さい子をあやすように背中をぽんぽんとたたいてくれて、何がどう大丈夫なのか分からないけれど、私は安心して再び眠ってしまったのだった。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




