21.妄想はほどほどに
声だけを転移させるという風と闇の複合魔法陣を発見し、私は少し興奮していた。
前世で言うところの電話のようなものが作れるかもしれない……と思うとワクワクする。
こんな体では実家へ帰ることは叶わないが、電話のようなものがあれば祖母ちゃんや家族の声だけでも聞くことができるじゃないか。手紙では分からない、声の温度というべきもの。
……そう、電気などを使わない魔道具だし、「電話」って言えないなぁ~と思うと、「電話のようなもの」って言い方になっちゃうよね。
この際「通話器」とか「通信器」とでも言った方がいいのかもしれない。
あとは時間を見つけて、この魔法陣を使って電話のようなものを形にしなければ。
☆ ☆ ☆
さて、春に魔道具研究所に就職して、今は初夏と言っていい季節になっている。6月に入って、たまにすごく暑い日があるし、もう夏なんじゃないかと思ったりする。
そういえば、いつの間にか春が過ぎ去っていた。学校を卒業する頃とか就職したばかりの頃なんて怒濤のように過ぎ去って、季節を愛でる余裕もなかったんだな~ってしみじみ思っているところ。
「オルトさん、髪の毛伸びましたね~」
夕食後の片付けや朝食の下ごしらえが終わって一度部屋に戻り、お風呂セットを持って浴場に来たらオルトさんがいた。
広い湯船でのびのびと手足を伸ばし、一日の疲れをリセット。今は湯上がりにドライヤーで髪の毛を乾かし、私は寝ている間に髪の毛が絡まないよう三つ編み中。髪の毛は背中の半ばくらいまでの長さだ。
研究所に来たばかりの頃はショートカットで珍しいなって思ったオルトさんの髪の毛も、今は割りと伸びてきていて、耳の辺りが鬱陶しいのかしきりに掻き上げている。
「うん。研究所のみんなが長くしてるからなんとなく伸ばしたけど、ちょっと耳にかかって鬱陶しいかな……」
えーっと、前世ではダンナの髪を切ってたから私が切ってあげても良いんだけど、でもそれってどうなのかなって思って口に出すのは思い止まった。「私が切ってあげましょうか」って言うより、オルトさんが切りたいかどうか、ちゃんと聞いた方が良いのかなって感じたから。
「切りたいですか?」
「……どうだろう? 昔は『兄上達のように男になるっ!』って言い張って短くしてたんだけど、今はそんな拘りも、どうでも良くなった気がする」
うん、男になるって言い張るとか、ある意味「黒歴史」ですね、それ。
絵本の『赤髪のペンタ』みたいになったらどうするつもりだったんですか? と心の中でツッコむ。
「括ってまとめたら、少しは良いかもしれませんよ」
「……試しにやってもらおうかな」
オルトさんの後ろに立ち、髪の毛をブラシで梳く。フワフワとしたゆるい巻き毛のような、天然パーマって感じの髪の毛。絡まりやすいかと思ったけど、そうでもなくて、なめらかな触り心地がとっても素敵。
耳の上の髪の毛が後ろで括れるくらいの長さではなかったので、一度ツインテールみたいに左右の耳の上で括り、そのあとハーフアップに近い感じで後ろでまとめて結い紐で括った。
この世界でまだ髪ゴムとか見たことないんだよな~、どっかにはあるのかな~、あれば便利なのにな~なんて思う今日この頃。
「こんな感じです。寝るときは邪魔でしょうから、解いて下さいね」
脱衣場の洗面台の鏡を覗き込み、鏡に映るオルトさんに話しかけた。
あー、天使様のような容姿を持つオルトさんなら、小さいツインテールのままでも可愛かったかもしれないなぁ~と妄想。
でもそれはそれで、頭を動かす度にツインテールが揺れて「邪魔!」って言いそうだからな~。
「これなら、少しは鬱陶しくないかも。……明日、朝起きたら、やってもらえないかな?」
あー、良いですけど、そのうち自分で覚えて欲しいな~、でもある程度長くならないと一人で括るのは大変かもな~と胸の内で独りごちる。
「じゃ、朝食準備のときは三角巾を被ってますから、朝食の片付けの後にしましょうか?」
「うん、それでお願い」
たまにだけど、こんな風にオルトさんやハルスさんと浴場で一緒になると、なんだかまったりした雰囲気になる。広々とした湯船が気持ち良いし、お互い気軽に話ができて、相談もできるし。まぁ、何というか同年代の友人って感じなのよね。私は平民で、相手はお貴族様だけど。
他の所員さんは普段はフードで隠してるのに浴場ではフードなんて被ってないから、なんというかあまりじろじろ見たら失礼かなって気がして落ち着かない。なんか、気を遣って目をそらしちゃうもん。
ピュールさんとリムネーさんは普段から顔を隠さないからそうでもないけど、どうしてもまったりにはならないのよね~。話題を選んでしまうと言うか。どうしても目上の人にはかしこまっちゃうのよ。
あと、ご隠居様と一緒になると、とっても緊張してしまってパパパッと烏の行水になっちゃうし……。
実はみなさん、洗濯機なんかを使うついでに浴場に来るので、思いのほか頻繁に遭遇するのだ。
やっぱり、歳が近いって気安いというか、重要だよね~と思う私だった。
☆ ☆ ☆
翌朝、野菜スープにスパニッシュオムレツ、パン、ヨーグルトサラダ(デザートを兼ねる)の朝食を終え、片付けの後にオルトさんの髪の毛をいじっております。
触り心地良いな~と思いながら、昨夜と同じ髪型にまとめた。
「できましたよ~」
「うん。ありがとう」
手鏡を見て納得するオルトさんは良い笑顔だ。
うん、女の子同士で髪の結び合いしてる感じだったわ、今。……男でも女でもないけど。でも、なんか心はフワッと温かくなった。
さぁ、今日も元気に業務開始と参りましょうか!
そうそう、この前の保温ボックスはリムネーさん達の見本もすぐにできあがり、街中の工場で生産が開始された。すぐに新仕様バージョンが店に出され、スイッチが1つになった利便性とか水の魔法陣のスイッチ切り忘れ無しで魔石の節約もできるとか、そういう良さを強調してまぁまぁ売れてるらしい。
そんなわけで私にも少しだけど報酬が出たの! 貯めておいてもいいんだけど、ハルスさんにアドバイスをもらったり、見本品をリムネーさん達に作ってもらったりしたから、私だけの手柄って気がしないし、何かさり気なくお返ししたいな~なんて考えている。
そうだ、少し暑くなってきたし、アレを作ったら喜ばれるかも! よし、またもや休日に決行だー!!
その日はハルスさんと休日が重なり、なんとなく市場まで一緒に出かけた。
ハルスさんは部屋で飲むお茶の葉が欲しかったそうで、茶葉が売られている店に行ってみたら、なんと抹茶が売られていてテンション上がって買ってしまいました……。ハルスさんはお気に入りのハーブティーと紅茶を買って、そこでの買い物は無事に終了。
「あとはメランの買い物に付き合うよ」
と言って下さったので、そのままお付き合いいただく。
買ったのは生クリームと卵と砂糖。
やっぱり個人としてお返しするからには、研究所で買ってる食材には手をつけたくないので。
買い物を終えて帰ると昼近くになってたので、朝の野菜スープを温め直し、パンを添えてハルスさんと一緒に簡単な昼食を摂った。
早めの昼食を食べ終えてお茶を飲んでいたら、午前の作業を終えたオルトさんがすごい勢いでやってきて、なんだか慌てて昼食を食べ終える。
「メランは休日だから、これから何か作るんでしょ? 少しは手伝いたい」
ふて腐れたように言うオルトさんがツンデレで、ちょっぴり可愛かった。
「じゃ、これを泡立てて下さい」
卵と砂糖を入れたボウルを手渡して泡立ててもらう。その次は、生クリームと砂糖を入れたボウルだ。……砂糖は半量ずつ入れてある。
泡立てた2つをあわせ、バニラビーンズをちょこっと入れて混ぜ合わせる。ムラがないように、しかも泡をつぶさないように……というのが難しい。
「よし、後はこれを良く冷やせばできあがりです」
オルトさんは手伝ったことで満足したのか、修理作業へ戻っていった。
「随分、懐かれたね~」
ハルスさんが可笑しそうに言うので、ちょっとムッとした私は、また卵や砂糖や生クリームを出してハルスさんにも泡立て作業をやってもらう。さっきとほぼ同じだけどバニラビーンズを抹茶に変えたものを作った。
あとはフタができる容器に入れて、冷凍庫で冷やして完成だ!
なんとなく食堂でハルスさんと一緒に茶飲み話をしていたら、オルトさんが夕食準備に来たので、できたものを味見してもらう。
「冷たくて甘くて美味しい!」
「こっちの抹茶のは甘さ控えめな感じで、さっぱりしてるね」
ふふふ、アイスクリームですよん。この世界ではまだ見たことなかったの。
自分でも味見して、満足いくできだったので、今日の夕飯のデザートはこれに変更する。
ちょっと暑いくらいの日だったから、ちょうど良かったかも。
最近、食事の献立はオルトさんと2人で考えてて、1週間先までメニューが決まっているので、変更した分をどこかでフォローしないといけない。食材の発注も済んでるからね。
夕飯のデザートに予定していたバナナは、明日の昼にみなさんにお出しすることにした。
さて今日のメニューは、豚の生姜焼きとせん切りキャベツ、キノコと野菜の具だくさん味噌汁、ニンジンの細切りとピクルスを和えたサラダ、デザートはアイスクリーム2種。アイスクリームにはミントの葉を飾ってみた。
ところで、白飯を皿に盛ると「ライス」と言いたくなるのは何故でしょうね……?
あ、アイスクリームはさすがに溶けちゃうんで、弱い水魔法で各自保冷してもらった。……みんな弱い魔法が使えるって便利よね。
「冷た~い! これは初めて食べますね」
「緑の方がさっぱりして好きかな~」
「私は白い方が甘くて好きだ」
それぞれ思い思いに感想を言い合う。
「うん。ここに来ると、なかなか珍しいものが食べられていいな」
……出ましたね! イベントらしきものを察知して現れる自称「お父様」!!
あ、本当にオルトさんのお父様なんだけど、自分で「お父様」って言っちゃうから自称「お父様」なの。
強面の甘党騎士様も、うれしそうにアイスクリームを食べてます。
本当にどうやって珍しい料理作ったとか、オルトさんが勝負したとか、呼び名をもらったとか、いろいろ察知するんだろ?……もう好きにして、余分に作っておくから。
「あとでコレのレシピが欲しい」
「お父様」、アイスクリームがそんなに気に入りましたか?
「こいつに無理を言ったときの褒美として与えるのによさそうだ」
そんなことを言って騎士様の方を向く。
あ、何か無茶ぶりをするときのご褒美ってことですか???
……それは効きそうですね。無茶ぶりとアイスクリームの間で葛藤し、苦悩する強面騎士様とか生で見たいかも。
ハッ、妄想が暴走しそうだった。危ない危ない。
「メランを食事係にしたのは正解でしたね」
ご隠居様がアイスクリームを食べながら自分の判断を自画自賛している。
「私もメランから料理を習えてうれしい」
オルトさん、それもご隠居様のおかげですよね?
「うん、それも私がオルトを食事係補佐に任命したおかげだね」
ほらね?
「はいはい、感謝しておりますよ」
若干投げやりなオルトさん。
ふふふ。でも、オルトさんは研究所に来た当初よりずーっと雰囲気が柔らかくなったし、ここで良い影響を受けているんだろうな。
私もここに就職できて、心から良かったと思っている。
なんとなくな私の「お返し」も所員さんみんなを巻き込んだ形になっちゃったから自己満足でしかないんだけど、上手くいって良かった。
さぁ、明日もがんばろう。
明日こそ、思う存分あの複合魔法陣をいじくり回してやる~!
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。




