3.魔術学校
王都へ向かう馬車の中でも、私は魔石に魔力を吸わせていた。5日間の長旅だもの。魔力が体内で渦巻いているのに、何もしないで放置って訳にもいかなくて。
そうそう。魔石は鉱山で掘り出されるものなんだって。
自然の力って言うか、魔力が溜まっちゃう場所があって、そこで魔力が染み込みやすい石に長い時間をかけて魔力が染み込んで魔石になるみたい。どうして透明になるのかとか、そういうことはまだよく分かってないらしい。
お医者様が「旅のお供にどうぞ」ってくれた初級の魔術書。それを暇つぶしに馬車の中で読んだら、そういうことが書いてあったのよね。
貴族なら幼い頃から家庭教師から教えられて知っているだろうことが、その初級の魔術書には書いてあるそうだ。魔術学校に入ってから私が困らないように……という、お医者様の心づくしを感じた。
本当にあのお医者様にはお世話になった。感謝の言葉しかない。学校に行ったら手紙を書こう。
そうして辿り着いた王都は、想像していたより大きかった。
前世で知っている県庁所在地より人が多くて、建物も多かった。前世で言うと東京都心と同じくらい……かも? いや、東京なんて修学旅行で行ったくらいしかなかったけど。それにもちろん、あんな高層建築物もないしねぇ。
乗り合い馬車は王都の外壁前が終点で、外壁の門の所で衛兵さんから通行チェックを受けた。さらに街に入ったすぐのところで街中を行き来する乗り合い馬車に乗り、王都の中心にある大きな広場で降りると、父さんと私はそこから歩いて魔術学校へ行った。
魔術学校は大きな広場から10分ほど歩いたところにあった。
立派な門構えの建物には衛兵さんが立っていて、出入りする人を厳しくチェックしていた。
それもそのはず、なんでも王族のどなたかが随時この学校に入っているそうで、警備が厳しいのが常なんだとか。
考えてみればそうだよね~、貴族とか王族って魔力が大きいのが普通で、私みたいに平民で魔力が大きいのは珍しいんだもんね。
まぁ、王族がどの人かってことは警備の問題上言わない事になっているのだけど、いつでも誰かしら王族の血に連なる人が学校に入っているのだから、警備するのは普通の事って感じになっているらしい。
やんごとなき人々が通う学校に、私みたいな平民がいるのは場違いなんじゃ……? と焦ったけれど、貴族や王族ばかりでなく平民も四分の一ほど在籍しているから大丈夫と、通行証を作ってくれた衛兵のお兄さんの笑顔がステキだった。
ただこの通行証は仮のもので、魔術学校の学生になって学生証が来ればそれが通行証になるんだってことも教えてくれた。それで休日には街中へ買い物にも出かけられるらしい。
お兄さん、丁寧に教えてくれてありがとう。
事務室のようなところで入学手続きをして、担当の先生に挨拶をしたら、寮に案内された。
寮は木造で暖かみのある建物だった。校舎は石造りだったから、なんというか対照的。2階建てで、あまり高さを必要としないのは、敷地が広いということもあるのかもしれない。
部屋は2人部屋で、お貴族様の部屋も平民の部屋も差別がないように同じ広さ。ただ、上級貴族と平民が同じ部屋にならないようには配慮しているらしい。……たまにとんでもなく気位の高いお貴族様(上級貴族に多い)がいて、平民とトラブルになる事もあるんだって。
私と同室になった子は2つ年上の下級貴族で「貴族と言っても名前だけだから気にしないで」と笑っていた。明るい茶色の髪に琥珀色の瞳。はにかんだ笑顔が印象的な先輩。
同室の先輩や寮母さんに挨拶をしていたら、父さんがみんなに「この子をよろしくお願いします」と言って深々と頭を下げ、帰って行った。
それからの学校生活は驚きと戸惑いの連続だった。
まずお貴族様。
この学校に入るまで、「貴族」などと言う人種には会ったことがなかった───あ、お世話になったお医者様は別にして───ので、その態度に驚いた。
上級貴族になればなるほど気位がお高い。先生達の手前もあって言葉には出さないけれど、平民と同列に扱われるのは不満って顔に書いてあるから、寮の食堂や大浴場なんて場所ではあまり近づかないように気をつけた。
同室の先輩は下級貴族のせいか平民に近い感覚があって、とても良くしてもらった。だから、お貴族様と言っても一概に同じとは言い切れないんだなって思った。
それから、立派な制服。
お貴族様も同じ制服を着るためか生地が上等なので、最初は制服を着ているだけで汚しはしないかとビクビクした。
デザインとしては半ズボンというかキュロットというか男女兼用な感じの灰色の下衣に、上は白いシャツに学年で色違いのタイに紺色のジャケット。それから膝までのハイソックスは紺色。ジャケットの胸ポケットには校章が刺繍されていて、前世で言うところの「お坊ちゃん学校の制服」って感じがする。
女になったらタイはリボンに変えられて、下衣はキュロットのままでもいいし、スカートに変えてもいいと説明された。もちろん、男になれば下衣はズボンになる。
あと、教室や実習をする特別室の設備も高級感漂う造りになっていて、傷つけたり壊したりして弁償ってことになったらいくら払えば良いのかと考えただけで胃が痛くなり、田舎の初等学校と全然違う様子に緊張して仕方なかった。
それでも勉強の方は楽しかった。
自分の魔力を制御する方法や大規模魔法を使うときの魔方陣の書き方の他に、普通に国の歴史とか算術とか、文学や音楽などの科目もあった。
属性なしの今の魔力では高度な属性魔法は使えないと言われたけれど、それでも間違って魔力を暴走させないよう制御する訓練はみっちりやらされた。魔力の制御には集中力が必要不可欠だった。慣れれば息をするように自然と制御できるようになるものらしい。
ついでといってはなんだけど、息抜きのように無属性の魔力でも使える魔法───火を出したり火を出さずにものを温めたり、水を出したりものを冷やしたり、風を起こしたり風の力でものを持ち上げたり、石を砕いたり土を盛り上げたり固めたり……といった簡単な魔法───を習ったのは面白かった。
将来的に大規模な魔法を使うときのため、魔法陣を書く練習もした。使う魔法の威力の大きさで魔法陣は大きさが変わるらしい。あと、魔法陣を使えば魔力が小さくても使える魔法が増えるし、自分の属性じゃない魔法もある程度は使えるようになるから便利なのだ。もちろん書く文様を工夫して、大規模な魔法用でも魔法陣を小さくする事は可能らしいけど。
この魔法陣を書くという作業は、集中力が要るので雑念を払うのにちょうど良く、また何かに没頭することで心が洗われるような気がした。家族と離れた寂しさなんかも紛れるしね。いや、もちろん、長期休暇ごとには実家に帰ってたけど。
そうそう、この学校にはお貴族様もたくさんいらっしゃるし、魔力の大きい者は王城に勤めることになるから、社交界に出たときに困らないよう、知識と教養それにダンスやマナーなんかも授業に組み込まれていた。もちろん、ダンスは男子パートも女子パートも両方練習するのだ。どっちになっても良いように!
あと、近衛騎士になりたい人のために剣術の授業もあった。
男になったら男性の王族の近衛に、女になったら女性の王族の近衛になるんだそうだ。
強力な魔法が使えない人でも、簡単な魔法と剣術を組み合わせて戦えば、かなり強い魔法剣士になれるんだって。近衛騎士になりたかったら魔法剣士になるのが一番良いらしい。
なんでも王城には有名な近衛騎士様がいて、御前試合での戦いっぷりは子ども達の憧れの的みたいだった。
私は行ったことないけど、年に1回行われる御前試合は平民にも開放されていて、多くの見物客が詰めかけるものらしい。
私が11歳になると、同室の先輩が「クラウス」という名前をもらった。魔力が風の属性を帯び「男」になったのだ。
先輩は毎朝のように、空の魔石に魔力を入れてチェックしてた。13歳になる頃くらいから、少し焦っていたのかもしれない。ずっと透明だった魔石が、ある朝、緑色を帯びた。
それを見て、私が「おめでとう」とお祝いを言うと、「ありがとう。次は君だと良いね」とはにかみながら言ってくれた。私も先輩も大興奮だった。
自分のときも、あんな風に魔石が何かの色を帯びるのかな? 何色になるのか楽しみだ。