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40.理不尽な団長

 6日かけて屋敷に戻ると、オレストさんが嬉しそうな顔をして屋敷で待っていた。


 馬車より馬の方が身軽だから、オレストさんは先に王城へ行って遠距離通話の実験結果を報告したついでに、ニクス様から許可をもらってきたそうだ。それと、騎士見習いから正式な騎士になったらしい。


 ニクス様から許可なんて無理だろうと思っていたのに……。

 なんと、ニクス様からは「昇格祝いだ」とあっさり許可(休暇扱い)が出たらしく、オレストさんがしばらく住み込みで通話器の量産を手伝ってくれることになった。


 ご機嫌なのは昇格が嬉しいのか、それとも久しぶりに指輪の相手と会ってきたからだろうか?

 ……考え出すと嫉妬と悲しみの狭間で魔力が暴走しそうになるので、なるべく考えないようにした。

 私は男、私は男、オレストさんの「親友」なんだって、繰り返し自分で自分に言い聞かせる。


 それにしても、ニクス様は何を考えているのだろうか……。

 私が本当は女で、事情があって男装していることを知る人は、少なければ少ない方が都合が良い。知っている人が多いと、どこからその秘密が漏れるか分からないからだ。


 オレストさんを信用していないわけではないが、決まった相手がいるオレストさんが女が住んでいる屋敷に住み込んでいるなんてのは外聞が悪いだろうし……。

 私の秘密は、なんとしてでも隠し通さなければ!


 改めて、そう決意した私なのだった。




 ☆ ☆ ☆




 朝起きて、いつものようにクロエと鍛錬をして護身術を習い、朝食のために厨房へ行くとオレストさんとキューマが料理をしていた。キューマとオレストさんはともに長身で、2人が並んだ様は壮観である。2人とも私より頭1つ分は大きいからなぁ……。

 今朝のオレストさんは、キューマからパンの焼き方を習っていたらしい。


「今朝のパンは私が焼いたんだ! 楽しみに待っててくれ」


 そういえば、新しい料理を覚えるときはいつもそんなテンションだったなーなんて懐かしく思い出し、微笑ましくなった。

 体は大きくなったし、男っぽくなったのに、そういうところは昔のまま。


「それは楽しみですね」


 ふふっと笑えば、オレストさんも嬉しそう。……なんだか、オレストさんの背後に振りちぎれんばかりにブンブン振られているしっぽの幻影が見えた気がした。




 朝食のメニューは野菜スープ、オレストさんが焼いたスパニッシュオムレツとパン、ヨーグルトサラダだった。


 立派な食堂ではなく、厨房横にある使用人の食堂で4人一緒に朝食を摂る。

 キューマとクロエが「お客様ですのに……!」というのを、オレストさんが「客なんて立派なものなら料理なんてしない」と言って取り合わなかった。私も「研究所時代に戻ったようで懐かしいですね」と言えば、オレストさんが「本当だな」と笑った。


 パンは少し焼きすぎのところもあったけれど、充分に美味しかった。


「なかなか上手く焼けてますね」

「うん、初めてにしては上出来だろう? 次はもう少し火加減に気をつけたら良いと思うんだ」


 2人でそんな会話をしていると、キューマとクロエも


「アクロ様の焼いたオムレツ、美味しいですね。いつ覚えられたのですか?」

「本当に手際がよくて驚きました。何方(どなた)から教わったのでしょう?」


なんて言うので、オレストさんが


「研究所時代にフィリスに鍛えられた」


と私の方を見てニヤッと笑った。

 キューマとクロエは「あぁ……」と納得顔だった。

 ……なんだかなぁ~。




 朝食の片付けの後、オレストさんを伴って作業場と化している物置部屋へと向かう。

 そこには通話器の各部品(パーツ)と空になった魔石が所狭しと置かれていた。10日以上も屋敷を空けていたので、その間に片付けられなかった物たちだ。


「通話器の各パーツを並べて、魔法陣を書いて組み立てる……という流れです。設計図を参考にして、魔法陣の場所を間違えないようにしてください。それから、魔法陣の番号はこちらの表を見て、ここから先のものを入れてくださいね」

「で、その番号を通話器の外側、指定の場所に記入するんだったね?」

「はい、そうです」


 一応の流れを確認する。特に魔法陣の番号は、電話番号を割り振るようなものだから、特に神経を使うところだ。間違った番号を書いたり、ダブったりしたら目も当てられないことになるのはわかりきっているからね。

 そして、その番号を外側にも書いておく。その通話器の番号が分からないと、「うちの番号はこれです」って相手に伝えられないから。


「組み立て作業に飽きたら、魔石に魔力補充もありますからね」

「あぁ、分かった。……アレ? んん? ……もしかして、フィリスもまだ無属性なのか?」


 何かに思い当たったのか、オレストさんが問いかける。


「えぇ。もうどっちつかずではなくなったのに、不思議ですよね?」

「私だけが変なのかと思っていたんだが……。仲間がいて嬉しいよ」


 ちょっと何かを考えて言い淀んだオレストさん。……何だろ? 今の間は。

 まぁ、でも、私も無属性の仲間がいて嬉しいですよ?


「さて、始めましょうか!」


 今月はもう1週間もしたらニクス様が来る予定だから、そのときに通話器や魔石と一緒にオレストさんもついでに回収してもらおう。


「ニクス様が1週間後には来る予定ですから、それまでにやれるだけやりますよ!」


 2人で作業を始める。黙々と、部品の決まった場所に魔法陣を書き込み、特殊顔料が乾いたらパーツを組み上げる。


「……まるで、魔道具研究所にいるみたいだな」


 オレストさんがふっと笑って、そんなことを言う。


「修理依頼は来ませんけどね?」


 そう言ってたら、クロエがバタバタと物置に駆け込んできた。


「若様! 洗濯機が動かなくなってしまいました! 最初は魔石が空になったのかと思って魔石を取り替えたんですけど、魔石はまだ空じゃなかったですし、全然動かないんです~」


 まるで図ったようなタイミングに、私はオレストさんと顔を見合わせて爆笑した。


「ククッ……修理依頼が来たな」

「アハハハハ! 本当に、なんてタイミングでしょうね」


 きょとんとするクロエを尻目に、笑いながら洗濯機のあるところへ移動した。

 オレストさんと2人で洗濯機を分解する。故障箇所を探すと、魔力が流れる経路がかすれてしまい、途切れているところを見つけたので、特殊顔料で書き直す。

 どうも部品の大きさが合っていなくて、洗濯機を動かす度に擦れてしまう箇所のようだ。

 犯人? の部品を見つけて、少しナイフで削ってやる。コレで大丈夫なはず!

 最後に組み立て直せば完了だ。


「フィリスの修理は本当に見事だよな」

「え? そうですか?」


 オレストさんが感心したように言う。


「私なんかもそうだが、故障した原因を見つけるのには時間がかかるものなのに、フィリスはすぐに見つけてパパッと直してしまうんだから」

「いえいえ。私なんて、簡単なものしか直せませんでしたし、研究所の先輩方の方が凄かったじゃないですか」


 褒められ慣れてない私は焦ってしまう。


「いやいや。昔、タイプライターの機械部分を直したときとか、フィリスはそういうものに関する勘が良いって、アントスさんも言ってたし! 本当にそう思うよ」


 そうかな? 自分では普通にやっていることだから、よく分からない。

 仕組みを理解して、正しく直すのって面白いし楽しい。


「魔道具研究所にはさ、毎年それなりの人数のどっちつかずが見学に来るそうなんだ。でも、みんながみんな研究所に入るわけじゃない。中には魔道具の分解や組み立てが苦手な人もいるからね。人間、向き不向きってあるんだなって思うよ。フィリスは魔道具や魔法陣をいじるのが天職だよな!」


 そっか……。それで研究所にいる人はあんまり多くないんだ。

 前世でも機械音痴な人っていたものだし、魔法陣が上手に書けても、魔道具の分解や組み立てができない人って案外多いのかもしれない。


 考えてみれば、研究所に見学が多いだろう時期には、私は怪我の療養と称して実家へ帰っていたからなぁ……。


 そうそう、そういえば実家の街にも魔道具を直す人がいた。

 それはどっちつかずとかじゃなくて、普通のご高齢の夫婦で。

 お爺ちゃんは魔術学校を卒業してから騎士様をしていたらしいのだけど、歳をとって退役して田舎に家を買って、お婆ちゃんと一緒に引っ越してきた。のんびり田舎で暮らすのが夢だったんだって言ってた。

 お婆ちゃんも魔術学校の出身で、王城で魔術師をしてたんだけど、歳をとって……以下略。

 お婆ちゃんが魔法陣を書くのが得意で、ご近所さんの魔道具の故障を相談されて直しているうちに、仕事みたいになっちゃったらしい。分解と組み立てはお爺ちゃんがしてた。試しの起動は魔石でやれば良いしね。


 小さい頃は気がつかなかったけど、そんな感じで各街に魔道具を直す人がいるのだという。もっとも、自分の街にいなくても、隣の街には修理できる人がいるとか、そんな感じで。

 もちろん、そういう人たちが請け負うのは簡単な物の修理だけで、複雑で難しい物は王都の魔道具研究所に送られてくるのだけど。




 とにかく、洗濯機の修理や通話器の組み立てをしているうちに、研究所にいたどっちつかずの頃のような、そんな2人の関係が戻ってきたように感じた。


 朝は私とクロエが鍛錬していて、朝食はオレストさんとキューマが作る。ときどき朝食作りをキューマに任せて、オレストさんが鍛錬に参加することもあった。

 昼食は朝の残りとか前の晩の残りをアレンジするなど、簡単な物を用意して食べ、夕食は私とオレストさんとクロエで料理をする。

 たまには息抜きと称して、オレストさんと私で市場へ買い物に行くこともあった。


 そんな賑やかで充実した1週間はあっという間に過ぎ去って、ニクス様が屋敷にやってきた。


 屋敷に入って私とオレストさんを見るなり、ニクス様は深~いため息をついた。

 なんで???


「ニクス様、お久しぶりでございます」

「……あぁ、久しぶり」

「パウンドケーキを焼いてありますので、どうぞこちらでお休みください」


 特殊顔料を受け取って荷台に積むと、それは後で運ぶことにして、いつもニクス様を接客する応接間に案内し、昨日焼いたドライフルーツたっぷりのパウンドケーキをお出しする。お茶は執事様が用意してくださった。

 パウンドケーキなど、バターたっぷりのお菓子は日を置いた方が味が馴染んで美味しいのだ。


「オレストは……そのぅ……どうだっただろうか?」


 ニクス様はパウンドケーキを切り分ける私を見ながら、声をかけてきた。言葉の途中でなぜか言いよどむ。

 ん?? 仕事ぶりのこと、かな?


「オレストさんは真面目に仕事してましたよ。通話器の組み立て作業もすぐに慣れて。まるで、魔道具研究所時代に戻ったかのようでした」


 そう言うと、ニクス様は明らかに落胆した。

 何故(なぜ)? 何故(なにゆえ)?? Why???


「魔石の魔力補充も私と同等の量をこなしてくれましたし、素晴らしかったですよ?」


とフォローしてみるものの、


「……そうか。……はぁ~、なんと報告すれば……。オレスト、騎士団で鍛え直しだ。荷物を馬車に積み込め! 準備でき次第、出発するぞ!」


なんて言い出すニクス様。


 え? 仕事っぷりを聞きたかったんじゃないの???

 いや、それにしてもニクス様、まだ屋敷に来たばっかりなんですから、まずは落ち着いてお茶を飲みましょうよ?


「団長、どうして鍛え直しなんですか!?」

「……どうしてもだ」


 納得いかないオレストさんが抗議するも、ニクス様はとりつく島もない。「横暴だー」とオレストさんが騒いでいるけれど、一切顧みられることはなかった。


 そうそう、一応王族のオレストさんだけれど、今のニクス様は職務上の上司なので、ちゃんとその辺は弁えているところが偉いと思う。

 昔は「ニクス」って呼び捨てだったけどね~。しみじみ時の流れを感じるよ。


 ぶうぶう言いながらオレストさんが荷物を運んでいる間に、ニクス様が


「オレストに、家名が変わったことについては訊いたのか?」


と小さめの声で私に尋ねてくるので、いいえと首を振る。


「『アクロ』というのは上級貴族のお家なのでしょう? 私が何か言うべきことではありません」


 あの指輪のことを考えるだけで胸の奥がキュッと締め付けられるようだから、考えないようにしているくらいなのに。


「……もしかして、アクロ家の方が、オレストさんの不在を不審に思って、お怒りになっているのでしょうか? それなら、私は男の『親友』としてオレストさんと交流しているだけですので、心配ないとお伝えください」


 仕事とは言え、オレストさんが王都にいない日数が長かったしなぁ……。婚約者だか結婚相手だか分からないけれど、お相手の令嬢も会えなかったら寂しいだろうし、お怒りになっているのかもしれない。


「いや、そういうことはないんだが……。こっちもか?」


 ニクス様が言葉を濁して、否定する。後半何かを小さく呟いたけれど、私にはよく聞こえなかった。




 その後、組み上がった通話器と魔力が補充された魔石を小さめの馬車に積み込み終え、帰りたがらないオレストさんの首根っこをつかんでニクス様は去って行かれた。

 一応お土産として、パウンドケーキを包んで渡したけど……。甘党の強面騎士様が甘い物に飛びつかないなんて珍しいことだ。


 ニクス様、何か気に入らないことがあったんだろうか??? 謎である。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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