4.色がつくなら
2年後、同室の先輩であるクラウス先輩が15歳になって学校を卒業していっても、私には変化が訪れなかった。もう13歳なのに……と焦り始める。
あの頃のクラウス先輩のように、毎朝、魔石に魔力を込めてみるけど、色は変わらない。
今日もダメか……と落胆する日が続いた。まぁでも、まだ15歳まで時間はあるさって自分を慰めた。
寮の部屋はクラウス先輩がいなくなったので、まだ変化してない子と一緒になった。それから、クラスも変化していない子ばかりのクラスに編成し直された。
稀に10000人に1人くらいの割合で、変化せずに一生を終える人もいるらしい。
少ない例だけど、過去には20歳くらいになってから変化した人もいたらしいから、まだ可能性はある……と先生達は言っていたけれど。
それでも同級生達がどんどん男か女に変化していったのに、私だけ取り残されてしまってはいたたまれない。周りも、最初は「次はきっとキミだよ」なんて言っていたのに、だんだん腫れ物を扱うようになっていった。
個人差ってものがあるんだから……と自分に言い聞かせても、変化が訪れないのでは気休めにもならなくて、焦りばかりが募っていった。
そして、私が15歳の最終学年になる頃、すぐ下の兄弟「テトラ(第4子)」が「弟」になったと実家からの手紙がきて、新しい名前は「トーマス」だと知らされた。
とりあえず祝いの手紙と品を贈ったものの、私はますますふさぎ込むようになり、ひどい便秘に悩まされるようになった。1週間に1回出るのがやっととか、本当に苦しい……。
うん、そういえば、前世でもストレスがたまると便秘してたよね、自分。
精神的にも肉体的にもしんどくて、泣きたい気持ちだった。
多くの人が15歳までには男か女に変化するというのに、私はまだ男でも女でもない。
そこに加えて、私の4つ下の兄弟が私より先に「大人」になったのだ。追い越されたというどうしようもない焦燥感と屈辱的な気持ちに私は押しつぶされそうになり、そしてこれから先のことを考えると暗澹たる気持ちばかりが湧いてきて仕方なかった。
前世では子どもができなかったから今世こそ……と思っていたのに、今度は男にも女にもなれなくて、結婚すらできそうにない。
男にも女にも変化することなく、どっちつかずで名無しの人たちは、子どもができない分だけ寿命が長いらしい。大人になれない分、老化も遅いというのだ。「寿命が長くてうらやましい」なんて言う人もいるけど、そんなの伴侶も得られずにたった一人で生きていく時間が引き延ばされただけに過ぎないじゃないか。
期待していた分、失望は大きかった。
それでも月日はどんどん過ぎていって、そろそろ魔術学校の卒業が見えてきた。
魔術学校に来る子はみんな強大な魔力を有していて、卒業すれば大概が王城に仕えるようになる。お貴族様の跡継ぎだと、領地に帰って領主になる為の勉強や準備をする人もいるらしいし、昔お世話になったお医者様のように、医者になって国から給料をもらいつつ各地に散らばる人もいるけれど。
王城勤めの魔術師はみんな強大な魔力をいかして大規模な属性魔法が扱えるようなエリートばかりだ。
攻撃魔法が使える者は軍に所属するし、守護魔法が得意な者は王族を守る近衛に加えられる事もある。
そんなエリート魔術師でなくとも、「水」や「土」属性の大きな魔力を生かして広大な王城の庭園の管理をするとか、日々ほころびが出てくる王城の防御壁に様々な属性の強化魔法をかけて回るとか、各種多様な仕事が卒業生には待っている。
けれど、属性のない自分のような人間は大きな魔法は使えないし、そういった仕事がない。
もちろん魔法陣があれば、ある程度は大きな魔法だって使える。でも、よほど大規模な魔法でない限り、使いたい魔法の為に魔法陣をいちいち書いていたのでは手間がかかって仕方ない。書きためておいた魔法陣を持ち歩くのもかさばって仕方がないし。
つまりは、空の手で大きな魔法が使える属性持ちならいざ知らず、属性なしには用はないってことだ。
かといって地元に帰ったとしても、実家には私より先に大人になった「弟」がいる。きっと家族も男でも女でもない、どっちつかずなままの私をもてあますだろう。こんな体では、普通の人に交じって仕事ができる気もしないし、居場所はないと言って良い。
卒業後のことを考えるだけで気持ちは沈み、毎日うつむいて過ごす事が多くなっていった。
同じクラスにいた属性なしの同級生はどんどん減り、残り10人くらいになった頃にはクラスも『有るけど無い』ような状態になった。卒業間近で、選択科目を残すだけになったからだ。
そうなると私はどっちつかずとバレないように、こっそり選択科目の授業に潜り込むって感じになった。目の色を変える魔法が使えるようになっていた私は、目立たない色合いに変えて行動するようにした。目の色を変えるくらいの小さい魔法なら無属性でも何とか使える。髪は仕方ないので染めることにした。なんと言っても、黒は珍しいから目立つのだ。
それから、寮の同室の子も変化してしまったので、私は教員寮の隅っこにある使用人用の一人部屋に移らせてもらった。
お貴族様に特に多いのだが、どっちつかずの名無しの人間を蔑む風潮がある。タイの色で学年が分かるから、最終学年なのにどっちつかずなのがバレてしまう。そんな雰囲気の中では、だんだん寮には居づらくなったのだ。
大貴族になればなるほど跡取りを残すという義務があるからか、子をなせないどっちつかずの人間は忌み嫌うものなのだろう。「どっちつかずの名無し」なんて言い方はまだマシで、「できそこない」なんて罵られる事もしばしばあった。ただ食堂で食事していただけなのに、わざわざ絡まれるなんてことも多かった。
とにかく、取り残された自分を他人の目にさらすのが怖くて、ひっそりと隠れるように暮らしていた。
これから私はどうしたら良いのか。
本当に、途方に暮れた。
『辛い事とか、がんばれなくなったときとか、何かあったら戻っておいで。ここはお前の家なんだから』
あの日、祖母ちゃんがそう言ってくれたけど、どっちつかずな属性なしの私では戻れない。
きっと目の前に男になった弟の姿があれば悶々とストレスをため、兄弟が結婚して子どもをもうければ、子どもができない自分に苛立ち……そんな自分が想像できる。実家に帰っても、きっと家族に迷惑をかけるだけになる。
貴族ほどでないにせよ、平民にもどっちつかずの属性なしを忌み嫌う人は存在する。家族が気にしないと言っても、私のせいで家族も悪く言われることになったら、本当にいたたまれない。
そう考えれば、この先ずっと、男にも女にもなれないどっちつかずのままなら、私はもう家族には会えないのかもしれない……。兄弟の結婚式や親戚の冠婚葬祭があっても、顔なんて出せるはずもないし。
そう思うと、涙が溢れた。
どうして大人になれる人がいる中で、男女どっちにもなれずに一生を過ごす人がいるのか。
人は何がきっかけで男になったり女になったりするのか。
誰かが、それとは知らずに運命の人と出会って、それをきっかけに変化するのだと持論を展開していたのを聞いた事がある。
いや、運命の人と心を通わせた瞬間に変化するんだと言った人もいた。
そうなると、私はまだ、そんな人と出会えていないだけなのか……。
前世の若い頃は「あの人いいなぁ」とか「ギャップ萌え~」とか言って胸キュンしてた恋多き乙女だったのに、今世はそういうときめきもない。……男でも女でもないせいだろうか? 誰かを「優しくてステキだ」と思っても、ちょっと好ましいと思う程度で全然! 全く! 胸キュンしないのだ。
とにかく、いつまで待っても私に変化は起きそうになかった。
もしも、込めた魔力で魔石に色がつくなら、何色でもいいと、そう思った。