33.困惑
女に変化したかもしれない……。
でも、体が痛くて思うように動かせなくて、確かめようがない。手足をバタつかせるくらいならまだしも、体を起こせないのだ。
背中の怪我の所為で肋骨にヒビが入るかどうかして、胸まで痛いんだと思いたい。早く確かめて安心したいのに、体がちゃんと動かない。
でも、痛いのは骨とか体の内側じゃなくて、胸の先周辺だから怪我の所為とも思えない。
確かめるのが怖い。もし確かめて、本当に女に変化してたらどうしよう?
もし女になってたとして、そしたら無属性ではなくなっているだろうから、そうしたら……。
考えたくなくて、やっぱり怪我の所為で痛いんだと思いたい自分がいて。
ぐるぐるぐるぐる堂々巡りの頭で考えて、何をどうしたら良いのか分からないまま、眠ったり起きたりを繰り返し、一晩を過ごした。
ふと見れば、オルトさんが私の枕元に陣取って、椅子に座ったまま眠っている。今は明け方のようだ。
そんなところで眠って、風邪ひきますよ~と思ったけど、体が動かないから、毛布も掛けてあげられない。
仕方なく、ただただ天使様のようにキレイなオルトさんの顔を眺める。
……そういえば、食事係はどうしたんだろう?
みんな、ちゃんと食べているだろうか?
オルトさん、私が心配なのは分かるよ。でも、ちゃんと仕事して下さいよ~。
そんなことを考えながら、体が治って、もし女に変化してたら、ここから出て行かなくちゃいけないんだろうな……と未来のことに思いを馳せる。
前世の小学校高学年で経験した、あの胸の痛み。
胸が膨らんでくるときの、あれ。
私の体はたぶん、女に変化しているんだと思う。
体が上手く動かせないから、確かめようがないけれど。
どうして今ごろ。
もうこのまま、研究所のみんなと一緒にいられて、穏やかな毎日が続くんだったら、どっちつかずでも良いかなって思ってたのに……。
もう、みんなと一緒にいられないんだ。どっちつかずではないから、みんなと一緒に年を重ねることはできなくて、それどころか、まだ何の属性になったか分からないけど、無属性じゃなくなったはずだから研究所にはいられなくなるんだ……。オルトさんともお別れなんだ。
どうしてだか、オルトさんと離れなくちゃいけないと考えるのが、一番辛い。
もう一緒に年を重ねられないんだね……。イーリス古書店の店主さんとポタモスさんのように、年月がどんどん2人を引き離していくのだ。
それに、相手は上級貴族で、私は平民。身分的には雲泥の差、月とスッポン。本当に天と地ほども違いすぎる。ないない! あり得ない。
オルトさんが男になったとしても、それはないわー。
うん。怪我が治ったら、実家へ帰ろう。それが一番良い。
一緒の時を生きられないのに、近くにいるのは辛すぎる。
何の属性になったか分からないけど、実家で簡単な魔道具の修理くらいならできると思う。魔法陣を書くのは得意だからね。
ヒュドールさんの商会に頼んで、特殊顔料を融通してもらえばなんとかなるはず。
それがダメでも、実家で祖母ちゃんと家のことをして、母さんのタペストリー作りを手伝って、いくらかでも家の助けになれば、それでいいんじゃないかな?
実家は小さいけれど、布地を扱う商売をしていて、母は昔からタペストリー作りが趣味で、出来上がった品は父が布地を売るついでに売っている。
私が家事をすれば母はもっとタペストリー作りに時間がとれるし、私がタペストリー作りを手伝っても良いのだし。
もうどっちつかずじゃないんだし、弟に何の引け目もないわけだから。
そんなことをつらつらと考えていたら、いつの間にか眠っていたらしい。
目が覚めたらオルトさんがいなくて、ホッとしたと同時に、ちょっと残念にも思った。
あれ? ちょっと残念とかダメダメダメ! オルトさんはそういうんじゃないんだから!
どこかで、オルトさんと一緒にいたいと思っている私がいて、それではダメなんだと自分に言い聞かせる。
そうしているとドアが開いた音がして、誰かが部屋に入ってきた。
「メラン、おはよう。目が覚めた? 浴場で借りたタライにお湯を入れてきたから、体を拭こう」
オルトさんの声。
え? かっ、体を!? だ、誰が!? 誰が拭くのっ!?
「ん? 私がメランの体を拭くのでは不満なの?」
えぇっ!? やっぱり、オルトさんが拭くんですか、そうですか。
まだ胸は膨らんでないと思うけど、そのうち少しずつ目に見えて変化するんだろうな……。そしたら、どうしよう。
あ、どうしようも何も、もうここからいなくなるんだった。
ツンと鼻の奥が痛くなって、涙が出そうになるのを瞬きをして何とかこらえた。
「体を拭いて、寝間着も取り替えよう。あ、下着はクローゼットに入ってる?」
寝間着はお医者様から特別製のが来てるようだ。糊が効いて、ピシッと折られた寝間着がベッド横の椅子に置かれる。
しっ、下着!? 下着も替えるの!? え? それって、だ、誰が脱がして、誰が穿かせるのっ!? やっぱり、オルトさん?
だーっ! ダメダメ! 今、自分の体がどんなことになっているのかさっぱり分からないのに! 絶対お見せできません!!
「一緒にお風呂に入る仲なんだし、今更恥ずかしがることもないんじゃない?」
そう言われて、一緒にお風呂に入った光景が脳内に再現された。
ボッと顔から火が出たかと思ったよ。
やーめーてー! 言わないでー! 前の私と今の私は別物なのよ(←推測)。
そんなこんなで、私が内心ジタバタしていると、オルトさんは私のクローゼットの奥にあった引き出しから、下着を探し出してきた。
いぃーやーぁ! どうして天使様に裸に剥かれなきゃならないの~!?
オルトさんの手が、特別製寝間着の背中のあわせ部分にかかった。
「オルト、看護師さんを連れてきましたから、貴方は朝食の方をお願いします」
絶体絶命の大ピンチ! とか思ってたら、ご隠居様が看護師さんを連れてきて下さった。
救世主に見えますよ、ご隠居様!
オルトさんは渋々だけれど、ご隠居様の言葉に従って部屋を出て行った。
「体の調子はどうだい? オルトを助けてくれてありがとう。親戚筋の私もとても感謝しているよ。……さ、看護師さんに任せて、体を拭いてもらってさっぱりしなさい」
看護師さんはさすがにプロで、私が羞恥心を覚える間もなく、サササササーッと清拭と着替えを済ませてしまった。うん。絶妙に、外から見えるか見えないかくらいの感じで、寝間着の間に手を入れて拭いてくれたから、すごく助かった気持ち。いっそ機械的とも思える仕事っぷりなんて、無機物を相手にしているかのよう。今、自分の体がどうなってるか自分じゃ分からない私には、恥ずかしいと感じる暇もないほどで、大変うれしい限りだ。感動すら覚える。
着替えも新しいのを被せておいて、古いのをサッと取り去る感じで、あっという間だったし。
これが不器用なオルトさんだったら……と考えると、こんな感じじゃ済まないなって想像がついた。……料理は訓練された動きでどうにかなっているんだけどね。
あぁ、看護師さんを連れてきてくれたご隠居様に、感謝感激雨あられです~。
「さて、メランが抜けたら、魔石の魔力補充がちょっと滞っていてね。もし体調に余裕があるようなら、少しでいいから魔石の魔力補充をしてくれると助かる。……食事係の方は、オルトが大量の野菜スープを作って強引にみんなに食べさせてるから、とりあえずは大丈夫だよ」
あぁっ、すみません、ご隠居様! そしてオルトさん、なんて暴挙に出たんだ!
「だから、無理せず早く治すことだけ考えてなさい」
まだ声が上手く出せないので、コクリと小さく頷いた。
それを見たご隠居様は、穏やかに微笑んで看護師さんと一緒に部屋を出て行った。
ご隠居様がけっこうな量の魔石を置いていった。私の手が届きやすいように、ベッドの横に小さい机を用意してくださって、その上に魔石入りの箱が載せてある。
私は恐る恐る魔石に触った。
小さめの魔石を選んで魔力を注ぎ込んでみると、普通に透明な魔石になった。何の属性でもない、無属性の無色透明。
アレ? 私って女になったんじゃなかったのかな???
もしかして気のせいだった? そしたら、まだ研究所にいても大丈夫?
ちょっとうれしくなって、その後、立て続けに10個ほどの魔石に魔力を注ぎ込んだ。
そのうちにオルトさんが戻ってきて、すり下ろしリンゴを食べさせてくれた。
私がすり下ろしリンゴを食べる様子を見てうれしそうに笑う天使様を見ていたら、悩んでいたのが馬鹿みたいだな~って、なんだかどうでもよくなっていた。
☆ ☆ ☆
意識が戻って3日目には少しだけ体が動かせるようになり、トイレくらいにはすっごくがんばれば自力で行けるようになった。
熱を出した3日間は絶食に近かったし、その後も水分とリンゴのすり下ろしを少し摂取しただけだったせいか、それまでは不思議なほど、あまりトイレに行きたいと思わなかったのだ。
4日目には短い時間ならベッドに起き上がっていても平気になった。前の日までは疲れてしまって、すぐに横になっていたのだけど。
ただ寄りかかると背中が痛いので、食事などで起き上がっていたいときはお腹の方にクッションを挟み込み、前屈みになって起きてる感じ。退屈になってくると、そんな風に起き上がって、魔石に魔力を入れて時間をつぶした。
背中の痛みで深呼吸も辛いから、声を出すのもまだ大変な感じだ。
それから、だんだんすり下ろしリンゴ以外のものも食べられるようになってきて、オルトさんが調子に乗っていろいろ作ってきてくれるんだけど、脂ものはまだダメですから! と何度ツッコんだことか。
「早く体力をつけて治さないと!」
そう言って、ハンバーグとか鮭のムニエルとかを持ってくる。すり下ろしリンゴがやっとだった病人──正しくは怪我人だけど、高熱を出したからそう言っていいと思う──には、まだ早いっつーの!
もう少し消化の良いものを持ってきなさいよー!
背中の痛みはまだあるものの、声も出せるようになってくると、オルトさんに「ちゃんと食事係をして下さい!」と注意した。
ときどきピュールさんやアントスさんが私の部屋に現れて、メランのご飯が食べたいって泣き言を言っていくんだもん。ポタモスさんやリムネーさん、ソールさんもね。
ハルスさんも「あの食事はねぇ……」と困った顔で苦笑していたし。
一週間もすると歩くのも少しは楽になり、ゆーっくりだけど自室の中くらいなら何かにつかまって歩くのは大丈夫になった。それで、思い切ってシャワーに入ってみた。
え? トイレ? トイレは這うように行ってましたけど、何か?
うん、やっぱり体を拭くだけってのとは違って、ちゃんと体を洗い流すって気持ち良いね!
それで、自分の裸を見たらですね、うん……何というか、女の子になってました。
小さい頃から申し訳程度についてたアレがね、なくなってたの……。私の中のおばちゃんがムンクの叫びになってたよ。
トイレの度に違和感は感じてたけど、ちょっとは残ってたの。なのに、今日見たら……!
よく悲鳴とか大声とか出さなかったもんだ。息を呑むだけに止めた自分を褒めてやりたい。
……そうか、やっぱり女の子確定か~。思わず遠くを見る目になる。
そのうち月のものとか来ちゃうんだろうな~。胸もかすかに膨らんでる気がするしな~。
でも、今日も魔石に入った魔力は無属性だったよ?
なんで? どうして?
けど、誰に相談したら良いか、分からない。
オルトさんにもハルスさんにも、所長さんにもご隠居様にも言えない。どっちつかずな人たちに、自分は女になりましたって? 言えるわけがない。
お医者様や看護師さんは……? と考えてみるが、リアクションも思い浮かばないほどには知らない人達だから、ちょっと相談するのが怖いと思った。もしも大事になってしまったら、すぐにでも研究所を追い出されそうな気がして。
「お父様」やニクス様は論外。だって男だし。女になった証拠を見せろって言われても困るし。
なんで女の人で、研究所に出入りしてる人がいないんだよー! もちろん、相談できるような知り合い限定だから、元々知り合いの少ない私にはハードルの高い話だけど。
それにしても、私はまだここにいても良いんだろうか?
無属性ではあるけど、どっちつかずじゃない、女になってしまったのに……。
☆ ☆ ☆
そんなある日、私の部屋に見たことがない、キレイな女の人が入ってきた。
すごく高そうなドレス。瞳は青で、髪の色はオルトさんと同じ。口元がオルトさんと似てるような気がする。
……もしかして、オルトさんのお母様?
「私の子を助けてくれてありがとう。お礼に来るのが遅くなってしまってごめんなさい。周りの者がなかなか許してくれなくて、今日は抜け出して来ちゃったの」
茶目っ気たっぷりに微笑んでみせる様子が、だいぶ年上の方のはずなのに可愛らしく感じる。
あ、やっぱりオルトさんのお母様だったんですね。
これが「甘いものは歯に悪いから」と言ってオルトさんに甘いものを我慢させたという、あの「お母様」。
ちなみに、オルトさんは魔術学校時代も、その「お母様」の言いつけを真面目に守っていたらしい。
「母上! 急にいらっしゃって、どうしたんですか!?」
なんと返事をしたものか……と私が逡巡していると、バタンっとすごい勢いでドアが開いた。
オルトさんだ。
「相変わらず落ち着きがないわねぇ。誰に似たんでしょう? ……どうしたも何も、貴方の命の恩人にお礼を言いに来たのよ」
「さっき、ニクスが探しに来てましたよ。父上も心配していると思います」
「あら、あの人ったら、もう嗅ぎつけてしまったのね」
抜け出してきたってことは、みなさん「お母様」を探してるんでしょうね~。「お父様」付きの護衛騎士様まで借り出されるほど……。
「また来るわね」
そう微笑んで「お母様」は部屋を出て行かれた。
オルトさんも「後でまた」と言って「お母様」について行く。きっと、ニクス様か誰か護衛の人に引き渡すまで「お母様」にくっついて見張ってるつもりなんだろう。
う~ん。「お母様」と仲良くなれれば、もしかしたら相談してもいいのかもしれないなぁ。
ただ、どんな方か、まだよく知らないのが難点か。
それに「また来る」と言ってたにしても、「お父様」と違ってなかなか抜け出せないようだし、仲良くなれるような時間がない気もする。
やっぱり、一人で旅ができるくらいに体力が回復したら、研究所を出て実家に行くのが一番いいだろう。
オルトさんは私を命の恩人と思ってて、私がここを出て行くって言ったら反対されそうだから、こっそり逃げ出すのが無難でいいかも。
そうと決まったら、少しずつ筋力を取り戻して、逃げ出す準備をしなくちゃ。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




