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26.壁

 翌朝、朝食の準備に行くと、オルトさんがバツの悪そうな顔で挨拶もそこそこに「ごめん」と謝ってきた。


「マルには食事の準備と片付けの時は別行動をとってもらうように言ったから。だから、食事係補佐は大丈夫、続けられる」

「……はい」


 私はなんと答えていいか上手い言葉が見つからず、ただ素っ気ない返事を返してしまった。

 でも、なんとなくオルトさんががんばってマルさんを説得したんだろうということが伝わって、ちょっと微笑ましく感じた。


「では、本日もよろしくお願いします」


 ちょっぴりぎこちないけれど、いつも通りの態度で、いつも通りの朝食準備。

 オルトさんもそれで良かったみたいで、朝食を終えて片付けが終わる頃には気まずさもなくなって、いつものようにオルトさんの髪の毛を結い、修理作業に入ることができた。


 まぁ、マルさんは相変わらず私にはツンケンした態度ですけどね~。




 その日の夕飯の時、相変わらずひっつき虫なマルさんと、ひっつかれているオルトさんの間で呼び名の件で言い争いが始まった。

 きっかけはお調子者のピュールさんが、少しばかり「兄様」呼びを揶揄したことだったらしいのだけど。


「だから、もう私は『ヴノ』なんだって何度言えば分かるんだ!」

「でも血筋は争えません!」


 マルさんに威嚇されている私は2人から少し離れたところに座っていて、それまでの詳しいやりとりは分からない。

 けれど、なんだか『ヴノ』という家名になったことが、オルトさんには凄く重要みたいだった。

 そして、家名が変わろうとも血筋は変わらないのだから……というマルさんの言い分。

 どうあっても2人の話は平行線だ。


「どうして理解してくれないんだ! 私は変わったんだって。マルがそんなんなら、一緒になんかいられない!!」


 最後にそう叫んで、オルトさんは途中だった食事を片付けるべく、食堂を出て行ってしまった。

 マルさんはオルトさんを追いかけようとしたけれど、オルトさんの背中から発せられる「近寄るな」オーラに怖じ気づき、結局は席に座り込んでしまった。


 言い争いの一因になったピュールさんも青ざめて固まってしまっている。


 ご隠居様が「今のはマルが一番悪い。けど、オルトもまだまだ子どもだねぇ」と言って、深いため息をついた。

 そのため息を合図にしたように、みんなゆるゆると動き始め、気まずい雰囲気のまま食事を再開したのだった。




 ☆ ☆ ☆




 あれからオルトさんが引きこもっている。部屋から出てこない。


 マルさんやご隠居様が声をかけても、所長さんが声をかけても返事もしない。

 ピュールさんも気にして声をかけているけど、オルトさんの反応はない。

 ただ時折、部屋の中から物音が聞こえて、中にいる気配はする。

 マルさんはしばらくオルトさんの部屋の前で座り込んでいたけれど、ご隠居様に説得されて、ご隠居様の側で作業を見学するようになった。……とは言え、オルトさんのことが気がかりで全然集中できない様子だった。


 新人同士でいつも一緒に行動することが多かった私も、オルトさんのことが気がかりだった。

 お腹を空かせていないだろうか。

 昨夜の食事は途中だった。それからオルトさんはずっと部屋の中。何も食べていないと思う。


 夕方、気になって、夕食準備の前にサンドイッチを持っていった。パンは昼食の残りで、具材は冷蔵庫のあり合わせでハムやチーズ、ニンジンの細切りやレタスなどだ。それから食べやすいように、黄身まで固めに焼いた目玉焼きも。ロールパンの切り口にからしマヨネーズを塗って、小さめのパンだったから具材を少し変えて2個作った……少しでもお腹の足しになればいいな。


「オルトさん、いますか? 部屋の前にサンドイッチを置いておきますので、食べられるようなら食べて下さい」


 ノックしてから声をかけた。

 耐水魔法をかけた紙でくるんだサンドイッチを皿の上に載せ、弱く保冷の水魔法をかけてからドアのそばに置いてその場を離れる。


 食べてくれると良いな……そう思いながら夕食準備に入った。


 その日は結局、私1人で食事準備をした。やっぱりオルトさんが抜けた穴は小さくない気がする。

 明日は出てきてくれるかな……。




 けれど、翌朝になってもオルトさんは部屋から出てこなかった。

 部屋の前に置いておいたサンドイッチが昨日のうちになくなっていたから、「食べてくれたんだ……」とちょっぴり安心してはいる。

 オルトさん、意地になってて出るに出られなくなったのかも。できたら今日も何か簡単に食べられるものを作って、後で持ってこよう。




 ドアの前の食べ物は声をかけて置いておけばなくなるものの、オルトさんが部屋から出てくる気配は全然なかった。

 今日で4日目。


 業を煮やしたらしい「お父様」が現れて、強攻策に出ると言った。


「働かないものをいつまでも研究所(ここ)に置いておくわけにもいかん」


 そう言って、私の部屋を使わせて欲しいと頼み込まれた。私の部屋から壁に穴を開けて、オルトさんの部屋に乗り込むと言う。


 どうしてマルさんの部屋を使わないかというと、マルさんの側からだとオルトさんのベッドがあって本人がそこに寝転がっていたら危険だし、部屋に踏み込むのにベッドが邪魔なんだという。

 ……なんで入ったこともないくせに配置知ってるわけ? こっそり隠密が隠れてる???


 私が黙り込んでいるのを不安がっていると思ったのか、「お父様」が言葉を重ねる。


「大丈夫。土魔法でちょちょっと穴を開けてオルトを引きずり出したら、土魔法でちゃちゃっと元に戻すだけだから。あっという間だし我慢してくれ」


 「ちょちょっと」で「ちゃちゃっと」で「だけ」で「あっという間」ですか……。壁に穴を開けるのがそんな表現で済まされるなんて……!


 誰が土魔法を使うのかと問えば強面騎士のニクス様だとのこと。

 珍しい。男の人なのに土属性なんだ。

 土属性は女の人が多い。ごく稀に男性もいることはいる。そういう稀な人は強力な魔法が使えるって聞くけど、見るのは初めてだ。


「少々失礼する」


 ニクス様がそう言って私の部屋に入ってきたかと思うと、壁に手を当てて魔力を練り上げる。


「壊れろ!」


 気合い一発、壁に大きな穴が開いた。粉々になった壁材の煙が立ちこめる中、間を置かずにニクス様が穴からオルトさんの部屋に飛び込み、オルトさんを引きずり出してきた。


研究所(ここ)に寝泊まりする限りは、ちゃんと働け」


 突然のことで呆然としているオルトさんに「お父様」が言い放った。


「マル、お前の母さんが迎えに来ているから、一度帰りなさい。何が悪いか分からないままオルトの側にいたのでは、また同じことを繰り返すだけだろう。……後は任せた。コレを送ったらまた来る」


 ニクス様に後を任せ、マルさんを連れて「お父様」は立ち去って行く。「お父様」の護衛として、あまり見たことがない騎士様がついて行った。


 「お父様」を見送ったあと、ニクス様は私の部屋の壁を直すと言って、私の部屋のカーテンを閉めて薄暗くする。

 何をするのだろうと見ていると、土魔法の一つで穴をふさぐというものがあるのだという。光が漏れているところに反応して、そこに土や石などの壁材を集めてふさぐ魔法なのだそうだ。それで私の部屋を暗くし、オルトさんの部屋から光が漏れるようにしたらしい。


 ……いやいやいや。光が漏れるとかってレベルじゃない大穴ですけどね?


 心の中でツッコんでいると、ニクス様の土魔法が発動してみるみるうちに穴をふさいでいった。よく見ると、周りに飛び散った壁材のかけらや粉を集めて修復しているようだ。

 だんだん穴がふさがって最後は細い線くらいになった「光が漏れる穴」に粉々の壁材が集まり、そして元通りの壁になった。


 本来は建物の壁などに魔法を使うと良くないらしい。時間が経ってから魔法の効き目が悪くなるのか、脆くなることがあるのだそうだ。今回は壁の一部分だから、建物の強度的には問題ないだろうとニクス様は言い放った。

 いやいやいや! もし壁が脆くなって崩れて穴が空いたらどうしてくれるんですかッ!? オルトさんの部屋とつながっちゃってプライベート無しになっちゃいますって!!

 自分の魔法は強固だから大丈夫……と根拠のない良い笑顔で言い切るニクス様に殺意を覚えました。


 それからぶっちゃけた話、私の部屋は壁紙を貼ってなくて、代わりに私の母さんが作った大きなタペストリーを掛けていたのも、実は幸いしていたらしい。壁紙があったら土魔法だけではダメだったろうと、全部終わってから告げられた。

 ちなみに、壁紙があった場合は、繊細な火魔法が使える魔術師様に壁紙だけを焼いてもらう予定だったとか。私の部屋を見て、魔術師様を呼ぶのはやめたらしいけど。……「お父様」、本当に強攻策だったんですね……遠い目。

 ……っていうか、オルトさんの部屋も壁紙がないって知ってるとか、本気で研究所に「お父様」の隠密か何かが潜んでるとしか思えない。




 私の部屋が元通りになり、「お父様」の元へ行くというニクス様を見送ってから、自室に鍵をかけて所長さん達の元へ行った。

 所長さん達は研究所内の食堂にいた。

 みんな、入り口から遠い一番奥の隅っこのテーブルにいる。

 メンバーはご隠居様、所長さん、オルトさん、それに新人担当のハルスさん、それから私。


 オルトさんはバツが悪いのか、そっぽを向いていた。


「オルト、自分の何が悪かったのか、分かっているのかい?」


 ご隠居様が厳しい声で問いただす。


「……マルに私の現状を正しく認識させられなかったこと。『ヴノ』の家名の意味と重みをマルに分からせられなかったこと。上手くやれない自分に苛立って、マルに八つ当たりして、引きこもって、たくさんの人に迷惑と心配をかけたこと。……それから、無断欠勤をしたこと。食事係をサボったこと」


 問いただされたオルトさんは俯きがちになりながら、自分が悪かったと思うことをご隠居様に告げていった。


「そうだね。マルに問題がなかったわけじゃない。けれど、オルトだってマルに話をする時間はたくさんあったはずで、そのどこかでマルに少しでも理解させられていたなら、なんとか折り合いがついたかもしれない。……そうだろう?」


 ……うーん、話はそんなに簡単じゃないと思うけどなぁ。あの人(マルさん)、人の話を聞かないというか、自分に都合の良いところしか聞こえないというか、そういう人だから。

 でも、確かにご隠居様の言う通り、マルさんにどれだけ真剣に伝えようとしたかってことは重要だと思う。


 でも「ヴノ」という家名がどうだって言うんだろう?? 私にはそこがよく分からない。

 お貴族様の間では常識的な話なんだろうか?


「マルは母親(いもうと)に預けてきたよ」


 不意に「お父様」とニクス様が現れた。


「アレには少し、家の方でも教育が必要だと思うからね」


 私はみなさんにお茶を配ろうと席を立つ。私が一番年下で下っ端のペーペーですからね、雑用は何でもこなしますよ。


 この厨房で一番の古株であろう大きな薬缶にお湯を沸かす。なんたってこの薬缶は「湯沸かし室」だった頃から存在した長老だもんね~。なんてことを考えているとすぐにお湯が沸いた。

 精神を鎮める効果があるハーブを選び、お茶を人数分入れて運ぶ。


「迷惑をかけたね……」


 お茶のカップを「お父様」の前に置いたタイミングで声をかけられる。

 座ったままだったけれど、「お父様」が私に頭を下げたので驚いた。


「いえ、大丈夫です。……さすがに壁は驚きましたけど」


 雲上人が平民に頭を下げるなんて、い~や~~!!! 恐れ多いってか恐れ多すぎ!!!


「オルトの父、そして、マルの伯父として、謝罪する。この子達が迷惑をかけてしまって、本当に申し訳ない」

「……」


 え、えっと、こんな身分の高い方の謝罪になんて返せば???

 脳内がパニックに陥っている。


「……子どものケンカに親が出る」


 つい思いついた言葉が口から出て、そう呟いてしまったらご隠居様が豪快に笑った。


「はーっはっはっは! 私の祖母がよく使っていた言葉だ! クックックックックッ……懐かしい。……ジーク、謝罪は本人達にさせるべきだと、メランが言ってるよ」

「……そうですか。確かに子どものケンカに……いやケンカでもないんだが……親がしゃしゃり出るのは、おかしなことかもしれません」


 えーっと、「ジーク」って誰のこと? もしかして「お父様」???

 混乱しきりの私を置いて、「お父様」がオルトさんに言う。


「ほら、オルト。きちんと自分で謝りなさい」

「……無断で食事係を休んで迷惑かけて申し訳なかった。ごめん。それから差し入れ、助かった。本当にありがとう」


 「お父様」の言葉にオルトさんが立ち上がり、体が直角になるほど頭を下げた。


「いいえ、オルトさんがいなくてちょっと大変だったけど、数日のことだったからなんとかなったし、大丈夫です。……でも、もう休まないでくれると助かります」


 私は混乱がおさまりきらない頭で、ようやくそれだけ返事をした。


「マルはきちんと反省させて、後日、必ず謝罪させるので、今はコイツだけで勘弁してくれ」


 「お父様」がそう言ってまた頭を下げるので、私はまた慌てて混乱しつつ「大丈夫です~!」と叫ぶことになった。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明日、朝5時に更新いたします。

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