34.再会
大きな怪我をしたことによる発熱だけでなく、体を急激に造り替える為の高熱でもあったのか、私の体はなかなか回復が遅かった。
最初は高熱を出したことで関節が痛いんだと思っていたのだけど、何か違ったらしい。
この数日で腰骨がどうにかなってしまったらしく、股関節の辺りに違和感があって、なかなか長い距離を歩けるようにならない。階段の上り下りも、まだ休み休みなくらいなのだ。
もしかしたら、普通の人が何ヶ月とか年単位で時間をかけて「女の体」に変化するのを、私の体は数日で急激に行ってしまったのではないだろうか……。
体を早く治して、ここから出て行かなきゃならないのに……と気ばかりが焦る。
研究所のみんなが私の様子を代わる代わる見に来てくれるのだけど、一番頻繁なのは私を「命の恩人」と思っているオルトさん。
朝起きて顔を出し、私の髪を整えてくれて、朝食の準備に行く。
朝食を持ってきてくれて、仕事に行く。
午前中のお茶の時間に現れて、仕事に行く。
昼食を持ってきてくれて、仕事に行く。
午後のお茶休憩に現れて、仕事に行く。
夕食を持ってきてくれて、厨房の片付けと朝食の下ごしらえに行く。
夜寝る前に顔を出す。
そんなに見に来なくても大丈夫ですよって言うんだけど、あれこれ世話を焼きたいようで、不器用ながらもかいがいしく面倒を見てくれる。
オルトさんの顔を見られるのはうれしいけれど、もうすぐお別れしなきゃと思うと涙が零れそうになって、誤魔化すのが大変だった。もう、オルトさんの前でそういうことは考えないようにしないとダメだなぁって思った。
☆ ☆ ☆
そんなこんなで、あの怪我をして2週間ほど経った頃だろうか。
ある日、「お父様」が現れて、懐かしい人を連れてきたという。
「ゆっくり診てもらいなさい」
診てもらうってことはお医者様???
私が疑問符を頭に浮かべている間に「お父様」は出て行った。入れ替わりに男の人が入ってくる。
「久しぶりだね」
そう言ったのは、私を小さい頃に診て下さったあのお医者様。名前は忘れちゃったけど、顔はよく覚えてる。
「あ! あのときはお世話になりました!」
私はベッドの上に起き上がった状態でお辞儀をする。
相手は、大きすぎる魔力に翻弄されていた小さかった私を救って下さった、あのお医者様。
王都へ行く馬車の中で読むようにって私にくださった本、本当に役に立ちました。
「なんだか、国王陛下に呼ばれてしまってね」
「え!? 国王様に呼ばれるなんて、すごく出世したんですね!」
ビックリした私に、お医者様は苦笑する。
「いやいや、そうじゃないんだよ。キミを診るために呼ばれたんだ」
へ? 私のために国王様が??? なんで?
「キミ、第8子殿下を助けたんでしょう? そんな人の体の回復が遅いから、小さい頃からキミを知っている医者なら、何か原因が分かるんじゃないかって期待されてるみたいでさ」
はぁっ!? 第8子殿下って、誰?
頭の中が疑問符で埋め尽くされる私に、お医者様──ランディス・トニトルス様と言うそうです──が爆弾発言をかましてくる。
「国王陛下の第8子、末っ子のオクタ殿下。この研究所にいるでしょ?」
「第8子」って、え? そんな人、ここにいた? ……あ、「オクタ・ヴノ」──嘘っ!?
「でも、『ヴノ』って……」
確か、王族の家名は「オロス」だ。「ヴノ」じゃない。
「あぁ、そうか。貴族の間では常識なんだけど、平民は知らない人が多いかもね。……『ヴノ』と言うのは、王位継承権を放棄した王族が名乗る家名なんだよ」
「えぇっ!? じゃあ、オルトさんは王族なんですか?」
「うん、そうだ。ちなみに、研究所の最長老であらせられる『ご隠居様』は、数代前の国王陛下のご兄弟だよ」
……詳しく言うと、ご隠居様は現在の国王陛下の「高祖父」様のご兄弟らしく、いまは百二十うん歳であらせられるそうだ。ぼかしたのはご本人が恥ずかしがっているので……ということだけど、百二十ってだけで充分すごすぎるし、そこの何歳かをぼかす意味が分からない。
「あれ? 知らなかった? ……じゃあ、オルトが王族だってことはキミには秘密だったのかな。大概の貴族は知ってることだから、誰かから聞いてると思ってた」
えーっと、そうするとですよ? 私、王族であらせられる第8子殿下にお世話をされてたんですか!?
なんて恐れ多いこと……!!!
顔色を悪くする私に、お医者様はにっこり笑って、
「気にしなくていいよ。『ヴノ』になったからには王族とは言えない、ただの一貴族なんだから。それに、この研究所に入ったからには身分の差はない。研究所の人たちだって、みんなそういう風に接していたはずだ。……そうでしょ?」
いやいやいや! でも、私は平民ですし。相手は元王族ですよ!? 身分が違いすぎますがな!
ましてや、オルトさんが国王様の子どもだったなんて、知らないにもほどがある。
しかも、あの「お父様」が国王様ですって!? あんなに気軽に、ほいほい研究所にご飯を食べに来てた人が???
……あぁ、それで「お父様」が来る度に、研究所のみなさんは緊張してたんですか。
そしたら「護衛騎士様」って思ってたけど、ニクス様は「近衛騎士様」だったんだね……。王族の護衛なんだもん。
「護衛騎士」は上級貴族の護衛なので、微妙に区別されるところ。
王城の食堂でカレーライスが出たのも、「お父様」が国王様に教えたんじゃなくて「お父様」が国王様だったんだから当然と言えば当然だったんだなぁ……。
あー、その国王様の子どもがオルトさん。
マルさんが「お兄様は高貴な方」とか言ってたのも頷ける。てか、マルさんだって国王様の妹さん──元王女殿下──の子どもなワケで、充分に高貴な方だわね。
そりゃ、誰だってオルトさんに掃除も洗濯もさせないはずだよ。……私はしっかりやらせたけど。
なんてことだ。私は仮にも王族になんてことを……!
身分違いも甚だしい、平民の分際で!!
もう、オルトさんと離れたくないとか、言ってる場合じゃないんじゃない?
それに「命の恩人」だからって、オルトさんが私に負い目を感じてると言うなら、もう充分。あんなにかいがいしく私の面倒を見てくれたんだもの、恩は充分に返してもらったと言えるし、言っていい。
「……先生、私、ここを出たいです。こっそり、誰にも知られないように、私を実家に連れて行ってくれませんか?」
「何故? キミは胸を張ってここにいていい。体を張って第8子殿下を助けた恩人なんだから」
それでも、私があまりにも思い詰めた様子だったらしい。
「理由を聞いても……?」
理由を聞かれて、私は詰まった。
でも、この先生になら、言っても大丈夫かな……? 小さい頃、親身になってくれた先生だから。
私は意を決して話し出す。
「私、女に変化してしまったようなんです。魔力は幸いまだ無属性のままなので、誰にも知られていませんが、どっちつかずでなくなった今、もうここにはいられません」
「……え? 女性に変化したのに、無属性のまま? 変化したのは、いつ?」
怪我をして高熱を出してから変化したのだと思う……ということを話す。魔力が無属性だというのは、実際にお医者様の目の前で魔石に魔力を入れて見せ、無色透明だということを示した。
骨格が急激に変わってしまったので、それでなかなか普通に歩けるようにならないんじゃないかって推測も話して、一応、体を診てもらった。
「あぁ、確かに女性の体になっているようだね……」
寝間着はそのままに、私の関節などを動かしてみたり、骨盤の様子を触診で確かめてたりしていたお医者様が呟いた。
どうやら急激に骨格が変化したために、筋肉が変化に追いつけずに伸びきってしまっているのか、収縮する力が弱まっているのだという。特に腰回りが酷いらしく、それで歩くのにも難儀しているのだろうとのこと。
あー、女の骨盤だもんね~。急激に変化したらそうなるよね~。……と納得する私。
それに、高熱で寝込んだことも影響しているのだろうと言われた。
「しかし、誰にも知られずに、というのは無理だな。せめて国王陛下とここの所長さんとご隠居様くらいには話を通さないと。私が誘拐犯にされてしまう」
言われてみれば、お医者様が誘拐犯と思われても仕方ないようなことを私は頼んでいたんだ……と申し訳なくなる。
「その人達に話しても……?」
「……はい」
少し迷ったけれど、もう研究所にいられないのなら、きちんと話を通すべきだろうと思って頷いた。
☆ ☆ ☆
「貴方、女性になってしまったんですって?」
えっと、いま何故か「お母様」改め王妃様が私の部屋にいらっしゃるんですが、何がどうしてこうなった!?
「え、あ、はい」
「あの人から、ちゃんと体を見てこいって言われちゃったの。女同士なら問題ないわね?」
はぁっ!? 「あの人」って誰ですか? え? 「お父様」改め国王様ですって?
「えーっと、ここで脱げばいいんでしょうか?」
「そうね、貴方だけ裸になるというのも何だから、一緒にお風呂にでも入りましょうか!」
そう言われて、私は王城の中にある王妃様の私室に拉致られることになった。
女性の騎士様に「お姫様抱っこ」されて、顔を見られないようにショールを頭からすっぽり被せられたけど、恥ずかしいことこの上ありませんって!
「母上! メランを何処へ連れて行くのですか!?」
研究所を出ようとしたところをオルトさんが見咎めた。
「あぁ、オルト。心配しないでちょうだい。貴方の命の恩人をもてなすために、私のお部屋に連れて行くだけだから」
「でも、メランはまだ体が本調子ではないのです!」
「オルト、母が信用できないと言うのですか?」
王妃様の言葉に、オルトさんは口を噤む。
「帰りはちゃんと送ってくるから大丈夫よ。貴方の恩人ですもの、丁重に扱いますとも。安心して待っていなさい」
「メラン、体が辛くなったら、無理しないですぐ母上に言うんだよ」
「……はい」
大丈夫。王妃様と一緒にお風呂に入るだけだから。オルトさんには言わないけどね……遠い目。
「随分、あの子に懐かれたのね」
「……懐かれているんでしょうか?」
王城へと移動しながら王妃様に話しかけられる。
前にも似たようなことを誰かに言われた気がする……ハルスさんだったかな。
「あんなに他人を気遣うあの子なんて、初めて見たわ」
小さく微笑んで、王妃様は前を向く。
「ご隠居様が言うには、貴方のおかげであの子は拗くれないで済んだのですって」
そう言われても、意味がよく分からない。何が私のおかげなんだろう……。
考え込んでいるうちに、王城の奥宮、王族の私的な空間に入ったようだ。
上質だけれど、さり気ない装飾の設え。成金趣味のごてごてした感じではなく、本当に品のいいお部屋は、私なんかでは想像もできないような金額がかかっていそうだ。
傷でもつけたら弁償なんてできないよーと緊張感が走る。
「さぁ、こちらに広い浴場があるのよ。……誰かこの子の介助をしてあげて。あぁ、面倒だから皆で入りましょう」
研究所よりは狭いけれど、王妃様1人で入るには広すぎる浴場があった。
さすがに女性騎士様の1人は護衛のために入浴は控えられ、侍女さんも着替えなどの準備があるという人を除いて、5~6人で入浴することになった。
あー、前世の温泉の女風呂以来ですよ~、こんな感じ。
「肌のきめが細かいのね。すべすべよ~」
「ちょっとつり目で気が強そうだけど、異国の美人さんって感じね。お化粧したら、きっと映えるわ~」
侍女さん達に寄って集って裸に剥かれました。
いやいやいや! 美人って言ったらお目々ぱっちりじゃなきゃ! 私の目は細くて目力がないし、凹凸が少ない平凡な顔ですし、侍女さん達の方が美人ですよ~。
そんなことを脳内で高速思考してたら、女性騎士様がまたもや私をお姫様抱っこして、静かにお風呂に入れてくれた。
「あら、本当に女の子になりたてって感じね。初々しいわ」
先に入浴していた王妃様が、私の体を見て微笑んだ。
あぁ、はい、胸はまだ膨らみ始めなんです……。王妃様の豊満なお胸が羨ましいですわー。それに、とても8人の子を産んだとは思えない若々しさと、体型維持。是非コツを教わりたいです。
それとね、私を抱っこしてくれている女性騎士様の筋肉がすごくてね、あれよ、あのボディビルダーの感じ。あそこまで筋骨隆々って感じではないけど、ちゃんと腹筋が割れてるの! でね、私の二の腕にあたるお胸が軟らかいんだけど、適度に張りがあってプリップリでちゃんとした筋肉の上に載ってますって感じなの!
私の中のおばちゃんが「むっはー!」と興奮しております。
その後、侍女さん達によって洗い場で泡だらけにされて磨き上げられ、湯上がりには香油をすり込まれた。
あと、着せ替え人形になったり、髪の毛を結い上げられたり、お化粧されたり……。
王妃様もあれこれ口を出して、あれを着せてみて、とか、そのドレスなら髪型はこうして、とか、散々玩ばれた。お風呂に入るだけじゃなかったのか……!
最終的には東の国の民族衣装よ~と着物を着せられた。
東の国の使節団が来たときにいただいたものだそうで、ちゃんと着付けを教わったという侍女さんがいらっしゃって、本格的に着せてくれたのでビックリした。
「やっぱり、東の国風の美人さんだわねぇ~」
「本当に。東の国の人形そっくりだわ」
そう言って、侍女さんが隣の部屋から市松人形らしきものを持ってきて、私と並べて比べられた。王妃様も頷いている。
……もう、どうにでも好きにして。
ちょっとやさぐれた気持ちになってしまったよ……。
その後、充分に堪能したらしく、満足げに微笑んだ王妃様から、
「後で胸当てを届けさせるわね」
と言われた。
あー、所謂「ブラジャー」ですね、助かります。今の状態では買い物にも出かけられないし、このまま胸が膨らんでったら、寝間着とか薄着の時に分かっちゃうな~って心配してました。
オルトさんがそれを見て「メランの胸が腫れた! 悪い病気か!?」とか大騒ぎしてお医者様を呼ぶってところまで想像してしまったよ……。
元通りの服装にされてから研究所に送り届けられた私は、すっかり疲れ切ってぐったりしていた。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




