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28.古本屋

いつもありがとうございます。

読んでくださっている方、ブックマークしてくださった方、評価をつけてくださった方、みなさんに感謝しております。


恋愛要素は、あと数話したら出てくる予定……です。

 明日は「月の日(前世でいうところの月曜日)」だけど、私は休日となっていた。

 今日は「太陽の日」で休日だったので、まさかの連休である。


 ちなみに本日は、オルトさんは休日当番でお仕事、ハルスさんは街へ出かけている。


 私はこの連休で複合魔法陣の問題を解決したいと思っていた。

 そこで、気合いを入れて午前中に複合魔法陣の改良に手をつけてみたものの、なかなか良いアイディアが浮かばなくてあえなく断念。とっかかりも何も見つからない状態では何も進まないのも当たり前か。

 仕方なく、午後は鶏レバーの赤ワイン煮を作り置きして、ついでにキノコを天日干ししようかと予定を変更する。


 午後の予定を決めたところで、明日の休日はどうしようかと思いふける。


 明日はハルスさんもオルトさんもお仕事だし、私1人で久しぶりにトマトソースの作り置きでもしようかなぁ。あ、そういえばジャムの残りってどのくらいあったっけ? 前世だとお盆を過ぎた辺りの時期。そろそろ早生の青リンゴが出てるかな、そしたらリンゴのジャムもいいけど、まだリンゴが出るには早いかな……。


 なんて昼食後のお茶を楽しみつつ明日のことを考えていると、先輩から声がかかった。


「メランは明日、休みだよね?」


 声がした方を見ると、小柄な灰色ローブが目に入る……ポタモスさんだった。


「あ、はい」

「……いつもならハルスに頼むんだけど、ちょっと急ぎだし、ハルスは明日仕事だから、メランにお願いできないかと思って」

「ええと、私にもできることでしたら……」


 何を頼まれるのかドキドキしていると、ポタモスさんは古本屋で探してきて欲しい本があるという。


 本当なら、王城の中にある図書室へ行けば確実なのだけど、そこはちょっと行きづらい(お貴族様にイヤミを言われるから)。今日はポタモスさんはオルトさんと一緒に休日当番だったし、明日も仕事。でも急いで調べたいことがある。……ということで、明日が休みで、しかも、よく街へ出かけている私に白羽の矢が立ったワケだ。


「今、修理している魔道具がやっかいでね。凄く古いもので、使われてる魔法陣が年代物らしくて……。やっとさっき解析が終わって、私が知ってる魔法陣に該当しないからそうだって分かったんだけど。そういう古い魔法陣が調べられる本が欲しいんだ。どうやら光と闇の複合魔法陣みたいなんだよね……」


 へぇ~、光と闇の複合魔法陣なんて珍しい。ちょっと興味あるかも。

 魔法陣の仕様も流行り廃りがあるようで、昔は使われていたけど今は使われていない魔法陣の存在というのも聞いたことがある。


 休日当番って急ぎの修理が入ったときのために作業場にいるのが基本で、本当に修理でも入らない限りけっこう暇だから、自分の興味のある調べ物をしたり、新しい魔道具を考えたりする人もいる。

 ポタモスさんは昼食のために少し抜けてきたところのようだ。


 本当なら、今すぐにでも出かけてもらいたいところなのだろうけど、闇雲に出かけて無駄足を踏ませるわけにも行かないし、私の予定もあるだろうから……とポタモスさんは言う。


「オススメの古本屋は、昔は職人通りの角の古本屋が掘り出し物が多かったと記憶してるけど……。でも、今は変わってるかもしれないから、よく街へ行くリムネーとハルスにも聞いてみて」

「分かりました。……えっと、古い魔法陣を調べられる本ですね?」

「うん。お願いね」


 古い魔法陣だから、古本屋の方が見つかりやすいかもしれないと、ポタモスさんは見つかりそうだと思う店を教えてくれた。


 最近知ったことなのだけど、先輩方に割り振られる魔道具の修理というのは、複雑なものや凄い年代物でややこしい物が多い。しかも経験年数や技量などを鑑みて割り振りが決められる。だから1日で修理が終わらないことも多く、調べ物が多岐にわたることもあるらしい。

 私たち新人には1日とか半日で修理が終わるものを任せて、まずは数をこなすことを主眼に置いているんだって。そうやって新人に経験を積ませ、簡単な物から始めて少しずつ難しい物へと移行していくんだそう。

 ……とは言え、簡単な修理が一気に増える日もあるから、複雑な大物を終えたばかりの先輩には簡単な修理が回されることもあるみたいだけど。

 で、その采配は所長さんがしているのかと思いきや、ご隠居様ですよ! 誰も文句は言えませんって。




 今回のように、少しだけでも先輩方の修理の手助けをできることは、私にとっても良い勉強になるだろう。経験値が増えそうな予感がする。

 古い魔法陣なんて興味深いじゃないか!

 そう考えたら、古本屋がなんだかすごい宝物を隠しているダンジョンか何かのように思えてきた。

 明日、何か面白い物が見つかったら良いなぁ、なんて、私はワクワクしていた。




 翌日、朝食のあと、夕方いつもの時間には戻ります、とオルトさんに一声かけて、街へ出かけた。

 食事の準備の時間には戻る予定。

 昨日のうちにハルスさんやリムネーさんに聞いて、古本屋さんの最新事情を書いたメモも持ったし、さー行くぞー!




 ハルスさんとリムネーさんから聞いたオススメの古本屋さんは3つ。ポタモスさんが言ってた職人通りの角にあるアートルム古書店と、ドラゴン通りの角にあるペタルデス古書店、賢者通りの角にあるイーリス古書店だ。

 職人通りは王都の東門に通じる通り。王都の東側に職人さんの工房や工場(こうば)が集まっているからそんな名前で呼ばれている。


 ここで補足しておくと、王都のそれぞれの門に通じる通りは、王城を中心として放射状に伸びている。王城の北側は山になっているから、王都の門は東、南東、南、南西、西の5つだけだ。


 ドラゴン通りは南東にある竜門──ドラゴンの彫刻が見事な門だから──に通じる通り。

 賢者通りは南西の羊門──羊飼いだった賢者様が羊と戯れている彫刻がされた門だから──に通じる通りだ。


 ちなみに私がよく行く市場は、王都で一番広い通りである凱旋通り──南門に通じる通り──の3番街と4番街の間あたりにある。

 「3番街」や「4番街」というのは、王城を中心とした同心円状に5つに区切られた王都の区画のことだ。その区画は大きな通りで区切られている。王城に近い方から1番街、2番街、……となっていて、王都の一番外側、外壁に近いのが5番街だ。5番街は平民の住居が多いところでもある。

 もちろん、生活に必要な小さな道も存在するけれど、大きな通りを歩いていれば迷うことはまずないから安心だ。


 門に通じる大きな通りの3番街から4番街あたりには商店が多いので、「○○通りの店」と言われたら3番街か4番街と思っていい。「角」というのは大きな通り同士が交差する角のことだから、分かりやすい。


 さて、最初はポタモスさんが言ってたアートルム古書店から行ってみよう!


 アートルム古書店は、全体が黒く塗られた建物で、窓枠やドアの周り、壁の角などが朱色で細く縁取られた落ち着いた建物だった。……小洒落ていて、平民な私は場違いなんじゃないかと気後れしてしまう。

 中は古本ばかりだというのに小奇麗に掃除がされて手入れが行き届き、古本が古本に見えなかった。破損箇所の修復もきっちりしている老舗のお店らしい。


 魔術書のコーナーに行って目的の物を探す。

 「魔法陣の歴史」なんて本があって、中を見る。私には興味深い内容だけど、光と闇の複合魔法陣は載っていないようだった。他の本も手に取りパラパラとめくってみるが、めぼしい物は見つからない。

 さっきの「魔法陣の歴史」という私が興味を引かれた本を手にレジに向かい、ついでに店主さんに聞いてみると光と闇の複合魔法陣が載ってそうな本は置いてないという答えだった。仕方がないので、私が欲しい本を買って店を出た。


 さぁ、次はペタルデス古書店に行ってみよう!

 ここからだと、少し南に行った辺りになる。


 ドラゴン通りに近づくと、特殊顔料を扱うヒュドールさんの商会が近いことに気がついた。そう言えば特殊顔料に使う緑色の石は、王都から南東の方角にある山で掘り出されると言っていた。竜門から石が運び込まれるので、その近くに商会を構えたのだろうと思い至る。


 ペタルデス古書店は、本が蝶の形をしているような、蝶が本になったような、そんな不思議な看板を掲げたお店だった。

 ここでも魔術書のコーナーを中心に探したけれど、収穫は無し。

 店主さんに聞いても、光と闇の複合魔法陣が載ってそうな本は見た覚えがないという。

 私は店主さんにお礼を言って店を出た。


 ……うーん。ポタモスさんに言われた物が次のイーリス古書店で見つからなければ、王城の図書館に行くしかないかもしれない。

 そんなことになって欲しくないな~と祈るような気持ちで、イーリス古書店へと向かう。

 目的の場所はここからだとほぼ真西だ。でも、王都の区画を分ける大きな通りは同心円状に作られているから、直線的に進むことはできなくて、ほんの少し遠回りするようなイメージで西の方へと向かう。


 凱旋通りを通り過ぎ、まだまだ西の方角へと歩く。……この距離だと乗合馬車を使った方がよかったかも。


 徒歩なのを少し後悔し始めた頃、やっと目的のイーリス古書店が見えてきた。

 虹をイメージしたのか、看板の地の色が7色のボーダーになっている。


 そういえば、王都に来てから虹なんて見てないなーと思う。

 王都全体が結界で守られていて、雨は夜だけ降るように魔法で調節されているらしいのだから仕方ない。……太古の昔の魔法陣が今でも効いてるらしいのよ。魔力は自然の中から取り入れてるとか、エコって言うかなんというか……半端ないな、古代文明。


 あ、また思考が脱線してた。


 さて、ここでも魔術書関連の集まった一角で本を探す。

 一通り見て回った後で、店主さんに聞くと「あぁ、それならアレかな……?」と言って、凄く古い本をバックヤードから出してきてくれた。

 私が抱えると前が見えなくなりそうなほど大きな本で、古くてボロボロだった。


「今、修復中だから、気をつけて触って下さいね」


 レジの横のカウンター──たぶん、本を検分するのに使われる広いもの──に置かれた本をそうっと開く。剥がれ落ちそうなページを1枚1枚慎重に捲っていくと、光と闇の複合魔法陣のページがあった。

 これだ……!


『映像を記録する』『記録された映像を映し出す』……


 そんな見出しがあって、大きなページに1つずつ魔法陣が書かれている。けっこう複雑な魔法陣だ。


「これです……! この本をいただきたいです!」


 興奮してそう言うと、店主さんが困った顔になった。


「修復中で今にもバラバラになりそうだし、今はちょっと売り物にはできないんだよ……」

「そんな……」

「修復が終われば店にも出せるんだけどねぇ」


 ……どうしよう。ポタモスさんは急ぎだと言っていた。


「それなら、この本の手付金を払いますから、この辺りの数ページだけでいいので写しをとらせていただけませんか? 修復が終わったら必ず買い取りますので……」

「けどねぇ……」

「私は王城の魔道具研究所の者なんです! 今日は先輩にお使いを頼まれていて、先輩から急ぎだって言われてて……」


 私がよっぽど哀れっぽく見えたのか、


「なんていう先輩だい?」


と店主さんが聞いてきた。


「ポタモスさんです」


 私がそう答えたら、


「あぁ、トリ・ポタモスだね? あいつとは魔術学校で同期だったよ」


と店主さんが懐かしそうに微笑んだ。知人の同僚ってことで、口調も幾分気安いものになっている。

 ポタモスさんと同期って、店主さんはけっこうなお年に見えるけど、いったい何歳なんだろう???


「よし、分かった! ポタモスがこの店に来たら写させてやる。そういう手紙を書いてやるから、お前さんはちょっと待ってな」


 そう言って私によく冷えたリンゴジュースを出してくれた店主さんは、レジの奥の書き物机で手紙を書き上げた。


「どっちつかずは年をとるのがゆっくりだと聞くから、きっとポタモスは私なんかより若い見た目なんだろうねぇ……」

「そうかもしれませんが、いつもフードを目深に被っているので、私はちゃんと見たことがないんです」


 店主さんの言葉にそう答えると、


「あぁ、確かあいつの父上が厳しい方で、その言いつけを今でも守ってるんだろう。もうあの方も亡くなってしまったのにな……」


と、後半部分は本当に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。


「ポタモスに泊まりがけで写しに来いって伝えておくれ」


 手紙を私に手渡しながら、店主さんが茶目っ気たっぷりにウィンクして見せた。


「あと、あいつに『あのときは済まなかった』と……いや、これはあいつが来たら、私から言おう。手紙をよろしく頼むよ」

「はい!」


 私は急いで研究所に戻った。王都は王城に向かって緩やかな上り坂になっているから、地味に体力が要る。帰り着く頃にはすっかり息が切れてしまっていた。

 なんと言っても王城の裏に山があって、王都は山の裾野にへばりつくようにしてできているのだ。坂道になるのは当然と言える。

 きっと、王都を真上から見たら、王城を中心とした扇形のように見えることだろう。その扇形は半円よりも広がっていると思うけど。


 汗だくの首筋をタオルで拭いつつ、目的の人を探しながら研究所内を歩き回る。


「ポタモスさん!」


 ちょうど昼食後のお茶を楽しんでいたらしいポタモスさんを見つけた。


「あぁ、メラン。本はあったかい?」

「あるにはあったんですが、凄いボロボロの本で、修復中で……」


 そう説明しながら、斜めがけにしていたバッグという名の袋を探って預かった手紙を取り出し、ポタモスさんに渡した。


「これ、イーリス古書店の店主さんからです」

「……イーリス?」


 名前を聞いて誰だか分からなかったらしく小首を傾げたポタモスさんだったけど、封筒の文字を見て思い当たったらしく「あいつか……」と小さく呟いていた。


「何か昔のことで謝罪したいことがあるようでしたけど、ポタモスさんが来たらちゃんと言うからって言ってました」


 余計なことかと思ったけど、一応、言っておく。何かすれ違いがあって、ポタモスさんが行きたくないって思ったら、きっとずっとすれ違ったままで終わっちゃうと思ったから。


 私の言葉を聞いて、ポタモスさんはしばらくの間じっと封筒を見つめているようだった。フードの奥の表情は窺い知れない。

 数分後、ポタモスさんはふーっと長く息を吐き、ようやく手紙を開封して読み始める。


「メラン、ありがとう」


 手紙を読み終えたポタモスさんは、私にお礼を言って「今夜は私の分の食事は要らないよ」と明るい声で言った。




 数日後、首尾よく直った魔道具で、ポタモスさんが映像を見せてくれた。

 記録された映像を映し出す……という魔法陣があの本に載ってたけど、これか!? 前世のテレビみたいに見せるのかと思いきや、まさかの3D! スゲーな、昔の魔法陣!!

 魔道具の平らな面の上に、箱庭で人形が動いているかのように映像が浮かび上がっている。


 魔道具はポタモスさんの妹さんからの依頼で、病で余命幾ばくもない旦那さんの思い出の品なんだそうだ。……その妹さんの旦那さんというのも、ポタモスさんの1つ上の従兄で幼馴染みらしいけれど。


 映し出された映像は、ポタモスさんのお祖父様とお祖母様の結婚式の映像だった。妹さんの旦那さんにとっても祖父母であるその人達。妹さんは若い頃のお祖母様にそっくりだったんだって。


 ポタモスさんは懐かしい人たちの若い頃の姿に、いつまでもじっと見入っていた。




読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。



ちなみに、王都の西門に通じる通りは「学校通り」。

魔術学校や平民の通う初等学校などがそちら側に固まっているから。

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