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36.実家

 だいぶ前にご隠居様にお願いしていた件が、上手くいったらしい。


 私が研究所を出る予定日の3日前に、みんなで研究所の入り口に並んで、記念撮影をした。

 ポタモスさんが新しい魔道具を開発したので、その実験だと言って。


「ほらほら、みんなフードは下ろすこと!」


 所長さんがそう言ってもダメだったのに、ご隠居様が同じことを言ったらみんなフードを下ろしたので、ちょっと笑ってしまった。所長さんは憮然としてたけどね。


「じゃあ、お願いします。ここを押せばいいですから……。みなさーん! この魔道具のここのところを見てて下さいね~」


 修理品を届けに来た衛兵さんをポタモスさんが捕まえて、シャッター? スイッチ? を押してもらう。「念のためにもう1回!」と言って、2枚の写真を撮ってもらった。


 そう、ポタモスさんがイーリス古書店で手に入れたはずの古本、あれに載っていた光と闇の複合魔法陣を使って、映像を写し取るような魔道具──写真機──の開発をご隠居様を通してお願いしたのだ。


 映像は紙に残せるようにしてもらったんだけど、それが一番大変だったらしい。けっこうな恨み言をポタモスさんがこぼしていた。

 でも出来上がった映像──写真──をポタモスさんは誇らしげに見せてくれた。


 写真はとてもキレイに仕上がっていて、色つきだった。白黒かも……と思ってたから、かなり驚いた。

 研究所のみんなにも写真は配られた。写真を見たみんなは、「凄いね~!」「こんなこともできるんだな~」って感動していた。


 普段はフードを被ってたから分からなかったけど、この人はこんな顔してたんだ~……なんて写真を眺める。

 私はその記念写真を胸に、実家へ帰る。




「元気になって戻ってくるんだよ~」

「待ってるからね!」

「戻ってきて、また美味しいご飯作ってねー!」


 研究所のみなさんに見送られて、私はテレサ先輩にお姫様抱っこされて研究所を後にした。研究所から城門までは遠いので、さすがに今の私が歩いて行くのはちょっと無理だと判断した。城門の外に馬車が用意されていて、そこまでは徒歩なのだ。

 王族や高位の役職のお貴族様ならまだしも、平民の私では馬車に乗ったまま城門を通るわけにはいかないから。

 城門までは所長さん、ご隠居様、オルトさん、ハルスさんが一緒についてきてくれた。


 私は体がなかなか回復しないので、田舎でのんびり療養する……ということにされた(・・・)

 自然が豊かな、人もまばらなところで、何の気兼ねもなく体の回復に努められるように……という、もっともらしい理由を口実にして。

 私が女に変化してしまったことは国王様、所長さん、ご隠居様、それと王妃様のお付きの人たちくらいしか知らない。

 研究所のみんなは、私がどっちつかずのままだと疑いもなく信じていて、みんな、私が元気になったら研究所に戻ってくると思っている。


 しかし私はただの自然豊かな田舎ではなく、自分の実家に帰ってしばらく過ごすことになっていた。

 そして、体が回復したら王城には戻らないで、王都近くの街に屋敷を用意してもらい、通話器の量産に携わることになっている。部品の下請けを発注する工房も既に決めて伝えてある。

 研究所にはもう戻らないし、みんなにももう会えない。記念写真だけが思い出の(よすが)だ。




 国王様と王妃様は、私が実家に帰るにあたって、王族がお忍びで使う馬車を用意してくださった。宿屋なども手配してくださり、テレサ先輩を実家に着くまでの介助要員としてつけてくださった。その他に御者という名の護衛騎士様まで……。

 馬車に宿屋にテレサ先輩に護衛の騎士様……。そこまでしていただくわけには、と遠慮したのだけど、国王様と王妃様から「私たちの子を助けてくれたのだから、せめてこれくらいはさせて欲しい」と言われてしまっては、断るに断れなかった。




 研究所を出る前の晩、オルトさんが私の部屋に来て、「メランがいないと寂しいから、早く元気になって戻ってきてね」と言った。

 私は涙をこらえて、はい、と返事するのが精一杯だった。


 この人はどっちつかずで、これから長い時を生きる。

 私は女に変化してしまって、これからは普通の人と同じ寿命を生きる。

 身分だって全然違うし、一緒にいていい人じゃない。


 知らないうちに私はとても情けない顔をしていたようで、オルトさんが私をぎゅーっと抱きしめてきたので、私も抱きしめ返した。

 女の子同士が別れを惜しんでハグし合っているかのような、そんな感じ。


「待ってるからね。メランは私の大切な恩人で、一番の友人なんだからね……」

「……はい」


 私だけがこの人を「特別」だと思っているのだ。

 でも、この人は私をただ「恩人」だと思っていて、友人の中で一番仲が良いヤツだと思っている。……それだけでも御の字じゃないか。

 きっと私はこの人に恋をしているのだと思うけれど、それは一方通行で。

 この人は男でも女でもないどっちつかずだから、恋なんて成立するはずもなくて、最初から失恋確定。

 だから、オルトさんに抱きしめられながら、私は心の中でそっと呟いた。


 さようなら、と。




 ☆ ☆ ☆




 馬車の旅は快適だった。

 平民が使う乗合馬車とは違って、王族が使う馬車は揺れが少ないのだ。

 私が「さすがに平民が使う乗合馬車とは違いますね」と言ったら、テレサ先輩から「乗合馬車は街中だけ、駅馬車が街と街の間を走る馬車だよ」と一応訂正された。

 ……ずーっと、どっちも乗合馬車だと思ってたよ! 恥ずかしい~。


 それはさておき、宿屋も王族御用達の立派なところが手配されていて、私はいくらだか分からない調度品に囲まれて緊張してしまい、夜はなかなか寝付けなくて、結局、馬車の中で眠るという昼夜逆転の生活に陥っていた。


「メランは小心者なのかしらね? 第8子殿下には、あんなに強気だったのに」


 テレサ先輩はそう言って笑った。


 確かに、王城を出発するとき、オルトさんに


「私がいなくても、ちゃんと食事係をするんですよ。じゃないと軽蔑しますからね!」


と言ったのは私だ。……でないと、また野菜スープを大量に作って、研究所のみんなに強引に毎食毎食野菜スープを食べさせるという暴挙に出そうで心配だったんだもの。


 オルトさんはああ見えて真面目だから、私の言いつけは守ってくれると思う。

 きっと、たぶん……。




 ☆ ☆ ☆




 実家へ帰ると、家族みんなが最初は驚いて、その後は喜んで私を迎え入れてくれた。

 ちなみに実家がある街は「メタクボルア」と言って、王都からだと東北東に位置している。

 私の部屋はあの頃のまま、まだ残っていた。


「ちょっと遅めに女に変わったから、体が急いで変化したみたいで、まだ体が上手く動かないようです」


 テレサ先輩がそう説明して、私を部屋に運んで、ベッドに座らせてくれた。


「まぁまぁ、この子ったら。しばらく便りがないと思ってたら、大変だったんだねえ」


 祖母ちゃんは私の頭をなでて、涙をにじませながら微笑んだ。


「さっそく名前を考えないとな」


 父さんは複雑そうな顔で呟いた。

 家の仕事を手伝っている兄さんは、伴侶や子ども達と家の敷地内にある離れに住んでいて、すぐに自分の家族達を連れてきて私に紹介してくれた。


「ほーら、この人がもう1人の叔母ちゃんだよ~」


 兄夫婦のとこの下の子は人見知りをする時期らしく、最初は恥ずかしがっていたけれど、兄さんや父さんと同じ黒髪・黒目の私に早くも慣れてしまった。お嫁さんが「この子が馴染むのがこんなに早いのは珍しいわ~」と驚いていた。


 ちなみに、この世界にはまだ性別が決まっていない「おじおば」に当たる言葉や「甥姪」に当たる言葉があるけど、ここでは語らない。とりあえず「親の兄弟」とか「兄弟の子ども」で事足りるし、性別が決まれば普通に伯父(親の兄)・叔父(親の弟)、伯母(親の姉)・叔母(親の妹)や甥姪だし、とりあえず不便はないと思うから。


 そうしているうちに連絡が届いたのか、近所に嫁いだ姉さんも訪ねてきて、私の顔を見て喜んでくれた。

 弟は夕方に帰ってきて、私の顔を見てビックリした後、ぶっきらぼうに「お帰り」と言った。ふて腐れた風の顔に「照れくさい」って書いてある。

 母さんはテレサ先輩が旅の道中で私の介助をしてくれたことを、護衛騎士様には御者をしてくれたことを労い、今夜は泊まっていって下さいと2人に話していた。


 その晩はご馳走で、私の好物が並んだ。私は伝い歩きで2階から1階の食堂まで下り、少しは歩けるところを見せて家族を少しだけ安心させることができた。

 晩餐は、兄や姉の伴侶や子どもたちもいて、護衛騎士様やテレサ先輩を含めて大人数で賑やかだった。

 テレサ先輩と護衛騎士様は、慣れない東の国の料理に舌鼓を打ったり、箸を普通に使っている私たち家族に驚いたりしていた。


 翌日、私の家族みんなに見送られて、テレサ先輩と護衛騎士様は王都へと帰っていった。




 私の名前は「フィリス」に決まった。

 父さんに、どうしてその名前にしたのかと問うと「近所にいない名前だったから」という返事が返ってきた。思わず脱力しちゃいましたよ、私は。

 可愛い感じがして良い名前だとは思うけど、そういう理由はどうかと思うわ~!




 冬至祭が近づき、私は家の中くらいの範囲なら伝い歩きをしなくても良いくらいには回復していた。

 月のものも来て、少し物足りないけど体も出るところは出てはきたし、女らしくなったと言われるようになった。


 秋の夜長、最近は祖母ちゃんと編み物をしている。

 編み物をしながら、祖母ちゃんの昔話を聞くのが楽しい。

 祖母ちゃんと、私が生まれる前に亡くなった祖父ちゃんは、東の国から駆け落ちしてきたんだ~とか、父さんは母さんといとこ同士で昔から仲が良かったんだ~とか。

 祖父ちゃんはこの国の出身だけど、もう少し遠いところに実家があったらしい。ひい祖父ちゃんが商売の仕入れで東の国に行ったときにくっついて行って、祖母ちゃんと出会ったそうだ。その後、毎年の仕入れに祖父ちゃんがくっついて行って、祖母ちゃんとだんだん仲良くなって2人とも一緒になりたいと思ったんだけど、祖母ちゃんの家族に反対されたから駆け落ちしたんだって。

 そんなこんなで祖父ちゃんの実家とも疎遠になっていたんだけど、ひい祖父ちゃんが亡くなる直前に父さんや父さんの兄弟の顔を見せにひい祖父ちゃんのところへ行って、最終的に孫かわいさに許してもらったらしい。で、そのときに父さんと母さんが出会って……と話は続く。


 私は話を聞きながら、研究所のみんなに靴下を編んでいた。

 最初はマフラーにしようかと思ったのだけど、外に出かける人が少ないから意味がないと思い直し、次に膝掛けにしようかと思ったけど、編む面積が広くて時間がかかるな……と考えて、最終的に靴下になった。

 靴下なら外に出かけない人も、足もとが温まるから使ってくれるかもしれないし。

 ただ、踵のところの引き返し編みが難しくて、慣れるのに時間がかかったし、祖母ちゃんにも何足か手伝ってもらってしまった。けど、なんとか25人分の靴下が編み上がった。

 一つ一つラッピングして、足の回復はもう少しかかりそうだけど、上半身は元気だから編み物をしてみた! というようなメッセージカードをつけて、冬至祭に間に合うように研究所へ送った。……女になったことは内緒だから、トリ・ヒューレーの名前で。

 一応、私が編んだものと祖母ちゃんが編んだものは包みの色を変えて箱に詰め、そういうことも含めて、所長さんには「もし私を思い出させるような品を所員に配って問題があると判断した場合は、孤児院にでも提供して下さい」と一筆(したた)めた。




 その後は音沙汰がないので、靴下が配られたかどうかは分からないけれど、みんなが元気ならそれでいいや……と思って過ごしている。


 たまにあの記念写真を引き出しの奥から出して眺めては、つい目がいってしまいそうになる人を見ないようにして、普段はフードの奥にあるアントスさんの顔とか、下半身が派手なソールさんの顔とか、その他見慣れない顔を見ては、これはあの人だな~って懐かしんでいる。




 あ、そうそう。お世話になったお医者様は、故郷近くの診療所に空きができたとかで既に引っ越した後だった。お礼が言いたかったのに、残念!

 代わりにうちの街の診療所には新しいお医者様が来ていた。




 少しずつ、少しずつ、雨だれが岩を穿つように私は歩けるようになり、春になる頃には近くのお店まで普通に買い物に出かけられるようになった。

 ただ身長は女性の平均よりは少し高くなってしまって、ちょっと悩みの種だったりする。弟が身長のことで何かと突っかかってくるのが鬱陶しい。うん、帰ってきた当初は弟より低かったのに、今は弟を追い越しちゃったからね。


 閑話休題。


 それで、体もだいぶ回復したし、そろそろ時期かと思い、国王様……では(まず)いだろうから、王城内のテレサ先輩宛に手紙を書いた。まず「その節はお世話になりました。感謝しています」と書いてから、後半はテレサ先輩から王妃様へ「私は元気になったので安心して下さい、感謝しています」と伝えて下さるようにお願いした。


 きっと王妃様から国王様に伝わって、迎えが来るだろう。

 それから王都近くの街で通話器の量産に携わって、きっと通話器の改良もして。魔石の魔力補充なんかもして、給金をもらって。

 私はそこで死ぬまで暮らすだろう。

 伴侶は要らない。1人で生きていく覚悟もできた。

 ……あの人でなければ、一緒に生きていける気がしないから。




 4月のある日、王城から迎えの馬車がきた。

 迎えに来たのはニクス様で、けっこう驚いた。

 そういえば、国王様とその腹心だけが私と連絡を取れるようにするという話だったな……と思い出す。


 ニクス様を見て何事!? と驚く家族には、私が魔道具研究所にいた頃に開発した魔道具が国王様の目にとまり、それで迎えが来たのだと説明した。

 ニクス様も国王様の印璽入りの手紙を持ってきていて、父さんは腰を抜かすほど驚いていた。


 母さんと祖母ちゃんは殆ど動じず、ニクス様と御者さんをもてなし、今夜は泊まっていって下さいと長旅を労っていた。


 私の出発の準備もあって、ニクス様達にはもう一晩だけ我が家に泊まっていただいた。

 私は大急ぎで荷物をまとめ、自分の部屋の整理をした。あの写真も忘れない。


 出発する前の晩、王都のお貴族様達の中には「どっちつかずのヒューレー」を印象的に記憶している者がいるので、家名だけでも偽名を使って欲しいことと、私の髪と目の色は目立つので、できればどちらかだけでも変えて欲しいとお願いされた。

 王都ではなく、王都近くの街に屋敷を用意するから何も起こらないとは思うが、念のため……ということだった。

 確かに黒は珍しいから、王都近くの街で暮らすのであれば目立たない方が良いだろう。王城の食堂にはたまに出入りしてたから、黒髪のヒューレーは印象的だったかもしれない。

 母さんの昔の家名は父さんといとこ同士だけあって「ヒューレー」なので、祖母ちゃんの昔の家名を借りることにした。「モリカワ」という家名だけれど、昔駆け落ちするときに捨てた名だからそのままで使わないで欲しいと言われたので「モーリー」と名乗ることにする。

 それから、髪は栗色に染めることにしたけれど、髪を染めるのは1つめの宿に入ってからでも構わないと言われた。




 翌日、私はニクス様と一緒に馬車に乗り、実家から旅立った。


 昔のあの日と同じ、朝早く、人の往来が少ない時間帯。

 私はやっぱり、馬車の窓から家族の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振りつづけた。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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