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37.新しい生活

 実家のある街(メタクボルア)を出て、1つめの街で宿に入ってから、私は髪を栗色に染めた。


「あぁ、やはり、そうすると印象が違うね。これなら目立たない」


 ニクス様は髪を染めた私を見てそう言った。

 それから、とニクス様は続ける。


「王都近くの街に屋敷を用意した。通話器の組み立てに専念してもらうため、使用人も2人ほど用意したが、そこに私が出入りすることになる。そうすると不都合が出てくることになるだろうから、男装してもらえないだろうか」


 ……あ、そうか。女が1人で住んでいる屋敷に、使用人がいるとは言え、頻繁に男性が出入りするとなると、あらぬ噂を呼ぶんだろうなぁ。

 今の私は、踝までの長いスカートを穿いた平民女性の一般的なスタイルだ。


「分かりました」

「……すまない。次の宿がある街で、男物の服を何着か揃えよう。準備金として陛下からいくらか預かっているから、そのくらいはさせてくれ」


 成長が止まるというか老化が遅くなるどっちつかずと違って、女に変化して大人になったからか、私の身長は伸びていた。女にしては大きい方だと思う。いつの間にか(トーマス)の背を追い越しちゃったから、トーマスが悔しそうに「そのうち追い越してやるんだからな!」とか騒いでたっけ。

 そんなこんなで、もうどっちつかずの頃に着ていた服は小さくなってしまって持ってきてないし、男装するなら新しく買わないとな……と思ってたから、揃えてもらえるならありがたい。


 幸い私の胸は小さめだし、さらしでも巻いておけば男装しても違和感はないと思う。

 ……あれ? これで私の乳がでかかったら、男装は無理だし、どうするつもりだったんだろ? もしかして、ニクス様が女装してくれた???


 そんな変な想像をしていたら、ニクス様が


「男装が無理そうならテレサに連絡役を頼むところだったんだが、あれは経験が浅いからヘマをしそうで心配だったんだ」


と仰ったので、ちょっと残念だった。




 次の街で男物の服を揃えて、宿で着替えてみたら、違和感がなさ過ぎて泣けた……。

 あと、私の声は男にしては高すぎるので、魔法で声色を変えることにした。風魔法で低めの声になるように調整すると、本当に男になったみたいだった。

 目の色を魔法で変えることもできるのだけど、声を変える魔法と2つをかけ続けるのはしんどいので諦めた。




 屋敷がある街は王都の南東で、王都の南東の門──竜門──から続く街道沿いにあった。

 その街はノーティアナと呼ばれる街で、あの特殊顔料の原料を運ぶ荷車が通る道でもあるらしく、まぁまぁ混雑していた。


 市場は王都ほど大きくないものの、そこそこ活気があって新鮮な食材が並んでいた。

 近くに大きな湖があって大きなマスがよく市場に並ぶので、肉より魚が好きな私には暮らしやすい街かもしれない。

 キノコ農家も近くにあるらしく、馴染みのキノコが並ぶのもうれしかった。


 屋敷は2階建てで、使用人がいても1人で暮らすには充分すぎる大きさだった。

 調度品は少し高そうだな……と思ったけれど、王妃様の私室や王室御用達の宿屋なんかに比べればはるかに庶民的で、私の心の平穏は保たれそうだ。


 執事さんはロマンスグレーの素敵なおじさまで、名前はニコラス・キューマさん。落ち着いた物腰はさすがは執事さん(プロ)って感じ。水色の目がクールな印象。渋さのにじみ出た容姿は、もしも前世の頃に聞いた執事喫茶とやらにいたら、一番人気間違いなしだったんじゃないかと思った。行ったことないから知らんけど。

 侍女さんというかメイドさんは私と同い年くらいの子で、焦げ茶色の髪と瞳のちょっと小柄で可愛らしい、豊かなお胸の羨ましい人。でも実は騎士見習いだそうで、護衛の腕は確かなんだって。ただ家事などのメイドさん本来の仕事は慣れないようで、初々しい感じ。名前はクロエ・アルクスさん。

 執事のキューマさんも元は騎士様で、今は引退しちゃったけど、腕は確からしい。


 お二人は貴族出身なのに、どうして平民の私に仕えてくださっているかというと、なんだか知らんけど私は国の重要人物になっちゃってるらしい。

 国王様と王妃様から「くれぐれもよろしく頼む」と頭を下げられ、近衛騎士団長のニクス様にも「第8子殿下の恩人なんだ」と理由を教えられたとのこと。

 いやいやいや! そんな大層な人じゃないですからね?

 ……とは言え、とにかく表向きは男として扱ってもらうため、「旦那様」か「若様」と呼ばれることになった。

 もちろん、キューマさんとクロエさんには、私が女で男装していることは教えてある。

 その呼び方に慣れるまでちょっと時間がかかったし、「旦那様なんですから、使用人のことは呼び捨てにして下さい」と言われても平民な私には無理な話で、呼び捨てに慣れるまでけっこう違和感が拭えなくて大変だった。


 最初、話すときは呼び捨てでも心の中ではキューマさんとクロエさんを「さん付け」で呼んでたんだけど、ふとしたときに「さん付け」で呼んでしまうことがあって反省してからは、心の中でも呼び捨てを貫くことにした。

 不器用でごめんなさい……。




 ☆ ☆ ☆




 ところで、通話器の量産関係で下請けを断られた工場(こうば)の持ち主達が、なんだか不穏な動きをしているらしい。正しくは「逆恨み」だそうだけど。


 私が作った通話器は、魔法陣を使わない種類(タイプ)のタイプライターを模倣した複雑な機械部分がある。

 魔道具研究所時代に経験した修理作業から、普通の工場(こうば)に仕事を回すのは危ないと思った。部品が規格通りにならないからだ。

 それで、アントスさんの知り合いがいる機械工房なら信頼できると思ったので、そこに番号を打つ機械部分やその他の部品の下請けをお願いしたのだ。


 どうして自分のところでは下請けをさせてもらえないのか!? と激しい抗議が王城に来たらしい。

 理由を話しても、納得しない職人さんが多くて困った……とニクス様が溢していた。


 そういうわけで、今は機械工房の方がやり玉にあがっているらしいが、そのうち私のところにも嫌がらせや脅迫があるんじゃないかと国王様は考えているそうだ。

 一応、通話器を開発したどっちつかずのトリ・ヒューレーは表向きは事故で死んだことにされていて、被害が及ばないように……と考えてくれたようだけれど、部品が運ばれる流れをつきとめていけば、この屋敷にまで手が及ぶのではないかと危惧しているらしい。


 ちゃんとした仕事をしてくれるなら、安心して下請けを出して仕事してもらうんだけど……。そういうことが分からない大雑把な工場(こうば)が多くて困っちゃうなぁ……。


 そこまで文句を言うなら、設計図を渡してそれぞれの工場で独自に通話器を作ったらいいんだ! なんて思ったけど、なんでか魔道具の修理は全部魔道具研究所に回されるから、工場は痛くもかゆくもなくて困るのは研究所のみなさんだ。通話器の修理が殺到した研究所なんて、想像しただけで頭が痛い。

 このシステムを変えて、修理は作ったそれぞれの工場へ……ってならない限り、それぞれの工場で通話器を作るなんてことは無理な話だろう。

 修理品を持ち込む人たちにもそのシステムを浸透させるとなれば、大変な時間と労力がかかるのは目に見えている。


 まぁ、とにかく、今のところはそういう人たちからの嫌がらせなどがないように、屋敷には念入りに結界を張って、買い物にはキューマかクロエを伴うように気をつけた。




 そんな風に不届き者を警戒しながら始めた新生活だったけど、警戒していたのが嘘みたいに思いのほか穏やかに楽しく過ぎていった。住み始めてから少し経った頃、たまに脅迫の手紙や嫌がらせの張り紙が見つかり、ちょっと気を引き締めるという場面もあった。


 あと、ニクス様から通いの料理人を用意するとも言われたんだけど、料理なら私ができるから大丈夫! と言って断った。私の正体を知る人は必要最小限でいい。私の秘密を知らない人と接する時間は短い方が気が楽だ。バレないように気を遣うから疲労感が違うのだ。


 市場へはクロエかキューマを伴って買い物に行き、その日に並んだものの中から良さそうなものを選んでお買い上げ。

 屋敷に戻ってクロエと一緒に料理するんだけど、クロエはお料理初心者なので、少しずつ教えながらやっている。


 意外なのはキューマで、パンを焼くのが得意で、野菜の皮むきもお手の物だった。

 昔、隣国との情勢が不安定だった頃に野外での戦闘訓練が多くあって、必要に迫られてパンを焼くのと簡単な料理を覚えたらしい。

 屋敷に来たばかりの頃、焼きたてパンの良い香りがするシンプルだけど美味しそうな朝食を作ったのがキューマだったので驚いた。スクランブルエッグと野菜スープだけでも作れるんだから、男性のお貴族様出身者としては大したものだろう。


「え? もしかして、この中で私の女子力が一番低い!?」


 見た目は私が一番女子力高いのに~と騒いだクロエは、大変な危機感を覚えたらしく、料理を覚えるのに必死だ。


 出来上がった食事は、立派な食堂もあるのだけど、厨房横の使用人用の食堂で3人一緒に食べている。

 屋敷に来た初日に、立派な食堂で用意された食事を1人で食べたときは、2人に見守られて食事するということに緊張してしまって、料理の味なんて分からなかったからね~。




 ☆ ☆ ☆




 相変わらず、私の魔力は無属性のまま。ちゃんと大人の女になったのに不思議なことだ。


 嫌がらせが脅迫の手紙や張り紙程度だったことで、ノーティアナで過ごすうちにどこかで油断していたらしい。

 一度、市場でクロエとはぐれてしまい、ならず者にさらわれそうになった。危機一髪、間もなくクロエが見つけてくれて事無きを得たけれど、私自身も護身術とかできた方が良いのかなと反省した。


 それからというもの朝起きるとクロエに護身術を教わって、キューマが作った朝食を食べ、その後に通話器の組み立て作業に入るようになった。




 通話器の方は、バラバラのパーツが1ヶ月ごとに屋敷まで届けられ、私がそれに必要な魔法陣を書き込んで組み立てる……という工程になっている。それでも番号を打つタイプライター部分のところは複雑なので、組み立てた物が送られてくるようになっていた。

 ちなみに、パーツと特殊顔料は1ヶ月に1回、ニクス様が私の様子を見に来るときに持ってきて下さる。そのついでに空になった魔石も持ってきて、魔力補充した魔石と交換し、出来上がった通話器を回収していくのだ。


 今は王城の各部署に通話器が配置され、次は王都内の公共機関に配置しているところらしい。

 あとは王室御用達の大きなお店とか。


 今後の展望としては、転送機能の強い魔法陣を開発して遠距離通話を可能にすることが一番の目標で、次が使用魔力の削減(使う魔法陣が多いから)、その次が通話器の小型化となっている。

 実際のところ、遠距離通話はどの程度まで可能か……ということが分かっていないので、フットワークの軽い若者にでもそういう調査をやらせようかって話になっているらしい。


 とは言え、王都内にもまだ通話器が普及しきっていないので、どんどん通話器を作るのが今の私の仕事なのだけど。ただ、通話器は機械部分のからくりが複雑で高価なので、一般のご家庭には高すぎて手が届かない状態らしく、爆発的に売れているわけではないからのんびり作っていられるのが救いかな。

 それでも一から独りで作るよりは、ずっと量産できているとは思うけれど。




 ときどき通話器の組み立て作業に飽きると、魔法陣の使用魔力の削減のことや、携帯電話ほどの大きさの通話器を作れないかとか、そんなことを考えている。

 同じことばかりしているとミスも増えるからね。


 そうそう、そんな中で試作品として、直通の通話器を作ってみた。スイッチを入れると、決まった相手にだけ通話できるというもの。

 入力の複合魔法陣にはもう既に番号が入っていて、あとは基本的に普通の通話器と同じ。

 かけられる番号が決まっているので、同じ相手にしかかけられないっていうだけのもの。機能がそれしかないから携帯電話くらいの大きさになったのがうれしかった。


 作って満足した私は、また普通の通話器を組み立てる作業に戻った。


 今度の息抜きは、魔力の削減のために魔法陣の文様をいじって工夫すること。魔法陣オタクの本領発揮と行きたいところだ。




 ☆ ☆ ☆




 そんな日々を過ごして、たまに来る嫌がらせの手紙や張り紙にも慣れた。ついでに男装や男の振りにも慣れた。

 17歳でこのノーティアナに来て2年が経った頃。

 ニクス様から、遠距離通話の実験に若い者を派遣するって話が来た。


 件の若い人は私の1つ上で「オレスト・アクロ」という人らしい。

 名前を聞いたクロエが「アクロって宰相家の方……?」と呟いていた。


 そうか、宰相家の人なのか……。

 ニクス様から、その若者は実験のために頻繁に屋敷に出入りすることになるだろうし、場合によっては泊まりになることもあるだろうから、客間を整えておいて欲しいとお願いされた。


 相手は上級のお貴族様なんだろうし、不備があって御不興を買うわけにもいかない。

 指定された期日までに、使ってなかった客間の掃除をし、リネン類をきれいに洗ってハーブで香りをつけ、風を通して居心地の良い部屋になるようクロエと一緒に準備した。

 キューマは「一応、厩の準備もしておきます」と普段は使ってない厩を調えてくれた。


 それから、アクロ様がいらっしゃる日の当日。

 クロエと一緒に市場に行き、歓迎の晩餐のための買い出しをした。

 魚がイマイチだったので、今日は肉だね~なんてクロエと相談しながら歩いていると、肉屋のおっちゃんが


「若夫婦揃ってお買い物かい? 安くしとくよ!」


なんて声をかけてくる。……いやいや夫婦じゃないし!


 躍起になって否定すれば面白がってもっといじってくるのは分かってるから、やんわりと「そう見えるかい? そうなら嬉しいんだけどね」と夫婦じゃないことを匂わせておくに(とど)める。


「おや! 今日も仲良しだね!」


 そう声をかけてくるのは野菜を並べる農家さん。新鮮野菜が美味しい。


 そうやって市場を回り、買い物を進めていって、頭の中でメニューを組み立てる。

 今日のメインは豚肉。ポークチャップも良いし、トンカツも素敵だなぁ……。よし! 今日は生姜風味のポークソテーだ! ソテーにはキノコを焼いて添えると良いかも。それからキャベツの良いのがあったし、アスパラガスやブロッコリーも良いのがあったから、温野菜のサラダにしよう。スープはどうしようか? ポークソテーにオニオングラタンスープだと重いかな? 若い人だって言ってたし大丈夫に違いないってことにして、デザートはアイスクリームにジャムを添えよう。


 クロエとメニューについて意見を交わしながら屋敷へ戻ると、屋敷の前に馬がいて、馬の向こう側に男の人が立っていた。服装は、ニクス様と同じ制服のようだ。馬の首を撫でているのか、ちょうど顔の部分が馬の首に隠れている。


 屋敷には結界が張ってあって、内側の人が招き入れるか、特別な護符を持った人以外は入れないようになっているからなぁ……と門の外に佇んでいる理由に思い当たる。


 あれ? キューマが留守番をしていたはずだけど、もしかして、ちょっと席を外してるのかな?

 それなら申し訳ない……と慌てて声をかける。


「あの、間違っていたら申し訳ありません。貴方は、ニクス様が仰っていたオレスト・アクロ様でしょうか?」

「……はい、そうです」


 柔らかい声が返事をする。

 馬から離れて、その人が顔を出した。


「初めまして。オレスト・アクロです」


 そう言ったその男性は、赤みがかった金髪に紫色の瞳の夜明けを思わせる色彩の人だった。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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