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42.懐かしい人

「クラウス先輩!」


 思いがけない懐かしい顔に、ついつい声が大きくなる。


「やっぱりヒューレーだった! ……男になったのかい? 今は何て?」

「あ、今は訳あって髪を染めてて……。フィリスという名前をもらいました。事情があって、今、家名はモーリーと名乗ってます」


 クラウス先輩はあの頃のままの笑顔で話してくれる。

 背が伸びて顔や体つきも男らしくなって、声も低くなってたけど、クラウス先輩に間違いない。


「……フィリス、フルフィウスと知り合いか?」


 オレストさんを放ってクラウス先輩と2人で盛り上がっていたら、不機嫌そうな声でオレストさんが会話に割って入ってくる。

 そういえばクラウス先輩の家名って、そんな感じだったっけ……。いつも先輩って呼んでたから、家名の印象なかったかも~。


「あ、はい。魔術学校時代に、寮で同室だったんです。……いやぁ、本当に懐かしい!」

「殿下、申し訳ありません。ヒューレー、いや今はフィリス・モーリーか、とは寮で同室だったので、つい懐かしくて失礼しました」


 この辺りの領主様がクラウス先輩のお父様だという。


 確かこの辺りは作物の実りも悪く、国境沿いとは言え、国境の向こうは未開の地が広がるばかりの辺鄙な土地。旅人や商人の行き来も殆どなく、国境の砦も未開の地から肉食獣などが入り込まないように一応置いてあるだけ……という感じの場所だ。領地の収入はさして多くないのだろうから、昔、下級貴族だと言っていたクラウス先輩の言葉が思い出されて納得したところ。


「それにしても、殿下も男に変化していたんですね……! ずっと気にかかっておりました。もちろん、フィリスのことも」


 クラウス先輩が卒業する頃、私もオレストさんもどっちつかずのままだったから、あれからどうなっただろうと気にかけていたらしい。……クラウス先輩も変化するのが遅い方だったし、どっちつかずに対するお貴族様の態度も知っているから心配していたそうだ。


 そうだよね~。早い子は魔術学校に入る頃には変化してるもの。


 けれど学校を卒業してからのクラウス先輩は、領主になるためにお父様の補佐をしながら勉強したり、領地の視察をしたりと忙しく、手紙を出せずにいるうちにどんどん時は経ち、今更手紙を出しても気まずいかも……とタイミングを逃してしまって現在に至るらしい。


 それにしても、オレストさんとクラウス先輩が知り合いだとは思ってもみなかった。


「殿下とは乗馬倶楽部で一緒だったんだ」


 あぁ、平民には縁のない倶楽部ですね~、なるほど。

 魔術学校には、そういう趣味的な倶楽部がいくつかあって、どれも平民には縁がないというか、ちょっとお金がかかる倶楽部ばかりだった……と思い出す。

 油絵を描いてお互いに褒め合う絵画倶楽部とか、自前の楽器を自慢して褒め合ってるのが活動時間の大半という室内楽倶楽部とか。本当にお貴族様の趣味って感じだった。

 前世で吹奏楽部だったから室内楽倶楽部は興味があったんだけど、自前の楽器って段階でアウトだな~と諦めたのが懐かしい。


「今はオレスト・アクロと名乗っている。私は一度ヴノになったから、殿下はやめてくれ。オレストでかまわない。今はアクロ家に世話になっている身だ」


 苦虫を噛みつぶしたような顔でクラウス先輩に説明するオレストさん。


「あぁ、そうだったんですね。ではオレスト様とお呼びします。私もクラウスとお呼びください。それにしても、フィリスとはどちらで……?」

「どっちつかずの巣窟、魔道具研究所で一緒だった」


 その言葉にクラウス先輩は「なるほど……」と頷いている。


「今日はその研究所の関係で、魔道具の実験のためにこちらに来たんです。……これから酒場で名物料理でもって話をしてたんですよ」


 私がこれまでの経緯を簡単に説明する。


「それなら、積もる話は酒場でしようか」


 クラウス先輩がそう言うので、喜んで酒場に案内してもらう。

 懐かしいなぁ~と顔をほころばせながら歩いていると、オレストさんが「クラウスとは随分仲が良いんだな?」と不機嫌そうだ。


「え? そりゃ、寮で4年も同室だったんですから……」


 魔術学校は10歳になる年から15歳になった年までの6年間の在籍になる。前世で言うと小4の年から中3までだ。

 クラウス先輩は私の2つ上だったから、4年間一緒だった。


「4年も……!?」

「オレストさんは、寮で同室の人とは何年一緒だったんですか?」


 何故かショックを受けているオレストさんに、逆に聞いてみる。

 だって普通、性別が別になったとか人間関係のトラブルとか、よっぽどのことがない限り寮で同室の人は変わらないはず。


「……1年だ」

「は? 1年でコロコロ相手が変わってたんですか???」

「そうだ」


 聞けば、オレストさんと同室になりたい人が多くて、1年で交代するようになってたらしい。

 でも、クラウス先輩はオレストさんと同室になりたいとか、そういうことはおくびにも出さず、純粋に倶楽部だけでの付き合いだったそうだ。


「クラウスも他のヤツらと一緒かと思ってた」


 うん、そう思っても仕方ないよね? クラウス先輩は先に卒業しちゃって、それからずっと音沙汰が無かったし。

 行き違いがあってオレストさんが誤解していたのだとするなら、今は誤解は解けたと言ってもいいのかな。

 少なくとも、私はクラウス先輩のことは信頼してるし。


「そうそう、殿下のおかげでこの領地の特産品ができつつあるんです」

「オレストだ。……で? 何のことだ?」

「前に殿下、失礼オレスト様が砂糖を所望されたことがあったでしょう? あの後、国王陛下から砂糖を大々的に生産する工場を作るから甜菜を大量に栽培しろと言われまして、今、我が領地では甜菜の栽培に力を入れているんですよ」


 特に目立った産物が無かった領地が今では活気づいていて、オレストさんには領民共々感謝しているのだそうだ。


「いや、それは私ではなく、フィリスの所為だ」


 へぇ~、国王様やるな! と思っていると、オレストさんが私の名前を出した。


「いえいえ、国王様に砂糖が欲しいってお願いしてくれたのはオレストさんじゃないですか」


 オレストさんがお願いしてくれたんだから、私の所為ではないと慌てて否定する。


「フィリスが言い出さなかったら、私も父上にはお願いしなかったんだから、フィリスの所為だろう?」

「この領地で甜菜が栽培されてるって思い出したのはオレストさんですから」

「それを言うなら、キャラメルの栄養価が高いと言って、父上をその気にさせたのはフィリスだ」

「……フフフッ、アハハハ! 2人とも随分仲が良いんですね?」


 クラウス先輩が突然笑い出し、私たちの言い合いに割り込んだ。


「もちろんだ。フィリスは私の『親友』だからな!」


 オレストさん、態度が尊大ですよ~。


「それにしても、オレスト様にフィリスのような気がおけない相手ができたのは喜ばしい」


 昔のオレストさんは権力にすり寄りたい取り巻きが多くて、ちゃんとした友人ができるのか心配だったのだとクラウス先輩は言った。

 あぁ、もしもクラウス先輩がオレストさんと同じ学年にいて、ずっとオレストさんと付き合いがあったなら、きっとオレストさんはクラウス先輩と良い友達になってたんじゃないだろうか。……私みたいに紛い物の「親友」じゃなくてさ。




 それから程なくして酒場に着き、名物料理というのを注文した。

 クラウス先輩はさすがに領主の息子として有名らしく、「若様!」と街中でも酒場でも声をかけられていた。

 みんなに親しまれているんだなぁって微笑ましくなる。


 ちなみに名物料理というのはトロットロになったモツの煮込みで、お酒が進みそうなものだった。

 うーん、これはお高いホテルみたいなところでは出てこない料理だわ~と感心していると、「少しくらいは良いでしょう?」とクラウス先輩が蜂蜜酒を注文していて、3人で乾杯することになった。


 この国では結婚できる歳になるとアルコールも解禁になるから、3人とも飲んで大丈夫な年齢だってことはハッキリしてるし、ちょっとくらいなら大丈夫かな???


 蜂蜜酒は口当たりが良く、下手をすると飲み過ぎてしまいそうだったので、私はちびりちびりと舐めるように飲んでいた。


「……でな、フィリスってば、私のいとこに向かって『偉いのは貴方自身ではなくて、貴方の親御さんでしょう。貴方の力でないものを振りかざさないで下さい!』って言ったんだ」

「それは勇者ですねぇ~!」

「だろう? その様子が本当に勇ましくてな! 私はシビれたんだよ」


 あーっ、オレストさんったら私の黒歴史的なことを……!


 それにつけても、クラウス先輩もオレストさんも、選りに選って私の昔話でそんなに盛り上がらなくてもいいじゃないの。


 あまりの恥ずかしさに時計を見やると、もうすぐ8時半だ。


「あの……、そろそろ魔道具の実験の時間ですので、私は宿に戻らないと……。オレストさんはどうなされますか?」

「あぁ、もうそんな時間か。……私はもう少し、クラウスと話してから戻るよ」

「オレスト様のことは任せて。フィリス、今夜は楽しかった。また機会があれば飲み直そう」

「はい! ではオレストさんのことはお願いしますね」


 そう言って、私は酒場を出た。

 酒場の主が「若様の知り合いからお代は取れねえ」と言うので、ありがたくご馳走になることにした。




 通話実験に間に合い、無事にクロエやテレサ先輩と話し終えると、私はオレストさんが帰ってくる前にお風呂を済ませてしまうことにした。


 今夜は2人部屋だから、気をつけないと私が女だとバレてしまうかもしれない。


 部屋に備え付けのシャワーで急いで体を洗い流し、着替えを済ませた。髪の毛も慌てて乾かし、三つ編みにする。

 これでベッドに入ってしまえば、例え寝間着であろうとも、ささやかな胸が目立つことはない。


 声を低くする風魔法を解き、ベッドに入る。眠ってしまえば起こされることもないだろうし、声を出す必要もない。

 オレストさんが帰ってきたときに真っ暗だと拙いだろうから、ベッド横の小さなライトは少し光量を落として点けておく。


 さぁ、寝よう。

 そう思った瞬間に、ドアがドンッと鳴った。


「フィリス~! 帰ってきたよ~。開けて~」


 何かと思ったらオレストさんだ。かなり酔っ払っている感じがする。

 その証拠に、ドアは部屋の内側に開くのに、外側から押さないで、これでもかってくらい外側から引いている。

 ガチャガチャ、がしがし、大騒ぎだ。


 このままでは隣近所の部屋から苦情が出るかもしれない。

 私は慌てて寝間着にガウンを羽織ると、オレストさんが力を緩めた瞬間を見計らってドアを開けた。


「フィリス~! ただいまー」


 ドアを開けると、オレストさんがすかさず私に抱きついてきた。

 ちょっ! 胸当てしてないから、さすがに微乳とは言え、触られたらバレるって……!

 私は咄嗟に腕を胸の前で交差させ、オレストさんの体に当たらないようにする。


 あー、しかしこの人、かーなーり、酒臭い。


「フィリス、良い匂い。お風呂入った? あぁ、温かくて柔らか~い! 可愛い……」


 抱きついたまま、ほおずりを始めたかと思ったら、チュッとほっぺにキスしてきた。……こンの酔っ払いがー!

 イラッとしたので、力任せになんとかベッドに寝かせる、というか、柔道のように足をかけて横倒しにしたというか、なんかそんな感じ。


 本当にもう! 男だと思ってる相手に向かって「可愛い」とかキスとか、酔っ払い以外の何者でもないでしょうコレ!!


「フィリス~、のど渇いた~」


 ベッドに横たわったまま甘えた声を出すオレストさん。

 酔っ払いだから言ってもダメだな……と半分諦め、水差しからグラスに水を注いでオレストさんに差し出す。

 アルコールに弱いって言ってたのに、どんだけ飲んだんだ、この人は!


「飲ませて~」


 寝転んだまま、なおも甘えてくる酔っ払い。

 はぁっ!? 何言ってんですか! 赤ん坊ならまだしも、大の大人が!

 甘える相手を間違えてるんじゃないの!? 私は貴方の指輪のお相手じゃないっつーの。

 水が入ったグラスをベッド脇の小さなテーブルにタン! と置く。


「嫌です!」


 つい声を出してしまってから、男と思えない高い声にヤバい! と焦る。


「……メラン?」


 あー、マズった! 風魔法を解いてたの忘れてた!

 私本来の声に驚いたオレストさんがベッドに起き上がり、今度は「メラン~」と言って私に抱きついてくる。


「やっ! ちょっ! ダメですって!」


 風魔法をかける間もなく、オレストさんが私をベッドに組み敷いた。

 待って待って待って! なんでこんなことになってるの!?


「メラン、好きだ」


 ……何言ってるの? オレストさんには指輪のお相手がいるじゃないか!

 けれど、真剣なまなざしに気圧され、酔っ払い相手だというのに私は動けなくなる。


「もう、何処にも行かないで。ずっと私の側にいて欲しい……」


 切なそうなオレストさんの声に、素直に「はい」と応えられたらどんなに良いか……。

 でも、あり得ない。

 オレストさんは今、酔っ払って混乱してるだけ……。朝になって、酔いが覚めて、冷静になって。そしたら、また男同士の「親友」だ。オレストさんには指輪の相手だっているんだから。


 そんなことを考えている間に口づけられた。

 ちょっ、なっ、ええぇーーーーぇーーー!! マウス・トゥ・マウスはアウトでしょーッ!?


 混乱している間に、ぎゅーっと抱きしめられる。


「メラン……、メラン」


 熱に浮かされたような……というか、酔っ払いのオレストさんが、あの頃の私の呼び名を何度も口にする。


「オルトさん……」


 あまりにも繰り返し「メラン」と呼ばれるものだから、私もついあの頃のように呼んでしまう。懐かしい名前。


「あ~メラン、可愛い胸……綺麗……」


 オレストさんにそう言われた瞬間、カッと頭に血が上る。

 気がついたら、私の胸元が(はだ)けられていた。こンの酔っ払い! いつの間に~。よくも私のささやかな胸を見やがったな-!!!

 瞬間的に頭に()ぎった映像は、王妃様や夢の中のマルさんの「たゆんたゆん」な豊かな胸だ。私には無い、もの。


「最っ低ー! オレストさんの馬鹿ーあっ!」


 私は胸元の布を左手でかき寄せると、オレストさんの頬に右の拳をかました。


 渾身の力を込めた私のパンチの所為か、ただ単に酔いつぶれたのか、オレストさんはそのままベッドに倒れ込んでグースカといびきをかいて寝てしまい、私の貞操は守られたのだった。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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