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29.気分転換

 どうやらポタモスさんとイーリス古書店の店主さんは仲直りしたらしい。

 いや、仲違いしてたのかは分からないけど、行き違いがあってわだかまりがあったことは確かなんだろう。そして、やっと関係が修復されたんだと思う。


 現に、ここのところ休日になるとポタモスさんはよく外出していて、賢者通りにいたって言う目撃情報がハルスさんからもたらされるから、そういうことなんだと思う。


 あと、ポタモスさんがたまにだけど、フードを下ろすようになった。本当にごくたまに、柔らかそうな茶色の髪と少し垂れ目の茶色の目、それと穏やかな笑顔が見られるようになった。……私はもう3回くらい見たのに、オルトさんはまだ見たことがないんだって。

 フードを下ろしたポタモスさんは、レアキャラと言っていいのかもしれない。

 見た目は30代くらいに見えるんだけど、これでイーリス古書店の店主さんと同い年とか、詐欺だ。

 どっちつかずで無属性な人は、前世で言うところの中2くらいで成長が止まって、あとは少しずつ老化していく。でも、子どもができない分、寿命が長くて老化が遅いとは聞いてたけど……。

 老化が遅いって本当なんだな~と実感したわ。




 さて、私が古本屋さんから買ってきた「魔法陣の歴史」という本だけれど、なかなか興味深い内容だった。

 転移魔法陣の出力側の方は、今は入力側を特定する記述は入れないのが主流だけど、昔はちゃんと魔法陣内に記述されてたんだって!

 入力側の魔法陣には出力側を特定する番号を書く場所があるのに、出力側には入力側の番号を記述する場所がないってのが疑問だったんだけど、これでスッキリしたわ~。

 出力側は完全に受け身だから、書かなくてもいいんじゃね? ってことになって、やってみたら普通に動くから、あるときから省略されるようになったんだそうだ。

 ただ、複数の入力先から同時に出力側に転移されると困ったことになるから、入力と出力の魔法陣を一対一の「(ペア)」になるように気をつけて配置するようになったらしい。


 はぁ~、ホント勉強になります。


 この本からヒントを得て、私は出力側の魔法陣に入力側の番号を書き込む場所を作り、実際に番号を書き込んでオルトさんと実験してみた。

 結果は成功。この前ハルスさんと実験したときのように、壁を隔ててもちゃんと声が聞こえた。


 その後でハルスさんも巻き込み、入力Aと出力Cが(ペア)になった状態で、入力Bから出力Cにも繋がるかやってみたら、入力Bからの通話はできない状態になると言うことが分かった。


 けれど、それ以上の成果が上がらない。

 入力と出力の魔法陣両方に番号を書くことで、より強固な(ペア)にすることはできたけれど、それだけだ。

 通話したいときに、通話したい相手と繋げられる……というところまで行かない。特定の相手だけと直通で話せますっていうんじゃあんまり意味ないもんな~。




 ここに来て、通話器の開発は頓挫してしまっている。

 複合魔法陣の改良が上手くいかないと言うか、良いアイディアが出てこないから、本当に二進(にっち)三進(さっち)もいかないのだ。

 疑問が1つ解消されたからと言って、他の問題が解消されるわけで無し……と言う感じだ。


 仕方ないので、思い切って気分転換をすることにする。

 気分を転換すれば、また何か良いアイディアが浮かんでくることもあるだろう……と思って。


 それに様々な魔法陣を調べることによって、今後の修理技術の向上も望めるだろう……という大義名分をもっともらしく掲げておいた。誰かにツッコまれたら、そう答えておけばきっと乗り切れる! たとえご隠居様だろうとも!!! ……たぶん、きっと……、そうだと良いな。


 それはさておき、この前ハルスさんに見せてもらった光魔法。あれを魔法陣で再現できないかと、研究所に置いてある光魔法の魔術書を借り受ける。


『書いた線(文字など)を拡大して遠くまで見えるようにする』

『書いた線(文字など)を光で浮かび上がらせる』

『書いた線(文字など)を光で壁に投影する』


 一番最初のはちょっと違うけど、面白そうなのでノートに魔法陣を書き写しておいた。

 二番目がハルスさんの使った光魔法に近いと思う。三番目はちょっと違うけど、これはこれで面白そうだ。


 魔法陣の使い方としては、起動した魔法陣から浮かび上がる光に、あらかじめ紙に書いておいた文字などを当てれば良いだけ。


 三番目のをやってみたら、魔法陣が起動してるのに何も起こらない。おかしいな、失敗か……と思って魔法陣が書かれた紙を持ち上げたら、机の上面に光る線で文字が投影されていた。

 なるほど、文字を書いた紙と投影したい壁の間に魔法陣を挟む感じか。この魔法陣1つで映写機というかプロジェクターみたいな役割をするようだ。

 上手く調整できたら、線だけじゃなく色つきの絵も投影できないだろうか。そしたら紙芝居みたいなこともできるのに……と考えて、今日は「線」にこだわって探したけど、もう少しちゃんと探したら、絵を投影できる魔法陣もあるのかもしれないと思った。今度、ゆっくり探してみよう。また行き詰まったときにでも。


 二番目のは思った通り、書いた文字が光になって、10cmほどの高さに浮かび上がった。空中に泳ぎ出しはしないけれど、ハルスさんの魔法はこれに近い。泳ぎ出したのはハルスさんの意思の介在があったからだろう。これが機械的に魔法を引き起こす魔法陣と、人が紡ぎ出す魔法の違いか……と実感する。

 けど、泳ぎ出す要素を魔法陣に加えればいけるかも! と気持ちを切り替える。

 なかなかの収穫にホクホクしながら、あの日のトカゲのような猫を思い浮かべてにやにやしてしまった。あれを思い浮かべるだけで、なんだか元気が湧いてくる気がする。


 一番目のは休みの日にでもやってみよう。遠くまで……と言うのだから、どのくらい遠くまで見えるのか、オルトさんかハルスさんを誘って実験してみたい。

 ただ、王城の外庭でやると何事かと大騒ぎになるかもしれないから、誰もいない草原みたいなところでやるのがベストかも?




 光魔法の魔術書でやってみたいことはだいたい終わったので、本を元の場所に返した。今度は土魔法の魔術書を見てみることにする。

 あの強面騎士のニクス様が使って見せた土魔法を魔法陣で再現できるか調べてみよう。もし、万が一、私の部屋の壁が脆くなったら、自分で直せるかもしれないじゃないか。……要は不安なのよ。ニクス様は「自分の魔法なら強固だから大丈夫!」って太鼓判を押していたけども!!


『壁に穴を開ける』

『壁の穴を修復する』

『砂嵐などから身を守る土壁を作る』


 最初の2つがニクス様が使った魔法だろう。最後のは咄嗟に使えたら面白いだろうな~という魔法を見繕ったもの。完全なる趣味です、はい。


 しかし、一番目のを実際にやってみるのはちょっと怖い。あれは完全に破壊活動だし。

 二番目のも、壊れた壁なんて見当たらないから使いどころがない。……もし壊れた壁があったら、是非やってみたいけど。

 三番目のは急に土壁を作ったら迷惑行為だよな~。どっか広い荒野とかならまだしも、街中とか人様がいるところでは使い勝手が悪い魔法だよね~。


 あ、そうだ。崖崩れで道がふさがった時に、役に立ちそうな土魔法ってあるのかな? なんて、ついつい調べたいことが浮かんできて、だいぶ時間を割いてしまった。


 ホント、いつ役に立つのか分からない雑学的な調べ物になっちゃったけど、面白かったから満足満足。

 けど、もし役に立つ場面があるなら、ぜひ使ってみたいな~。




 気分転換の調べ物をしている間に夕食準備の時間となり、オルトさんと2人で作業に入る。


 今夜はホウレン草とトマトの冷製パスタ、それとマスのムニエル、野菜たっぷりの卵入りスープ、デザートはフルーツのヨーグルト和え。


 卵入りスープは、何のことはない「かき玉汁」。タマネギと卵の出逢いがステキだと思うの。他にも野菜やキノコをたっぷり入れてるけど。

 パスタの方は、生でも食べられるサラダホウレン草みたいなものは市場で見たことがないので、普通のホウレン草をサッと茹でて氷水にさらし、食べやすい大きさに切って具材にする。

 パスタを冷製にするときは、塩を多めに入れて心持ち長めに茹で、冷たい水でキュッとしめると良いって前世のテレビ番組で見たので、その通りにする。専業主婦の情報網なんて、そんなもんさ~。

 キュッとしめたパスタをぎゅっと絞るくらいのつもりでザルに押しつけるようにしてよく水気を切り、先ほどのホウレン草と刻んだトマト、オリーブオイルとケッパーのピクルスを加え、塩こしょうを振って混ぜたら完成だ。

 マスは川で獲れる大きな魚だから、内陸の王都でも手に入りやすい。切り身にして、塩を振ってしばらくおくと臭みを含んだ水分が出てくるので、それを拭き取ってから調理する。こしょうを効かせて小麦粉を薄くはたいて、バターでソテーだ。


 ホントにな~、海の魚、食べたいよな~。サバとかサンマとかアジとか。光り物大好き!


 あ、またもや思考が脱線してましたね……。


 ときどき前世の記憶をたどって、研究所で新メニューとして出しているけど、その度に「見たことない料理だ!」とオルトさんが興味津々で、たまにちょっと鬱陶しい。微笑ましいと言えば微笑ましいとも言える。小さいわんこが騒いでるような雰囲気よね。


 あ、そうそう。毎年、夏になると夏風邪をひく所員さんが数名いたのだそうだけど、今年の夏は夏風邪無しで乗り切れそうなんだって! そう言って所長さんが喜んでた。みんな健康になったんだね……おばちゃんはうれしいよ。

 所長さんの肌つやとか目の下のクッキリとしたクマとか、ハルスさんの血色の悪い顔色とか、今はすっかり(なり)をひそめたし。

 食事係をがんばった甲斐があったってもんです。




 夕飯を食べながら、今日こそは! と思って、ハルスさんに先日聞きそびれた、開発中の魔道具について聞いてみた。


「この前、聞きそびれたんですけど、ハルスさんは、どんな魔道具を開発しようとしてるんですか?」

「あぁ、あの日は横やりが入っちゃったからね。……私は足が悪くなった人でも楽に階段が上り下りできるようにならないかと思ってるんだ」

「……それは椅子に座っててもですか? それとも立ったまま?」


 そう言えば、エスカレーターやエレベーターのようなものって、この世界で見たことなかったな。


「祖母は車いすを嫌がるから、できれば立ったまま……かな? 一時的に座るのであれば、椅子でもかまわないと思う」


 お祖母様の為だったんですね! ハルスさんに光魔法を教えてくれたステキなお祖母様。


「今は階段の手すりにゴンドラのようなものをくっつけて、風魔法で動かせないかって考えてるんだ」

「浮かび上がらせて移動するんですね?」

「そんな感じ。でも風魔法のあおりで、祖母のドレスの裾が捲れそうで心配なんだ」

「……あ~、風魔法だと、あり得ますね~」


 その後もハルスさんの考える魔道具について、ああでもないこうでもない……と話し合い、なかなか有意義な夕飯になった。




 一日の諸々が終わってベッドにうつぶせに横たわり、部屋の明かりを落として、光の線を浮かび上がらせる魔法陣を起動させた。

 さっき書いておいた猫の絵を魔法陣の光に当てる。猫の絵が光の線になって、薄闇の中に浮かび上がった。


「ふふ……」


 あの日のハルスさんの魔法を思い出して、ちょっとくすぐったい気持ちになる。

 猫の後はとりとめのない言葉──「元気だよ」とか「おやすみ」とか──を1つ1つ浮かび上がらせてみる。小さなカードに、いくつか書いておいた言葉だ。次々とカードを変えて文字を浮かび上がらせて楽しむ。最後の一枚は書き損じたものだったのだが、うっかり紛れ込んでいたらしい。その意味のない線さえも魔法陣は浮かび上がらせてくれた。


 ふと、あの日のニクス様の魔法が頭をよぎる。

 そして、何かが繋がった。


 浮かび上がった光を、壁に空いた穴だと見立てれば?

 あのとき、ニクス様は言ったじゃないか。光が漏れ出てくるところに反応して壁材を集めるって。


 この浮かび上がった光に、壁材のようなものを集めることができれば……? いや、投影した光でもいいのかもしれない。とにかく、光と土魔法だ!

 もし考えたことが可能なら、風と闇の複合魔法陣の中に光の文字を投影し、土魔法で特殊顔料の粉を集め、魔法陣の一部にできるんじゃないだろうか。




 いろいろ改良すべき点は出てくるだろうけれど、私は長かったトンネルからやっと顔を出したような気持ちになった。


 明日から、また試行錯誤の日々だ。けれど、とてもワクワクする。


 一応、今の時点で考えられる問題点を書き出してみる。……もちろん、一度落とした明かりを再び点けて。


◎土魔法で特殊顔料の粉を集めるとき、しっかり固めてしまうのではなく、通話を切ったときにまたバラバラの粉に戻るようにすることはできるか。もちろん、通話中はしっかり形をとどめているのが前提だが。


◎複合魔法陣の中に光の文字を投影するのに、通話器の中で上手く光を投影する位置を定められるか。これは、魔法陣と言うより、機械的な動きだろうから、そういう仕組みを作る必要があるかもしれない。


◎発信元から通話がかかってきたときに、その番号をどうやって受信側の魔法陣に伝えるのか。これが一番難しいかもしれない。試行錯誤してやっていくしかないだろう。


 今思いつくのはこれくらいか……。きっとやっていくうちに、どんどん問題は起きてくるのだろうけど、1つずつ解決していくしかない。


 それでも、全然前に進まないよりはずっと良い。あれほど進展しなかった毎日が嘘に思える。やっと、やっと、前進できるのだ!


 よーし! 明日からがんばるぞ~!!


 ……てか、1つの魔道具に魔法陣4つ? 多すぎかもしれない。

 ま、とにかくやってみよう!





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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