35.誤魔化し
王妃様達と一緒にお風呂に入ったの日の夕方、国王様と所長さん、ご隠居様が現れて、私のこれからの処遇について話があった。
きっと王妃様から私の体がちゃんと女になっていたと報告が行ったのだろう。
「とりあえず、研究所のみなさんには貴方が田舎で療養することになったと説明して、研究所は出てもらうことになりました」
「一応、女性だからね。ここに寝泊まりするのも少し問題があるだろう」
「何か間違い……ということはあり得ませんが、私たちどっちつかずには心をかき乱される存在になるかもしれませんから」
「……はい」
そうですよね。私だって、自分より年下のテトラが「弟」になったときは、酷い便秘になるほどストレスがたまったもの。
「一旦、家族のところに帰って、ちゃんと名前をもらいなさい。もうどっちつかずではないのだから」
それにご家族もお祝いしたいだろう……と国王様は微笑んだ。
「私としては、体がすっかり元気になったら、王都の近くの街に引っ越して来て欲しいんだがね。キミが開発したあの『通話器』を王城の各部署に配置したいと思ってるから、『通話器』の量産に携わってもらいたい。それとアドバイスなんかももらえると助かるな。もちろん屋敷は用意する。あと、ついでに魔石の再生もしてもらえれば言うことはないが……。そういったことで貢献してもらえるなら、充分に給金も出せると思うよ」
何故王城に戻らないかと言えば、私は珍しい黒髪で、どっちつかずの研究所員だったということは既に王城のみんなが知っている。お貴族様から見ると、ちゃんと女になったとは言え、どっちつかずの印象が強い平民の私なんてトラブルの元でしかない。
それに研究所のみんなにとっても、どっちつかずでなくなった私はストレスの元になってしまうかもしれない。
それなら、人知れず王都の近くの街にいてもらって、国王様とその腹心だけが接触できるような形にした方が問題も少なく、私も平穏無事に過ごせるだろうという判断だった。
そう言われてしまえば、私に否やのあろうはずがない。
「分かりました……」
研究所を出る──それは居心地のいい居場所がなくなるということで。でも、仕方のないことだった。
「研究所を出るにしても、貴方の体がもう少し動かないと馬車での旅は大変でしょうから、1ヶ月はここで体を動かすトレーニングなどをして、準備してください」
所長さんがそう言って、期限が決められた。
ほんの少しだけ延ばされた期限に、今のうちにできることをしようと思った。
その夜、寝ている間に髪の毛が絡まないよう髪の毛を2つに分けて三つ編みしていると、オルトさんが私の部屋に顔を出した。
腕の筋肉も落ちてしまったようで、腕を持ち上げて髪を2つに分けるのも一苦労だ。
「今日、母上のところでどうだった?」
「着せ替え人形になっちゃいました~」
「あー、やっぱり。メランは黒髪だから珍しがられたんじゃないかと思ってた。……ごめんね」
オルトさんは予想していたらしく、眉根を寄せて謝ってきた。
「いえ、そんなに大変じゃなかったし、大丈夫です」
私が苦笑していると、オルトさんが「本当に?」と伺うように近寄ってきて、鼻をヒクヒクさせる。
「……メランから何か良い匂いがする」
「え? あぁ、香油をすり込まれたので、その匂いかも……」
自分でもクンクンと袖口などの匂いを嗅いで、思い当たったのは香油だった。
「甘い匂い……。◇※◎……」
オルトさんが何か言ったけど、私は自分の匂いを嗅ぐのに忙しく、聞き逃してしまった。
何を言われたのか分からなくて首を傾げると、オルトさんが口元を手で隠し、真っ赤な顔になってそそくさと出て行く。
「メラン、おやすみ~」
「はい、おやすみなさい」
ドアのところで振り返って挨拶してくれたけど、なんだか慌てていて、変なオルトさんだった。
それから毎日、トレーニングとして午前中は廊下を壁を伝いながら往復して、階段も踊り場まで下りたり上ったりを休み休み繰り返している。1階まで下りると、上るのが大変で……。
午前中のそれだけで疲れてしまって、午後は魔石の魔力補充をしながらお昼寝することが多くなった。
まだ前のようには歩けないけど、自分では少しは良くなった気がしていた……のに、周りから見るとそうではないようで、ハルスさんが階段の上り下りをする魔道具の試作品を設置してくれた。
あー、ハルスさん、それを使っちゃうとトレーニングにならないけど、気持ちはうれしいです。
ハルスさんが開発したその魔道具は、風の魔法陣で風車を回し、その回転を歯車に伝えて動くようになっていた。階段の手すりに沿って堅い木でできた凸凹の木枠が設置され、その凸凹と歯車がかみ合って階段を上り下りするようになっているそうだ。上ったり下りたりはレバーで回転を反転させるんだって。
乗るところは椅子になっていて、立ち上がりやすいのが良い。
ハルスさんの魔道具は、私の体の様子を見に来たお医者様の目にとまり、病院に設置して欲しい! と頼み込まれていた。病人を運ぶのに良さそうなんだとか。
あ、小さい頃にお世話になったお医者様は、私の体の回復が遅い原因を突き止めたら、すぐに帰って行ってしまった。
今来てくださっているのは、王城の医務室勤務の方らしい。
自分では少しはマシになったように思うのだけど、それにしても、もう少し体が動かないことには実家に帰る5日間の馬車旅もキツいだろう……というご隠居様の判断で、体の状態を見ながらストレッチのようなものや筋トレ的なものを行うことになった。
ご隠居様と話をしていて、ふと思いついたことがあったので、あることをお願いした。
「本当にそんなことができるか分からないけど、お願いはしてみます」
確かに無茶なお願いかな、とは思ったので、そう言って下さっただけで御の字だった。
それでも、期待しないで待っていなさい、とご隠居様は微笑んだ。
☆ ☆ ☆
さて、私のストレッチや筋トレに付き合ってくれるのは、王妃様付きになる予定の女性騎士の見習いさん。護衛対象のプライベートを漏らさないことが重要な試験代わりになるからと、強引に担当を決められたらしい。
……確かに、私が女に変化したというのは、今のところ極秘事項扱いらしいからね。
彼女の名前はテレサ・シルワ様と言って、魔術学校では私の2学年上の人。下級貴族の方だった。
「シルワ様」と呼んだら、「堅苦しいのは苦手だから、テレサと呼んで欲しい」と言われたので「テレサ先輩」と呼ぶことにした。
テレサ先輩は魔術学校で私を見たことがあって、黒目・黒髪は珍しいなって覚えてたんだって!
そういうテレサ先輩は茶色の髪に灰色の目で色合いは平凡なものの、均整のとれた筋肉質な体が猫科の肉食獣を思わせるような雰囲気の人。
さすがに研究所でストレッチとかしてる場合ではないので、テレサ先輩が私をお姫様抱っこして、女性騎士専用の鍛錬場へ連れて行ってくれた。
心配性のオルトさんにも、私の体がなかなか思うように動かないので、女性騎士さんの鍛錬場で体をほぐす運動をするのだと言って、納得してもらっている。どうして男性騎士さんの鍛錬場でないのかは、ただ単に体力が違いすぎるからだと言っておいた。
その鍛錬場は衛兵さん達の詰め所からも近くて、なんとなく見覚えのある場所だった。
最初の頃、お姫様抱っこされたときに「重くないですか?」とテレサ先輩に聞いたら「メランは体も小さくて細いし、軽いから大丈夫」と返された。
むしろ、もう少し太って私の筋トレに貢献してよって言われちゃいました。
どっちつかずは成長が止まるというか、遅くなるようで、小柄な人が多いからな~。私もこれからは大きくなっちゃうんだろうか……?
鍛錬場は時間帯によって人が多いときもあれば少ないときもあるそうで、テレサ先輩は人が少ない午前中の早い時間を狙って私を連れ出してくれた。気遣いがありがたい。
鍛錬場では、寝返りを打つように体を横に転がす運動から始めて、寝転がって足を上げ下げする運動とか、リンパの流れを良くする運動などのほか、踏み台昇降で足の筋肉を鍛えたり、軽いダンベルで腕の筋肉を鍛えたりした。
数日後、テレサ先輩から王妃様からだという紙包みを渡された。
「胸当てだって。そろそろ必要でしょう?」
テレサ先輩の言葉にコクコクと頷く。所謂「ブラジャー」だ。
「あと、頼まれてたコットンフランネル」
「ありがとうございます!」
この前、街に出かける用事があると言っていたので、ついでと言っては心苦しいのだけど、お願いしておいたのだ。
袋の中には白い厚手の生地。
「それ、何に使うの?」
「月のもののときに使えるように、布でナプキンを作ろうと思って……」
「そんなの作れるの?」
前世、ちょっと興味があって、布ナプキンを作ったことがあるのだ。いや、ちょっとお肌がかぶれやすくてね、蒸れるのがダメだったのよ~。
街のお店でもナプキンは売ってるけど自分ではまだ買いに出かけられないし、布地を買ってきてもらった方がいいかなって思ったからお願いしたの。
「完成したらお見せしますね」
そう言ったら、テレサ先輩は「楽しみにしてる」と笑った。
それにしても、これはオルトさんに見つからない時間帯に、こっそり作りためなくては……!
見つかったら最後、好奇心の塊で知りたがりのオルトさんだもの、追求が厳しい気がする。
そんなことを思ってたら、胸当ての入った包みの方をしまい忘れていて、オルトさんに見つかった。
「これは何に使うもの……?」
前世で言うところのスポーツブラ的なタンクトップの丈の短いようなものを手に持って、私に掲げてみせるオルトさん。
「あ、それは、肋骨をおさえておくベルトのようなものです」
「肋骨……?」
「あばら骨は、軟骨という軟らかい骨でできてるんです」
「軟らかい骨?」
「ほら、呼吸すると胸が上下するでしょう?」
息を吸ったり吐いたりして、オルトさんは肋骨の動きを確かめている。
「本当だ。硬い骨なら、こんなに動かないよね?」
「そうなんです。それで怪我したときは何ともなくても、脆くなったところに後から咳やくしゃみをしたときの衝撃でヒビが入ったりして、痛むことがあるんですって」
「……そんなことが?」
「そうなんです。肋骨って、腕や足と違って固定することができないので、せめてベルトのようなものでおさえておくしかないんですって」
「……メラン、あばらが痛むの?」
「普通にしてると何ともないんですけどね~。咳やくしゃみは衝撃がキツいですよね」
「……早く良くなってね」
涙目になったオルトさんの表情に罪悪感でいっぱいになりながらも、前世で経験した肋骨のヒビの話をして、なんとか乗り切った!
あー、危なかった……。上手く誤魔化せてよかった~。
少しは体力が戻ったのか、お昼寝をしなくても大丈夫になってきたので、午前中に鍛錬場から戻ってくると、その後は研究所の1階で過ごすようになった。
作業場の隅っこで、誰かの修理を手伝って単純に魔法陣を書くだけの作業をして、魔石に魔力補充をしている。
お昼ご飯はみんなと一緒に食べ、午後はまた作業をする。
夕方にはオルトさんとハルスさんと一緒に食事の準備をさせてもらえるようになった。背の高い椅子に座って、その体勢でできる作業だけって約束だけど。
そうそう、私がいない間にハルスさんが食事準備を手伝うようになっていたらしい。ハルスさんは野菜の皮むきがだいぶ上達していた。オルトさんの無茶ぶりが目に浮かぶよう。
「ハルスさん、ごめんなさい。ありがとうございます」
「ううん、大丈夫。メランが気にすることじゃないから」
私がいる間に、できるだけオルトさんが作れるメニューのレパートリーを増やしておこうと思って、ピラフの作り方、それを応用してカレーピラフ、それからカレーピラフのオムライス、炊き込みご飯、鶏胸肉のチリソース、なんちゃって麻婆豆腐、豆腐ステーキのキノコソースがけ、ジャガイモとニンジンのきんぴら、おから炒め、おからサラダ、肉まんなんかを伝授した。
やっぱり新作料理にはテンションが上がるみたいで、オルトさんがはしゃぎ気味で大変だったけど。
「いや、あれ、メランがいるだけでテンションが高いと思うよ……」
ハルスさんがそう呟いてたけど、そうかな???
確かにちょっぴりはしゃいでる感じはあるけど、新作に興奮しているだけだと思うよ~。
☆ ☆ ☆
さて、布ナプキンは順調に数を増やしている。
今のところ、下着に固定するカバーのようなものが2枚。カバーに付けるパッドのようなものが6枚。
カバーは菱形の角を丸めたような形で、下着のクロッチ部分をくるんでホックで留めるようになっており、パッドを挟んで固定する横紐を2カ所につけてある。パッドは細長い楕円形だ。
今使ってる下着はどっちつかず用って言うか、お子様用のブリーフみたいな感じだから、このカバーはこの下着のままでも使えると思う。女の子になったんだから、本当は可愛いショーツみたいなのにしたいんだけど、買い物に出られる体じゃないし、仕方ないよね~と諦めている。
カバーもパッドも同じ形の布を2枚合わせて、外側をブランケットステッチで縫っただけのもの。これをオルトさんや他の所員さんが来ない、寝る前のちょっとした時間帯にこっそりと縫っていくのだから、なかなか進まなくて大変だった。
布ナプキンは使い捨てではなく、洗って繰り返し使うタイプの物だから、洗い替えをもう少し作りたいなぁ~。多い日は2~3枚重ねたいしね。
まだ数は揃わないけど、とりあえずテレサ先輩にできたものをお見せした。
「へぇ~! 器用なんだね!」
昔、祖母に少しだけ縫い方を教わったことがあるのだと言うと、「ナプキンなんて実用的なお祖母ちゃんだね! 男になったらどうするつもりだったんだろ!」と笑われた。
前世の記憶で作ったなんて言えないから、「私の上の兄弟が『女』になったときに、少しお手伝いしただけなんですよ」って誤魔化しておいた。
トレーニングは順調とも何とも言いがたいところはあった。今日は調子がいいなと思えば、次の日は絶不調という日もあって、進展しているのかどうか、自分では分からないところがあるからだ。
一応、目標としては、宿に泊まったときも階段の上り下りはあるだろうから、1階から2階まで普通に階段を上り下りできたら筋トレは充分だろうってことになった。
それがなかなか難しい。
何故こんなに体が思うようにならないのか……。
もどかしい思いを抱えつつ、そろそろ所長さんの言った約束の1ヶ月が来る。
もうすぐ、研究所の人たちともお別れ。
しっかり覚えておこう。
みんなの笑顔も、声も、姿も……。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




