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39.黒い私

 その日の夢見は最悪だった。


 場面は研究所を出る前の晩。

 オルトさんが私の部屋に来て、私を抱きしめたところ。


「……メランは私の大切な恩人で、一番の友人なんだからね……」


 そう言ってぎゅーっと私を抱きしめていたオルトさんは、(おもむろ)に腕を緩め、私の顔を見て「じゃあ、紹介するよ」と体を離した。


「この人が私の大切な人だよ。……この前、結婚したんだ。親友(・・)なら祝福してくれるよね?」


 いつの間にか「オルトさん」は「オレストさん」になっていて、その後ろから現れたのは、女に変化したマルさん。

 いかにもお貴族様といった感じの華やかなドレスを着て、髪を複雑に結い上げて装飾品(アクセサリー)をつけたマルさんは大変美しく、騎士様の制服を着たオレストさんととてもお似合いだった。

 微笑み、見つめ合うオレストさんとマルさん。マルさんの左手薬指にはオレストさんとお揃いの指輪。


 私の心は引き裂かれるような痛みに悲鳴をあげるけれど、なんとか平気な顔をして「ご結婚おめでとうございます」と笑顔で告げる。


夫婦共々(・・・・)、これからもよろしくね、私の大切な親友(・・)


 満面の笑みをマルさんに向けていたオレストさんは、私の方を見てニヤリと笑った。


 もう、あの花が咲くような満面の笑みは、私に向けられることはないのだと、そう告げられた気がした……。




 ☆ ☆ ☆




 早朝、まだ朝日も昇らない時間。嫌な汗をかいて目が覚めた。


 最悪な夢見。

 あれは夢だと分かってる。だってマルさんの家名は「アクロ」ではない。


 けれど、きっとオルトさん改めオレストさんは、アクロ家のご令嬢と婚約か結婚をしたはずだ。

 平民の私なんかでは到底釣り合わないほどオレストさんは身分が高いから。例え私が第8子殿下(オレストさん)の恩人だとしても、きっと国王様も王妃様もお許しになるはずがないから。

 いや、私がオレストさんの相手の候補にあがるなんてこと事態、あるわけがない。そのくらい、生きている世界が違う。


 涙が止めどなく溢れてくる。

 私が女になって、オレストさんが男になって。

 それでも、私たちが結ばれることはない。


 誰も見ていないから、だから今だけは泣かせて。「女の私」が悲鳴をあげているから。

 存分に泣いたら、「女の私」は心の奥に封じ込めて、後はまた元気になるから……。

 そして、オレストさんの一番の友人、「親友」として生きていくから。




 一頻(ひとしき)り泣いた後、一人で生きていく覚悟をしていたはずなのに、目の前にその人が現れた途端に覚悟が揺れてしまうなんて、私の覚悟は豆腐か!? ダメだなぁ……と反省する。


 自室の浴室でシャワーを浴びて気持ちを切り替え、きっちり男物の服を着て、腫れた目元を冷やす。

 男装だけれど、さすがに肩幅が無いので肩パッドを入れたり、腰回りが女っぽいのでダボッとした感じの上衣で腰の方が細いように見せかけたりしている。……胸は豊かじゃないから、そこはちょっときつめの胸当てで充分ってのが泣ける。

 夢の中のマルさんは、私には敵うはずもないほどの豊かなお胸で。女らしい体型を見せつけられて「負けた……」と夢うつつに思ったことが脳裏に閃き、ブンブンと頭を振って無理矢理気持ちを切り替える。

 そうそう、あとは風魔法で声のトーンを低くすることも忘れない。


 ……たまには私が朝食を作ろうか。


 そう思いついて、自室を出て厨房へ向かう。料理は良い気分転換になるからね。


 厨房に入ると執事のキューマが既に起きていて、これから朝食の準備をするところだったようだ。

 今朝は私が朝食を用意するとキューマに宣言して、冷蔵庫の中身を見るとマスの半身(はんみ)があった。


「朝一番に、湖であがったマスの半身を漁師から買い取りました」


 さすが執事様。早起きですな。


 今朝はこのマスを切り身にして塩焼きかな。白飯と味噌汁で純和風にしよう。

 あ! あと例のアレを出して、オレストさんを困らせてやれ……と黒い私が顔を出す。


 巨乳好き(←決めつけ)の馬鹿野郎ー! どうせ国王様と同じ嗜好(←カラメルで実証済み)なんだし、絶対に王妃様のような「たゆんたゆん」なお胸が好きなんだろー! きっと婚約者だかなんだかは巨乳に決まってるよね、このリア充野郎め! 私はどうせ微乳だバカヤロー! 思い知れ乙女の哀しみ!

 ……八つ当たりだって分かってるけどね、けど、良いじゃんかそれくらい。リア充野郎なんて困っちゃえば良いんだ!


 ふふふふふ。

 脳内で散々罵ったあと、アレを思い出して黒い笑いを漏らす私。

 私は好きだけど、この国の人は苦手なアレ。そのくらいの意趣返し──多分に八つ当たりを含む──は許されると思うなー。


 脳内思考の暴走はそのくらいにして。


 昨日買ってきたキャベツをおひたしにしようか、それとも味噌汁の具にしようかと迷う。

 うん、味噌汁はタマネギでシンプルにしよう。で、最後にチーズを散らすとなかなか良い感じになる。味噌もチーズも発酵食品だから意外と合うって前世のテレビで見たし、やってみたこともある。

 ニンジンを細切りにして、キャベツと一緒にサッと茹でて、湯通しした油揚げと一緒に出汁と醤油でおひたしにしよう。

 あと裏庭のイチゴが良い色になってたから、デザートはそれ。摘み立ては香りが良いし、朝食は以上で充分なんじゃないかな?


 まずはお米を研いで水加減をして、ご飯を炊き始める。隣のコンロでは鍋にお湯を沸かす。

 それから、マスを切り身にして塩を振った。

 キューマに裏庭からイチゴを採ってきてもらうよう頼んで、次にニンジンの皮をむいて細切り、キャベツはざく切りにする。

 油揚げはお湯にサッと通して、油揚げを取り出したお鍋でニンジンとキャベツをサッと茹で、短冊に切った油揚げと一緒に出汁と醤油に浸した。

 タマネギを5mmくらいのスライスにして、干した小魚や干しキノコの出汁で煮て味噌汁の用意。出汁を取った小魚やキノコはおひたしに混ぜる。

 最後に一定の温度で保温ができる魔道具からアレを取り出し、うっとりと微笑む私。

 この街(ノーティアナ)の近くで米農家をやってるお家があって、市場で知り合いになって。

 その農家さんからあるものを入手したから、アレが作れるようになったのだ!

 ふふふふふ。


「わっ、若様、まさかアレをお客様にお出しするのですか……?」


 イチゴを入れたカゴを手に、裏庭から戻ってきた執事様が恐れ戦く。

 うふふふふふふ。

 私の黒い笑みを見たキューマは、説得は無理だと早々に諦めたらしい。

 イチゴを洗うためかカゴをシンクに置いて、天を仰いで手を組み、何か祈りを捧げていた。


 料理の途中、クロエが起きてきたので、今日の鍛錬は朝食後にすると伝えた。

 その後ろでキューマとクロエがこそこそと何かを言い合っていたけれど、私は完全にスルーしてやった。




「うわッ! なんだコレは!?」


 糸を引く豆を見て驚くオレストさん。

 私は涼しい顔で、醤油と辛子を入れ納豆(・・)をかき混ぜる。

 そうアレですよ。日本人でも嫌いな人は嫌いだというアレ。異国の人でも好きになる人は限られているという納豆です。


 米農家さんから藁をもらえるようになったので、試行錯誤して納豆が作れるようになった。

 藁を煮沸消毒して、茹でた大豆を煮沸した藁の束の中に入れて、人肌くらいで保温すればOK。


 美味しいよね、納豆ご飯!

 たまに無性に食べたくなるのよ、納豆が!


「これで腐っていないというのか……!?」

「慣れれば美味しいですよ?」


 私はそう言って、納豆をかけたご飯を頬張る。

 ふふん。私の乙女心を踏みにじったオレストさんなんて、納豆に苦しめば良いんだ。

 オレストさんは私が女になったなんて知らないんだし、完全に八つ当たりだって分かってるけど、これくらいは許して欲しい。どうせ、微乳より巨乳がいいんだろー! バカヤロー! ←八つ当たり。

 これから男として、オレストさんの親友として付き合っていくんだもん、このくらいの嫌がらせなんて可愛いものじゃないか。


 私の様子を見ていたオレストさんは、私を真似して納豆をご飯にかけ、箸で納豆かけご飯を持ち上げてじーっと見つめていたかと思うと、意を決して口に運んだ。

 もぐもぐと咀嚼して、カッと目を見開く。


「意外と美味いな、コレ。ご飯によく合う!」


 ……チッ。

 意外とオレストさんって味の許容範囲が広いんだよな~。この人に苦手なものってないんだろうか?


 オレストさんの言葉に、キューマとクロエが目を丸くする。いや、さっきから箸を上手に使うオレストさんにビックリもしてたけどね。

 あの2人は納豆の匂いがダメで受け付けないみたいだから、オレストさんが平気で納豆を食べたことに純粋に驚いたみたい。


「味噌汁にチーズってどうかと思ったけど、意外と合うな!」


 オレストさんは「やっぱりフィリスの料理は予想もつかないものが出てきて楽しい!」なんて無邪気にはしゃいでいる。そういうところは昔から変わってない。


 惚れた弱みだろうか。

 自分が作った料理を喜んで食べるオレストさんの姿を見ていたら、ほんわりと心の奥が温かくなって、八つ当たりもどうでも良くなってしまった。


 あー、重症だよね、自分。

 仕方ない。「親友」でいいじゃないか。研究所時代みたいに付き合えるなら。




 ☆ ☆ ☆




 さて、長距離通話の実験だけれど。

 あらかじめ決めた日時に決めた場所からオレストさんが私に通話をかけて、繋がるかどうかを確かめることになった。


 私の屋敷がある街は、国で一番東西の距離があるところの真ん中辺り。南北で言うと南寄りだ。

 この国は西の端から東の端まで、馬車で12日~13日ほど。東西の真ん中からなら約6日で国境付近まで到達する計算だ。

 お互いにノーティアナから東と西に進み、あらかじめ決めておいたポイントで通話実験をし、またそれぞれ東と西に進み……という感じで、最終的には国の端と端で繋がるかどうか実験する。繋がらなくなったところで、お互いに私の屋敷に戻って来ようってことになった。

 東西が終わったら南北になるのだけど、王都の北側には山がそびえているから、その山が通話を阻害しないかどうかってことも実験の対象になる。


 大きめの街と街の間隔は、街道沿いなら馬車で朝出発して夕方前には到着する距離。もちろん、徒歩で移動する人たちのために、その途中途中にも宿屋と集落があるけれど。

 毎日、大きな街まで移動して、夜に通話の実験をしようってことになった。

 実験に使う通話器は、私が前に息抜きで作った携帯電話サイズのアレ。

 機能的には複合魔法陣の文様も変えていない、既存の通話器と同じだから問題ないだろうし、同じ番号にしかかけられないから、実験にはぴったりだと思う。


「え? この大きさで通話器なの!? 随分小型化したな!」

「いえ、1つの番号にしかかけられないので、この大きさにできただけなんです」


 携帯電話サイズの通話器に驚くオレストさんに、そう説明する。


「あ、そうか。番号を打つ機械がない分、小さくて済むんだな」


 理解が早くて助かります。


 実験は私とクロエが一緒に行動し、オレストさんは1人で行動することになった。

 私はまだ自衛できない上に馬にも乗れないし、馬車での移動だから。その点、オレストさんは馬に乗れるし、1人で自衛もできる騎士見習いだもの。


 執事様には留守をお願いすることになった。王都の工場(こうば)絡みの嫌がらせは地味~に続いているから、クロエを1人で残すのは心配だったのだ。


「じゃあ、明日の夜に」

「うん。夜の9時頃で問題ないだろう?」

「はい」

「お互い気をつけて行こう」

「ええ。お気をつけて」


 オレストさんと屋敷の前で別れて、クロエが御者を務める馬車で移動を開始した。

 私たちは東へ、オレストさんは西へと向かう。




 最初の晩は問題なく通話できた。

 その後も順調に通話できている。


 実験だって分かってるけど、オレストさんの声に聞き惚れて、夜9時を楽しみにしている自分がいた。


 さあ、いよいよ今夜で終わり……というとき、私はちょっと悪戯心を出した。

 前の日までは問題なく通じた。でも今日は国境付近の街で、通じるかどうかは分からない。もし通じれば御の字だし、通じなかったら屋敷に戻ってから改良を加えれば良い。


 国の西と東の端っこで、通じるかどうか賭けのようなその晩。

 私は一瞬だけ風魔法を解いて、私本来の声で通話に出た。


『もしもし』


とオレストさんの声。


「もしもし。……オルトさん?」


と私本来の声で、わざとあの頃の呼び名で呼びかける。


『え? ……メラン?』


 戸惑ったオレストさんの声が聞こえた。私はその声の様子にほくそ笑み、風魔法をかけて、自分の声を低くした。


「もしもし、オレストさん? どうかしましたか?」


 何事もなかったかのように、男の声でしれっと通話器に話しかけた。


『え? 今、メランがいなかったか?』

「何を言ってるんですか? メランは私、フィリスになったんですよ」


 そう言ってやる。


『あ、あぁ、そうだよな。……メランは、どっちつかずだったメランは、もういないんだよな』


 混乱から覚めたのか、落ち着いた声でオレストさんが言う。

 少しだけでもオレストさんを動揺させられたことに喜びを感じている私がいる。

 本当にちょっとした悪戯、出来心だったけど、心の奥の方で溜飲を下げている私の恋心を感じた。


「とにかく、東西の実験は今夜で終わりですね。国の西と東の端っこからでも通話できるなら問題ないでしょう」


 どうやら、闇の魔法陣の転送機能は電波なんかと違って、空気中を進むものではないらしい。

 きっとどちらかというと、ワープするように空間と空間を繋げてしまうような、そんな感じなんじゃないかと推察した。


「次は南北ですが、この実験の間中、通話器の組み立てが止まってますので、屋敷に戻ったらしばらくは通話器の製作に専念して、量産しないと……」

『そうか……。あぁ、そうだ! それなら私も通話器の組み立てを手伝おう』

「いえいえ、オレストさんは騎士団の方のお仕事もおありでしょうから、無理はなされないでください」

『それなら、ニクス団長から許可をもらってくるから、そしたら良いだろう?』

「……許可が出れば、ですよ?」


 もう、この人は……! 昔から自分が「やりたい」と思ったことは多少強引にでも、なんだかんだと貫いちゃうし、こういうところは変わっていない。


 結局、私はニクス様の許可が出れば……という条件で、その申し出を受け入れたのだった。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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