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38.親友

いつもありがとうございます。


後半、ちょっと下ネタ的な……。すみませんm(_ _)m

「初めまして。オレスト・アクロです」


 そう言ったその人は、どう見てもオルトさんだった。


 赤みがかった金髪に、紫の瞳。夜明けを思わせるその色彩。

 あぁ、本当にオルトさんだ。男に変化してたんだ……!


 随分と背が伸びた。

 大人びて精悍な顔つきになったけれど、昔の天使様のような面影もある。

 髪の色と瞳の色はあの頃のまま。

 あの頃より三つ編みを編むのが上達したようだ。髪型がいびつじゃない。


 私の心は歓喜に震えた後、その人の左手の薬指に指輪を見つけて、胸の奥がすーっと冷たくなっていくのを感じた。


 左手薬指の指輪は、婚約しているか既婚の証。


 きっと、男に変化して「オレスト」という名前をもらい、結婚して相手の家に婿に入ったのだろう。家名が「アクロ」になったのはそういうことだ。

 この国では、男女とも17歳になれば結婚できる。この人は今年20歳になるはずだ。


「初めまして、フィリス・モーリーです」


 相手は元王族。しかも宰相家の家名を名乗る人。

 貴族に対する正しい礼をして、私も自己紹介をした。お偉い貴族の若様が来ると聞いて、キューマから付け焼き刃で習った作法だ。魔術学校時代に習った筈だけど、何年も使ってなかったし、すっかりうろ覚えになっていて自信がなかったから。


「……(メラン)? メランじゃないか……!」


 呆然と私を見ていたその人が、我に返って驚いたような声を出す。


「申し訳ありませんが、うちの旦那様を犬か猫のように呼ぶのは止めてくださいませ」


 クロエがオルトさん改めアクロ様に抗議する。


「クロエ、いいんだ。……うちの者が申し訳ありません、アクロ様」


 私はクロエを制して、使用人が生意気な口をきいたことを謝罪する。


「いや、私の方こそ申し訳ない……、モーリー殿」

「いえいえ、とんでもない。……ここで立ち話も何ですし、どうぞ門の中へ」


 客人をいつまでも門の前に立たせておくわけにもいかない。私は客人を門の中へ招き入れ、クロエにお茶の準備を頼んだ。先に馬を連れて厩へ行くことにする。

 私が馬に乗れないので普段は使ってないけれど、ちゃんと厩が敷地内にあるのだ。


 馬を繋いで、水を用意して飲ませる準備をしていると、アクロ様が馬の世話は自分ですると言って動き出した。


「……もう馬は平気なのか?」


 アクロ様が馬を布で拭いてやりながら小さく尋ねてくる。


「何のことでしょう?」

「私がメランを見間違えるわけがないだろう……? 髪は染めているの?」


 (とぼ)けたけれど、誤魔化されてはくれないようだ。「見間違えるわけがない」と言われて嬉しいと思う自分がいる。つい涙が出そうになるのを水桶を運ぶ為に俯いて誤魔化した。


「メラン……いや、もうフィリスなのか。フィリスも男になっていたんだな」

「……」

「父上から『メランは生きてる』って聞いて、ずっと、会いたかったんだ……」


 私が研究所からいなくなってしばらくした頃、オルトさんは自分が男に変化したのに気づいたそうだ。

 魔力が無属性のままだったので、最初は全然分からなかったらしいのだけれど、背が伸びて下や脇の毛も生え、声が低くなってきて「あれ? おかしいな」と思っているうちに、ご隠居様から「どっちつかずではなくなったのだから」と研究所を出てるように言われて、やっと気がついたらしい。

 ……きっとどっちつかずだったオルトさんは、ゆっくり、緩やかに変化して、そうして男になったのだろう。

 私の体は大怪我で死にかけたことで、きっと慌てて、急激に変化してしまったんだろう。今はそう推測している。


「そのとき、メランもどっちつかずではなくなってしまったから、もう研究所には戻ってこないって言われて。その後すぐ、事故で死んだと聞かされた」


 私から最後に言われたのが「私がいなくても、ちゃんと食事係をするんですよ。じゃないと軽蔑しますからね!」という言葉だったので、せめて自分以外の者がちゃんと食事係としてやっていけるようになるまでは……と頼み込んで、なんとか目処がついてから研究所を出たそうだ。


 あのマルさんが研究所に入ったので、マルさんとマルさんの同期の子とハルスさんの3人を食事係として鍛えたらしい。

 研究所を出てから「オレスト」という名前をもらい、国王様からくれぐれも内密に……と前置きされた上で私の話をされたという。


「事故で死んだと言われたメランが本当は生きていて、通話器の量産に携わっているって父上から教えられた」


 そのとき、通話器の下請けの件で私が逆恨みされていて家名を偽名に変えたけれど、それでも嫌がらせされているということも教えられたのだという。


「父上から『そのままのお前では役に立たないから、会わせられない』と言われて、メランの護衛ができるくらいになれって騎士団に放り込まれた」


 それからは護衛の為の体術や剣術などをニクス様から習い、なんとかギリギリ合格をもらえるくらいになったそうだ。

 私が「命の恩人」だからとかそんな気持ちではなく、私の一番の友人として、私の役に立ちたくてがんばったんだとアクロ様は言った。


「今回は『通話器の実験のためにノーティアナに行け。それが最終試験だ』って言われて、何も教えられずにここに来たんだ」

「アクロ様……」

「そんな堅苦しい呼び方は止めて欲しい。昔のように『オルト』でも良いし、『オレスト』と呼んでくれても構わない。……あぁ、本当にメラン、いや、フィリスに会えて嬉しいよ」

「……オレスト様」

「『様』は止めてくれ。メラ、フィリスからそう言われると、背中がむずがゆくなる」


 一瞬「メラン」と呼びそうになって言い換えたオレストさんは、そう言ってニヤリと笑った。

 「オレスト」と言う名前は、呼び名の「オルト」と似たようなのがいい! と言い張って、それで決まった名前なんだそうだ。


「偉いのは親で、私自身ではないのだから。私は、まだ何も持っていない、騎士見習いでしかないんだ。……それに、私たちは『一番の友人』で『親友』なんだろう?」

「えぇ、そうでしたね……」


 あの魔道具研究所での日々がよみがえる。


「男同士、これから『親友』としてよろしく頼む」

「……はい、オレストさん」

「『さん』も要らないくらいだぞ?」


 オレストさんはそう言って笑ったけれど、私は「親友」と言われて少なからずショックを受けていた。失恋確定だと分かっていたはずなのに、私の心はどこかでまだ期待していたらしい。親友以上になりたいと思う自分がいたことに驚く。

 オレストさんには婚約者だか伴侶だか分からないが、もう決まった相手がいるとあの指輪が示している。だからきっと、国王様は私が偽名を名乗っていると教えても、女になったことは教えなかったのに違いない。

 それなら「親友」というポジションでも充分じゃないか……。


「いえいえ、これは私の癖のようなものですから。『さん』はつけさせてくださいよ、オレストさん(・・)


 そう言って私もニヤリと笑い、もうお茶の準備もできた頃でしょうから……と屋敷の中へお客様(オレストさん)を促した。


 私は今、上手く笑えていただろうか……?




 ☆ ☆ ☆




 お茶の席では仕事の話に終始した。

 遠距離通話の実験の仕方など、どうするべきか話し合う。


 オレストさんの指輪のことが頭をかすめる度、私は心中穏やかではいられなかったけれど、なんとか平静を取り繕って実験の方針を決めることができた。




 今日の晩餐は私が料理するのだと言うと、オレストさんは「私も手伝う」と言い出した。


「ダメですよ。オレストさんは今夜の主賓なんですから、おとなしくもてなされてください」

「久しぶりにメラ、フィリスと料理がしたかったのに……」

「ダメダメ! 食事の前に旅の汚れを落として、さっぱりするのが主賓の務めってもんです」


 そう窘めれば、オレストさんは渋々と仕方なさそうに客間に向かった。備え付けのお風呂があるのだ。




「……随分と仲がよろしいんですね?」


 クロエが料理を手伝ってくれながら、私に話しかけてくる。


「あぁ、あの方とは魔道具研究所の同期で、一緒に雑用をやらされた仲だからね」


 そう苦笑すれば、クロエはビックリした顔をする。


「アクロ家の方なのに……?」

「どっちつかずしか入れない魔道具研究所では、身分は関係ないとされていたからね。……あの方は『ヴノ』を名乗っていたけど、その意味すら平民の私は知らなくて、随分と失礼なことをしてしまったと反省しているよ」

「え? それではあの方は……」

「うん、第8子(オクタ)殿下だ」


 初対面で言い放った自分の言葉を思い出し、クロエは青くなる。


「あの方が……。え、いや、拙いでしょ……」


 あの発言を気にしてか、一人反省会を開いているようだ。

 一貴族ならともかく、王族とは思ってもみなかったのだろう。クロエの家は、そこそこの身分のお貴族様なのだ。

 国王様達にお願いされたからって、平民の私に仕えてくれている奇特な人。


「大丈夫。オレストさんは気にしてないから。なんと言っても、あの当時の私はあの方を『殿下』だと知らなくてね。料理をさせたり掃除をさせたり洗濯をさせたり、本当に酷いものだったけれど、全くお咎めなしなくらい寛容な方なんだよ」


 ふふふっと笑えば、クロエは「それは『若様』が『若様』だからなんだと思います~」とよく分からないことを言った。


 首を傾げていると、蒸し器のお湯が沸騰し始めたので、慌てて温野菜にする野菜を蒸し器に入れる。

 その後も次々と料理を作っていき、晩餐の用意が調った。


 久しぶりに使う食堂は、キューマが調えてくれていた。さすが執事様! 完璧です。


 執事様の給仕もやっぱり完璧で、オレストさんは「フィリスの料理はやっぱり良いな! ホッとする味だ!」とご満悦だった。




 食事の後は私の私室に招き入れ、ゆっくりお茶を飲みながら話をした。……お酒は強くないと聞いたのでリラックスできる香草茶を淹れる。


 ポタモスさんの開発した写真機が国王様に気に入られ、国王様が孫の写真を撮りまくっているだとか。

 あ、オレストさんの1番上のお兄さんはオレストさんとは10歳違いで、お子さんが3人。一番上の子がもう女の子になっちゃったそうで、姪っ子に先を越されなくて良かった~とかぼやいてた。

 それから、写真機のおかげで肖像画を描く絵師が一時期仕事がなくなって嘆いていたけど、容姿に自信のない人たちが気になる部分をさり気なくカバーしてくれる絵画の方が良いと戻ってきたとか。

 ハルスさんの作った階段を上り下りする魔道具は、主に病人や年寄りがいる施設で人気なんだけど、適当な工場(こうば)のおかげで出張修理が増えてるのが玉に瑕らしい。……みんな研究所に引きこもりたいもんねぇ~。

 オレストさんが作った魔道具は少し改良を加えて、今は各街に防災無線のように普及して行っているとか。

 懐かしい人たちの話が聞けて嬉しかった。


 それから、夜も更けてくると、だんだん怪しい話に……。どっちつかずから男になったときに戸惑わなかったか? なんて話になって。


「私は男に変化したって全然気がつかなくってさ、股間のアレがだんだん大きくなってきて、最初はそういう病気かと思って悩んだよ」


とか


「睾丸って左右の大きさ違わないか? 気がついたときにはビックリして『片方だけどんどん腫れていくのか!?』と焦って、兄上達に相談したら『それで普通だ』って言われて安心したけどな~」


とか、なんかそういう系の話。


 いや、前世のおばちゃんの記憶があるから、ダンナの様子も知ってたし、話についていけないこともないけどね……。

 今世の恋する乙女の部分は、やっぱり、自分が好きな人のそういう話は聞きたくなかったというかね、生々しいところは止めていただきたいと切実に思ったわけで。

 だってだって、今世の私は「乙女(処女とも言う)」なんですよ!?

 いくら前世のおばちゃんの記憶があっても、今は恋する乙女なの~! やめてー! ……って心の中で叫んでもおかしくないよね?


 本当にこの人は私を男の「親友」だと思ってて、女扱いなんて欠片もないんだな~。

 私は今、男装してるんだし、バレてないってことで喜ぶべきなんだろうけど、凄く複雑な気分だ。

 なんとか平気な顔を装って、相づちを打つので精一杯。


「フィリスは、あのメイドの子が好きなのか? 一緒に料理してたみたいだし、凄く仲が良いよな。……やっぱりフィリスも胸の大きいのが好みか?」


 は? 「フィリス『も』」ですって? いや確かに貴方のお母様のお胸が豊かで貴方のお父様はお胸の大きい方がお好みでしょうけど。『も』ってことは、『も』ってことはですよ? もしかするとオレストさん『も』なのか!?


 まったくもう! これだから男なんてーッ! どうせ私なんて「微乳」だわよ! しかも男装が板につくくらいの微乳なんだからなっ! 胸の大きいのが好みかなんて聞くんじゃないっ!


 もうね、やさぐれちゃうよ、ホント。


 だって、私の中の恋する女心が泣いている。表面上は何でもないような顔をして。


 私が好きなのは貴方だって、言えないのがツラい。

 だいたいオレストさんには決まった人がいるんだから、それは言っても仕方ないことだもの。


「いえいえ。クロエが料理を覚えたいと言うので、一緒に食材を買いに行ったり、料理したりしているだけですよ」


 顔では平静を取り繕い、なんとかそれだけを言う。


 クロエとのことは誤解で、ただ単に女の子同士仲良くしてるだけですよって答えられたら、どんなに良いだろうって思った。

 本当は女だって言えない自分がなんだか酷く惨めで、オレストさんの左手薬指に光る指輪のお相手の存在を思い浮かべて悲しくなるのだった。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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