24.ひな鳥かっ!?
風と闇の複合魔法陣を通話の時だけ一時的に「対」にする方法が一向に見つからないまま、7月の下旬になった。
繋げたい番号の入力が可能で、書いた番号を消せる方法……。
進展しない開発に、じりじりと焦りが出始める。
ちなみにこの前、ハルスさんとオルトさんと私の3人で、入力Aから出力Cに繋げた状態で入力Bからも繋がるか……という実験をしたら、見事に繋がった。
いや、これは、ちゃんとしないと間違いなく混線の問題が出てくるでしょ……。
問題を増やしてしまった実験に、ちょっと頭の痛みが強くなった気がした。
☆ ☆ ☆
さて、魔術学校がそろそろ休みに入ったかな……という時期の昼下がり。
「兄様っ! お久しぶりです! 会いたかったー!」
それは突然やってきた。
あ、だいぶ前に言われてたから、一応「突然」ではないのか。
それにしても研究所にいる人はみんな、男でも女でもないって分かってるだろうに「兄様」って……。
「海、久しぶりだね。……うれしいのは分かるけど、急に飛びつくのはやめなさい。修理している魔道具が壊れたら困るから」
オルトさんに飛びついたまま離れようとしないその人は、思った通りオルトさんのいとこさんだった。
髪の毛はオルトさんのお父様のような色の金髪だから、目がきっと海のような色なんだろう。オルトさんにくっついたままだから、目の色も顔立ちが似ているかも確かめようもないが。
オルトさんが渋面になっている。自分が修理中だったオーブントースターのような魔道具を、体を捻ってマルさんから遠いところへ動かそうと奮闘しているが、なかなか上手く行かない。マルさんがひっついたままでは動きづらいだろう。
オルトさんより頭半分小さいのかな? マルさんは私と同じくらいの背格好みたい。今はオルトさんの肩に顔を埋めてるからよく分からないけれど。
どっちつかずで無属性な人というのは、だいたい前世で言う中2くらいで成長が止まる。それ以上の年齢で変化する人は稀だから、そこが無属性な人の成長の限界ってことなのかもしれない。
ハルスさんは私より頭一つ分背が高くて、どっちつかずの中では大きい方だと言える。ちなみに、オルトさんはハルスさんより頭半分くらい背が低くくて、どっちつかずの標準サイズって感じ。……えぇ、私は小さい方ですとも。
男でも女でもないので、声変わりもしないし胸も膨らまないしヒゲも生えないし更にすね毛も薄い。
私くらいの背だと変化前のお子様でも通じるから、市場などでお子様と勘違いされたら、そのまま「お使いに来てます」って感じで誤魔化してる。
「おや、来たのかい? それにしては挨拶がないようだね」
厳かな声がして、マルさんがビクッと肩を跳ねさせてオルトさんから離れ、ビシッと直立不動になる。あ、目は晴れた日の海のような青だ。顔立ちはクールビューティー系。
「ご隠居様、お元気そうで何よりです。ペンタ・オクトス、15歳になりました。しばらくお世話になります」
「……所長にも挨拶したかい?」
「まだです」
「それはいけない。早く済ませないと失礼だよ。本来なら私などより先に所長の方へ挨拶するべきだったんだから」
「はい」
マルさんはご隠居様には逆らえないようで、素直に返事をして所長さんのところへ連れて行かれた。
「……『兄様』って?」
私が気になっていたことをツッコむと、オルトさんは苦虫を噛み潰したような顔になった。
「前に、昔は男になるって言い張ってたって話したよね?」
そういえば言ってましたね、前に。
「……あぁ、それで『兄様』って呼ばせてたんですか」
「……そう」
あのときも思ったけど、そりゃ本当に「黒歴史」ですな。
しばらくお調子者のピュールさんあたりからいじられること間違いなしですよ!
マルさんが所長さんに挨拶した後、所員に召集がかかって、所員のみんなにマルさんが紹介された。ここには2週間ほど滞在するらしい。見学者という立場だけれど、所員と同じように扱っていいと所長さんは言った。
紹介の後、マルさんはオルトさんにくっついて、修理の様子を見たり記録の書き方を眺めたりして、あれこれと興味深そうにオルトさんを質問攻めにしていた。
夕方、夕食準備の時間になったので、オルトさんに声をかけて厨房へ向かう。
「兄様、どちらへ行かれるのですか?」
オルトさんが移動し始めたので、マルさんもくっついてこようとする。まるで親鳥にくっついて歩くひな鳥のようだ。
「マルはご隠居様のところで作業の見学の続きをしておいで。私は『特殊任務』で関係者以外立ち入り禁止のところに行くから」
『特殊任務』って……。まあ、普通の所員さんはしないから、特殊と言えばそうなんだけどね。
「ご隠居様は恐れ多くて、質問もしにくいですし、なかなか近寄りがたいです……」
そう言って、オルトさんの服の裾をつかむマルさん。
うん、誰でもご隠居様には緊張するよね。
「『特殊任務』は危険だから、マルは連れて行けないよ」
「そちらの方は行かれるのでしょう?」
え? 私ですか? 私がメインの『任務』だから、仕方ないと思うよ。
「この『特殊任務』はメランがメインの任務だからね」
オルトさんはそう言ってマルさんを諭すのだけど、ぷうっと頬を膨らませるだけでオルトさんの服を放そうとしない。……クールビューティーの拗ねた態度なんて、正直可愛いとは思いますけど、今は時間が惜しいのです。
厨房に入れてもいいけど、まず間違いなく邪魔になるんだろうな~と思う。あれは何、これは何、それは何をしているのか、何ができるのか、私もやってみたい、とか……容易く想像できる。
「オルトさん、私1人でもなんとかなりますから……」
「しかし……」
「まだお部屋には案内されてないんでしょう? 使い方などもお教えするべきかと思いますので……」
ええ、たぶんですが、マルさんはオルトさん並みの「箱入り」さんだと推察されますので、お掃除の仕方など、しっかり指導して下さいませ?
言外に含ませると、私の「目が笑ってない笑顔」が怖かったらしく、オルトさんは神妙な顔で頷いていた。
「わ、分かった」
マルさんは自分の部屋に案内してもらうと聞いて、うれしそうにオルトさんにくっついていった。
……はぁ~、あの子の相手、面倒くさいな。まぁ、見てるだけの私より、実際に接するオルトさんの方が何倍も大変なんだろうけど。
その日の夕飯は予定を少し変更してカレーライスにした。デザートはちょっと前の休日に作り置きしたバニラのアイスクリーム・イチゴのジャム添え。ジャムも自家製ですよん。マルさんの歓迎をするなら、このメニューって決めてたから、今週の献立はいつそうなってもいいように対応可能にしておいたのだ。
だってさー夏休みの合宿(見学だけど)と言えば、初日はカレーだよね? 前世の記憶のおかげか、私の中ではそういうイメージができあがってしまっている。
サラダだけはその日に予定していたニンジンとキャベツのサラダ。……ただスプーンでも掬いやすいように、全部をみじん切りにしたけど。あと、さっぱりするようにピクルスも加えてみた。
オルトさんの隣に陣取って、初めて見る料理に目を丸くしていたマルさんは、周りのみんなが食べる様子を見て、恐る恐るカレーを口に入れる。
その後はすごい勢いで食べていたので、お味はお気に召したらしい。サラダもアイスクリームもペロッと平らげていた。
「うん、やはり研究所で食べるカレーは最高だな」
あ、やはりいらっしゃいましたか自称「お父様」。……匂いにつられたのか、マルさんが来たせいか、やはり予想に違わず現れましたね。横では強面騎士様も普通にカレーを食べてるし。いや、きっと甘党の騎士様の一番の目的はアイスクリームに違いない。
「伯父様っ!」
「マル、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「はい、伯父様も」
カレーを食べる手も止めず、マルさんと挨拶を交わす「お父様」。
この「お父様」のおかげで国王様までカレーがお気に入りになったり、王城の食堂でもカレーが好評だったりしてるとか……。そのうち、王都のお店でもカレーを出す店が出てきそうで、私の何気ない行動がどこまで波紋を呼ぶのか、考えただけで戦慄してしまう。
「ここには2週間ほどだそうだね。私もこのように、たまには食事に来るから、また話そう」
「はい! 楽しみにしております」
「……アイスクリームにジャムもいいものだな。また来る」
そう言って、「お父様」は去っていった。
夕食後の片付けと朝食の仕込みも私一人でやった。
私一人で大丈夫と言ったらオルトさんは渋っていたが、マルさんを浴場へ案内して洗濯の仕方などお教えしてあげて下さいとお願いしたら、何かに思い至ったのか仕方なさそうに頷いていた。
一日の作業を終え、自室から着替えを入れた袋とお風呂セットを持って浴場へ行くと、オルトさんとマルさんが洗濯機か乾燥機が終わるのを待っているらしく、脱衣場のベンチで話し込んでいた。
一瞬、自室のシャワーで簡単に済ませようかと思ったけど、広い湯船で手足を伸ばす気持ちよさには勝てなかった。
「お疲れ様です」
「あ、メラン、お疲れ様。今日はありがとう」
「……」
オルトさんは疲れたように微笑んだ。マルさんはガン無視ですか、そうですか。
まぁ、お貴族様の態度なんてそんなもんだろうと思って、私は気にせず服を脱いでいく。
「マル、所員のみんなとも挨拶や話をしないとダメだよ」
私をガン無視したマルさんを窘めようとするオルトさんに、マルさんは頑なだ。
「私は兄様だけいれば良いのです」
そう言って、オルトさんの腕を抱きしめるマルさん。
「そんなことを言う子は、研究所にはいられないよ?」
オルトさんと一緒にいられないのは嫌なのか、フルフルと首を振り、私の方をキッと睨んでいかにも嫌そうに「お疲れ様ですッ」と言い放つマルさん。
「はい、お疲れ様です」
一応、返事をしておく。……嫌なら無理しなくていいですよ? 私はしがない平民ですもん、なんてことを思いつつ、広い湯船に浸かるため、脱衣場を後にした。
湯船には既にハルスさんが浸かっていた。私もササッと体を洗って湯船に浸かる。
「ハルスさん、お疲れ様です」
「あぁ、メラン、お疲れ様。……今日は大変だったんじゃない?」
「……オルトさんほどじゃないですよ」
穏やかな笑みを浮かべるハルスさんに、なんとか笑ってみせる。
「……なんというか、執着が凄いみたいですね~」
「メランはオルトと仲が良いから、妬かれちゃうんだろうね」
2人で脱衣場の方を気にして声を潜める。弱い風魔法で、声の拡散を防ぐことも忘れない。
「そんなに仲が良いつもりはないんですけど……」
「新人同士で気安いし、食事の準備で一緒に動くし、周りから見ると仲が良いように見えるよ」
えー、そんなにオルトさんと仲よさそうに見えるか? そして、マルさんって私にだけあんな感じなの? ハルスさんや他の人には普通なのかしら。
「それだけであんなツンケンされちゃ、かないませんよ~」
ホント、勘弁して欲しい。
「マルは末っ子らしいから、甘やかされて我が儘なんだろうね」
「はぁ……」
「オルトも末っ子だから、いとこの中に自分より小さい子どもがいるのはうれしかったようで、けっこうかまい倒してたらしいし」
「……それで『兄様』」
「ふふふ。そんな風に呼ばれたかったんだろうね」
ハルスさんがちょっと悪戯っぽく笑う。自分より下の兄弟ができたようでオルトさんはうれしかったんだろうな~と想像して微笑ましく思う。
だからといって、嫉妬されて巻き込まれるなんてごめんですが。
翌朝、朝食の準備にはオルトさんが現れて、昨日はごめんと謝罪された。
マルさんはまだ寝ているそうで、これ幸いと放置してきたらしい。
いつものように朝食準備をしていると、2階に上がる階段の方から騒がしい声が聞こえてきた。
「兄様っ! いないのですか!?」
あー、やっぱりね。
「マルさんが起きて、オルトさんを探しているみたいですね。……行ってあげて下さい。ここはあと少しですし、大丈夫ですから」
「……申し訳ない」
少しだけ躊躇したオルトさんも、あまりに騒がしいマルさんの声に観念したようだ。三角巾とエプロンをはずしながら厨房を出て行った。
はぁ……。今日もオルトさんはあの子のお守りだろうし、今朝のオルトさんの髪結いは、無いな……。
なんだかマルさんに手がかかりすぎて面白くない気分の私は、髪結いができなくてオルトさんが困ると思うと、ちょっぴり「いい気味だ」と思わずにいられないのだった。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。
オルトの「黒歴史」が登場しました。
男になるか女になるか分からんのに『兄様』呼びとか……(笑)




