22.複合魔法陣
例の複合魔法陣だけれど、私が闇の魔法陣に慣れていないせいか、解析に時間がかかった。
だって、火とか水とか風とか土とか、そういう魔法陣の方が生活に密着してるというか、使い勝手が良いんだもん。
解析して分かったことは、どうもコレは悪戯好きの人が考えたもののようだってこと。
離れたところから声だけを転移させて、友人を驚かすためだけに開発したらしい……。能力の無駄遣いって気がするけど、どうなんだろう? 思わず遠くを見る目になったよ。
これを電話のようなもの───通話器と呼ぶことにする───に応用するには、どうしたら良いか。
この複合魔法陣を解析していく中で、離れた場所を指定するのに魔法陣の中に距離を表す文様があることに気づいた。それから音は空気を震わせているわけだから、風魔法でそれを吸収し、闇魔法で転移させるのだ。方向については、魔法陣の向きで決まるようだった。
魔法陣を口の前にかざして何か言えば、吸収した声を魔法陣の裏側が向いている方向、指定された距離のところまで転移させる。
一応補足しておくと、こういう場合は特殊な紙に魔法陣を書いて自分の魔力を流して起動させるっていうのが定番。学校でもよく授業でやらされたもんです。魔法陣用の特殊な紙が、前世で言うレポート用紙みたいな形で売られてるの。
それとペンも特殊なヤツ。魔道具に使う特殊顔料ほどではないけれど、魔力を通しやすい特殊インクが使われているのだ。
で、この複合魔法陣の使い勝手はどうなのか、オルトさんに離れた場所に立ってもらって検証しちゃったよ。オルトさんは「面白いなー」って笑ってましたけどね。
とは言え、朝から晩まで複合魔法陣にかまっている場合ではないので、私はその日の通常の修理業務を手早く終わらせて、複合魔法陣の改良に充てる時間ができるよう努力した。
☆ ☆ ☆
私が作りたい通話器を考えたとき、基本的な動作はこの複合魔法陣で良いと思う。ただ離れた場所っていう漠然とした転移じゃ、私の目指す通話器にはほど遠い。
王都から各地への転移魔法陣みたいに、コレと対になる魔法陣を作って、そこに声を転移させるようにすればいいのかな~。
今度は普通の転移魔法陣について調べてみる。
王都にあるものと、国境付近の街に配されている魔法陣は、やはり対になっているらしい。
ただし一対一の対応だ。しかも一方通行。
私が作りたい通話器は一対一の対応では困るのよね。
やっぱり番号を入力したら、そこに繋がるタイプでないと……。特定のところにしか繋がらない、直通の通話器しか作れないとなると、知り合いの分だけ通話器が要ることになるもの。
それに一方通行というのも困る。
ちなみに王都から国境付近の街へ転移する魔法陣と、国境近くの街から王都へ転移する魔法陣は別なんだって。
魔法陣Aで王都から国境付近の街へ転移するとすれば、国境付近の街から王都へ転移すると魔法陣Aには出てこないで、魔法陣Bに出てくるみたいな感じ。
出力は出力だけ、入力は入力だけみたいなのだ。
一方通行じゃ、会話が成り立ちませんがな!!
はぁ~、何から手をつけたらいいんだろ。
頭がこんがらがってきたよー!
こういうときは料理で発散! 私の中のおばちゃん魂が「無心になって、ただひたすら料理しろ」と訴えている。
無言でどんどこ野菜を切り、無心にどんどこ炒めて、どんどこ煮る。
本日のメニューはカレーライス!!
そうなの! とうとうやったのよ、私!!!
白飯を炊いて、夏野菜のカレーを煮込んで。フルーツサラダも用意!
福神漬けとかラッキョウがないのが残念。
福神漬けは前世でも作ったことなくて、ただ巨大レシピサイトでレシピを検索して、どのレシピが作りやすいか見ただけで終わったからな~、自信ないんだよな~。ラッキョウの甘酢漬けは作ったことあるんだけどね。
よし、今度ラッキョウの甘酢漬けを作ろう! ラッキョウの皮むきした後は、2日くらい手からラッキョウの匂いが取れないけど!!
あ、また思考が脱線した……。
で、カレーだけど、基本スパイス3種とその他プラスアルファのスパイスやショウガとニンニク・唐辛子を駆使して風味をつけ、出汁とか塩なんかで味をととのえ、バターで炒めた小麦粉をスープでのばしつつ、カレーにとろみをつけたの!
オルトさんには炊飯とフルーツサラダ(ヨーグルト和え)を担当してもらったわ。
もう、ストレス発散中の私には構わないでねオーラを出しちゃったわよ。
はー、作った作った。カレーの匂いだけでも良い感じ。私の中のおばちゃんも納得して鎮まった。
少しストレスが解消されたので「構わないでねオーラ」を消して、オルトさんに味見をしてもらう。もちろん、自分もちょこっと味見。
うん、上手くできたと思う。
オルトさんも「これは少し辛いけど美味しいな!」と目を丸くしている。
6月中旬。だんだん暑くなってきた今の時期に、汗をかきながらカレーを食べるのは最高よねー!!!
特に白飯との相性は抜群です。
スパイスなんて漢方薬にも使われるものが殆どだし、体に良いこと間違いなし。
あ、ちなみにこの国に梅雨はありません。夏も湿度が低めで、気温が高くなっても少し過ごしやすいのが良いところだと思う。
所員のみなさんはカレーの見た目にちょっと驚いてたけど、前にカレースープを出したからか抵抗なく食べてくれた。
「街でも見たことがない料理だ~。珍しいね。しかも香りが素晴らしく良い」
「少し辛いけど美味しい。おかわりしたい」
なかなか好評で安心した。
「うん。匂いにつられて来てみたけど、正解だったな」
……出たな自称「お父様」。強面の甘党騎士様もスイーツだけじゃなく、カレーも食べるんですね。
本当に神出鬼没だな~、この人。研究所に何かセンサーみたいな魔法陣でも密かに設置してそうな気がする。
「これのレシピが欲しい」
またですか。
「これからの季節にぴったりの料理じゃないか」
あー、まぁ、辛いものを食べて汗をかいて体温を下げるので、夏にはぴったりですよ。
そういえば、この前のアイスクリームは、結局レシピを書いただけじゃ伝わりきらないところがあったので、後日、研究所の厨房に来てもらって実地で教えることにした。
……ふふふ。無茶ぶりとご褒美で揺れる騎士様なんてシチュエーションはなくなるだろうけど、この「お父様」が無茶振りできなくて困る様子もまた一興。
いえ、騎士様にお教えするのが嫌なら、「お父様」にお教えしてもいいんですよ?
「お父様」にお教えして、騎士様が困るのか。
騎士様にお教えして、「お父様」が困るのか。
ふふふふふ(広がる妄想)。
結局、次の太陽の日に騎士様が研究所に来て、私からアイスクリームの作り方を教わるってことで話がついた。そのとき、ついでにカレーのレシピもお教えすることにする。
「お父様」は休日もとれないくらいお忙しいらしい。その日は変わりの護衛の騎士様がつくから、強面騎士様───ガイナス・ニクス様というそうです───が抜けても大丈夫なんだって。
夕飯後、片付けをしていたとき、通話器に2つの魔法陣をつければ良いんだと思い至った。
こういう関係ない作業をしてるときって、スルッとアイディアが浮かんだりするよね。
発信の魔法陣と受信の魔法陣。口のところに声を吸収して発信する魔法陣(入力)、耳のところに受信して声を出す魔法陣(出力)をつければいいんだー!
あとは番号を入力したら、相手の魔法陣につながるって仕組みを考えなきゃ!
自分の思いつきに感動していたら、オルトさんが話しかけてきた。
「あの声を転移する魔法陣だけど、私もあれを使って魔道具を考えていい?」
「へ? いいですけど、どんなのを考えてるんです?」
……いいんだけど、私の通話器と被ったらまずいので、どんな方向性で考えてるのか聞いてみた。
「火事や川の氾濫とか、何か災害があったときに、街にいるみんなに避難しろって連絡できるような、広く声を拡散できるような、そんな魔道具かな」
あー、防災無線とかスピーカーとか、そんな感じですか~。今は火の見櫓的なところで半鐘を鳴らすだけだから、何が起こったのか分かりづらいですもんね。
なんか考えることが私と違って「グローバル」って感じです。やっぱり上級貴族は領民とか国民のことを考えるものなのね。見直したわ、オルトさん。
「私の考えてるものとは方向性が随分違いますね~。領民とか国民のことを考えて魔道具を思いつくとか、やっぱりさすがって気がします」
なんとなく「お貴族様」という言葉は避ける。王城の食堂で陰口をたたいたり、何もしてないのに存在するだけで人を罵ったりする、そういう人たちとオルトさんを一括りにするのは気が引けたから。
「メランはどんなのを考えてるの?」
「糸が要らない糸電話みたいなものですかね~」
私がそう言ったら、この世界に糸電話ってものはなかったのか、オルトさんが知らなかっただけなのか、「糸電話ってどんなもの?」と聞かれたので、糸電話を作ってみせることになった。
紙コップが研究所になかった(この世界にはあるんだけど!)ので、紙で筒を作り底の部分に紙を貼り付け、底の真ん中に穴を開けて糸を通し、研究所の前で拾った小枝を糸の先にくくりつけた。同じものを糸の反対側にも作り、片方をオルトさんに持ってもらう。
缶でも代用できたかもしれないけど、この世界って魔道具や魔法なんかで食材を保存できちゃうから、缶詰ってものがないのよね~。サバ味噌缶やツナ缶が懐かしいです。……遠い目。
「本当は紙コップで作ると丈夫で良いんです。これは即席で作ったので、ちょっと強度が足りないから気をつけて下さいね」
「分かった」
「で、コレを糸がピンと張るようにして、筒に耳をあてて下さい」
オルトさんが指示通りにするのを待って、自分が持っている方の筒に口をあてて「聞こえますか?」と言う。聞こえたのだろうオルトさんがビクッと肩を揺らし、私の方を見た。
「こんなに遠いのに、耳元で話しているようだった」
遠くから大きな声で興奮したオルトさんが言う。
「オルトさんも話してみて下さい」
私が耳をあてるとオルトさんの「これは面白いね」という声が聞こえた。
「糸がたるんでると声が聞こえないんですよ」
と言ったら、それも試しにやらされた。
その後も糸をピンと張って何度かやりとりを繰り返し、満足したオルトさんに糸電話を進呈したらこっちが引くくらい喜ばれた。
「で、これの糸がないヤツを作りたいんですよ」
と私が言えば、想像できなかったのか
「糸がなかったら音が届かないじゃないか」
とオルトさんが言って、すぐに
「それであの複合魔法陣なんだね」
と気がついたようだ。
「メランの発想は面白い。私の予想もつかないものができそうだ。……けど、難しそうだね」
「はい。覚悟はしてます」
うん、難しいだろうけど、でもいいの。これができたら、きっと懐かしい祖母ちゃんや家族の声が聞けるから。それを心の糧にして前進あるのみ!
「お互いに、新しい魔道具の開発、がんばりましょうね!」
私はオルトさんに負けないようにがんばろうと思った。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




