20.ちょっぴり新仕様
ラストまでの目処がついたので、これから毎日更新いたします。
よろしくお願いいたします。
先日、オルトさんのお父様のおかげで入手できた砂糖は、少しずつ大事に使わせてもらっている。
まぁ例の「お砂糖祭」でけっこう使っちゃったけど、でも、まだまだたくさん残っててうれしい。
今度、誰かの誕生日にケーキを焼くとかしてもいいのかもしれないなぁ……なんて考えると、ほんと顔がにやけてきちゃうよね~。
毎月、誰かしらの誕生日があると思うから、月初めにまとめてお誕生会的なことをするのも楽しいかも!
そうそう、プリンは街中で食べられるけど、お貴族様御用達のお店でしか見かけない。
そのせいか、お貴族様との接触を避けているここの所員の皆様は「久しぶりに食べた!」と感動していた。初めて食べたって人もいたくらいだから、この国ではまだ高級で珍しい食べ物なのかもしれない。
ケーキはお菓子屋さんでも買えるから、プリンでお誕生会もいいかもね~。
☆ ☆ ☆
さて、ご隠居様とオルトさんの賭けも無事に終わり、オルトさんの調理技術もある程度上がった。
ざっとその日に作るメニューを説明すれば、指示を出さなくてもある程度は自分から動けるようになったし。
本当に卵も割ったことなかった人が……あまりの感慨深さに私の中のおばちゃんが涙流してるわ~。
それはさておき、賭けまではオルトさんに料理を教えるために午後は調理に専念していたけど、あまり調理に時間をとらなくてもよくなったため、私とオルトさんの午後の修理作業も再開と相成った。
そんなある日、朝の連絡で所長さんから重大発表があった。
「毎年恒例の話だけど、魔道具の新規開発をして王城で採用されたら、開発者には財務から金一封が贈られるからね~。期限は冬至祭の前日まで!」
えっ!? その話、乗ったーッ! 金一封をゲットして、私の老後計画に活かさなきゃ!!
今は5月末だから、あと約7ヶ月!
冬至祭というのは、前世で言うところのクリスマスみたいなもので、冬至の頃に行われるお祭り。新しい年を迎えるに当たって、その年にお世話になった人や家族に贈り物をしあい、1年無事に過ごせたことに感謝しつつ、天に捧げたご馳走をみんなで分け合う習わしだ。
「一人で開発しても良いし、複数人で開発しても良し。まぁ複数人の場合は、金一封は開発者一同で割り勘になると思うけど。普段の修理業務もあるから、期限は長めになってる。だからって安心してると、すーぐ年末になっちゃうから気をつけて」
その金一封がいくらだか知らないけど、それでも老後計画の足しにはなるに違いない。
これは張り切らなくっちゃー!
……と意気込んではみたものの。
正直なところ、何を開発したらいいのか、皆目見当もつかないのよね~。
前世でいうところの電話のようなもの、ファクシミリ……なんてものが欲しい気もするけど、どんな魔法ならそれが可能になるのか、調べ物だけでも膨大な時間がかかってしまう気がするし、そんな魔法が見つかるかどうかも分からない。
あと、あったら便利なものって何かなぁ?
前世でいうところのロボット型掃除機とか。……あー、でも日本と違って、ここは建物の中も靴で過ごすからすぐ土埃が溜まるし、お掃除ロボットが悲鳴を上げそう……。こまめにロボットのお世話じゃ、あんまり意味ないかもなぁ。床磨きロボットみたいなものの方がいいのか?
空を飛べる道具とか……。飛行機なんて、この世界には存在してないから採用される可能性は高いかもしれないけど、でも開発するものが大きすぎるよね~。
移動と言えばどこでも行けちゃうドアとか、欲しいなぁ……って転移魔法陣があるかぁ。あれって闇魔法だから、特殊な魔法陣を駆使しなくちゃならないし、人と言う大物を移動させるんだから膨大な魔力が必要なのよね~。闇魔法の属性を持ってる人が少ないから、そうなっちゃうんだけどね。
でも、それなりの金額を払えば誰でも使えるとか聞いたことがある。王都から各国の国境付近の街までそれぞれ魔法陣が組まれていて、通行料を払うと馬車で長旅なんてしなくてもいいらしい。でも、けっこうなお値段だから、使うのはお貴族様とか大商人が殆どなんだって。
電子レンジみたいなのがあれば、どうだろう? と思ったけど、弱い火魔法で代用できるし、似たような魔道具があるから、あまり意味ないかもなぁ……。
本日の私は、保温ボックスの修理を担当しつつ、新しい魔道具の開発に思いを馳せていた。
保温ボックスは、弱い火魔法が起動する魔法陣で長時間保温ができる便利もの。市場の屋台とか街中の惣菜屋さんで料理を保温しておくのに使っている。
前世、コンビニのレジのところでよく見たアレに近いかも~。
平民はそんなに魔力が大きくないので、こういう魔道具は重宝されるのだ。
ただ火魔法だけだと料理が乾燥してカピカピになっちゃうから弱い水魔法で保湿するんだけど、その水加減をつまみで調整できるのが優れもの。つまり、火の魔法陣だけでなく水の魔法陣もついてるのよ。……上手く使えば肉まんが蒸せるかもしれない。秋になって涼しくなったら肉まん作ろう。
あ、話が逸れたけど、水の魔法陣の方は前に修理したライトのように、つまみでスイッチが切れるタイプだったので、うっかりそのつまみを戻しきってなかったのが良くなかった。
故障の原因は、水の魔法陣のつまみを切り忘れてて、魔石の魔力が切れるまで湿度が保たれてしまったこと。それでカビがついてしまい、カビを洗い流そうと必死にゴシゴシしちゃって魔法陣が消えかかってしまった……とか。
特殊顔料が消えかかるくらいって、どんだけ強くこすったんだよ~。
ある程度の時間が経ったら水の魔法陣のスイッチが切れるような、そういう仕掛けが必要なのかもしれないな……。
とりあえず消えかかった魔法陣を書き直して、あとはタイマーというか、時間が経ったらスイッチが切れるような仕掛けを考えてみよう。
時間や空間は闇魔法に分類されるから、闇魔法の本を手に取って調べ物をする。
研究所の作業場の片隅に、ある程度の魔術書が置かれていて、ちょっとした調べ物なら事足りるようになっていた。
ここで補足しておくと、この世界で「闇魔法」と呼ばれるものは、時間と空間に関わる魔法だ。
前世のファンタジーもので「闇魔法」というと、人の精神に関与して隷属させたり幻術で惑わせたりするものがあったけど、この世界では人の精神に関与するのは禁忌とされ、そういったものは「黒魔法」と呼ばれていた。
……というわけで、時間が経ったらスイッチが切れるタイマーのような魔法は、この世界では闇魔法に属することになると思う。
パラパラ~っと本をめくり、必要な項目のページを探す。
ふと、あるページの単語が気になって、行き過ぎたページを戻した。
『声だけを転移させる魔法陣』
気になったのはそのページ。
それは風と闇の複合魔法陣だった。
……これなら、電話みたいなものが作れるかもしれない!
私はドキドキした。
あ、それよりも、今は時間でスイッチが切れるタイマー機能を考えなきゃ。
意識を切り替え、風と闇の複合魔法陣を自分のノートに書き留めるだけに止めておく。
再び魔術書をめくって、タイマー機能みたいな魔法陣がないか探したが、それらしいものは見つからないで終わった。もう少し高度な魔術書ならあるのかなぁ……?
けど、高度な魔術書は本宮の中にある図書館に行かないと置いてないし、本宮はお貴族様の遭遇率高いし……困った~。
こういう行き詰まったときというのは、ちょっと視点を変えて考える必要があるときだ。
もしも目当ての魔法陣が見つかったとして、どこに配置すべきか?
火の魔法陣のスイッチが入るか、または切れるかして、そのあと一定の時間で水の魔法陣のスイッチが切れるようにするには、どちらの経路にも触っている必要があるよね。火の魔法陣の方に魔力が流れてるとか流れてないとか感知して、水の魔法陣の方にも関わるわけだから……。
魔力が経路に流れてるとか流れてないとか、感知する魔法って……と考えていて気がついた。
あ! そっか、タイマーなんて要らないじゃん!
今の保温ボックスは、火の魔法陣と水の魔法陣の経路が2つあって、完全に別個の経路になっている。魔石から2つの経路が伸びてるんだけど、それを1本にして、火の魔法陣のスイッチから枝分かれするように水の魔法陣につなげたら良いんじゃないか!?
そうすれば、火の魔法陣のスイッチを入れると水の魔法陣の方にも魔力が行くからつまみで調整すればいいし、火の魔法陣のスイッチを切ると自動的に水の魔法陣への魔力もカットされることになる。水の魔法陣にだけ魔力が流れ続けるってことがない。
火の魔法陣のスイッチを切り忘れる人はいないと思うのよ。火だけに熱くなりすぎたら危ないもん。
別個の経路になってると、火の魔法陣のスイッチを入れなくても、水の魔法陣のつまみを動かせば水の魔法陣が起動してしまう。そして、つまみを一番下まで下げてスイッチを切ったつもりで、きちんと下がってなかったってのが今回の問題だったわけだから。
一応、魔道具の仕様を変えてしまうことになるため、新人担当のハルスさんにこういう場合はどうしたらいいかお伺いを立てる。
ハルスさんが言うには、こういうときは所長さんに話して、許可をもらえばいいんだそうだ。
……危険性が高いものに対応しての変更なら、もしかしたら同じ魔道具をリコールする必要があるかもしれないし、あまり危険性がないのなら、新しい仕様の魔道具を商品化して買い換えてもらえばいい話だから。
もちろん、同じ魔道具を使っている人に、こんな使い方には気をつけて下さいってお手紙で注意を促すんだろうけど。
そうよね~。一時的にとは言え、商売道具が使えなくなるリコールより、スイッチの入れ方に気をつければ使い続けられるって言うんなら、古くなるまで使ってから新商品に買い換えた方がいいもんね~。
所長さんに話をしたら、今回は普通に直して、使い方に気をつけて下さいって注意喚起するお手紙を出すことになった。
それから、私の考えた仕様の魔道具を見本として作り、設計図をつけて街の工場に生産を委託することが決定した。
新しい仕様の見本品作りは、ポタモスさんって人とリムネーさんが担当することになった。
リムネーさんは生真面目な人で、フードを下ろしても平気っていう研究所では例外的な人。
ポタモスさんはおとなしくてあまりしゃべらないけど、仕事はきっちりするタイプの人。背が所員さんの中で2番目に低い。顔はフードに隠れてて、私は未だに顔を見たことがなかった。ただ、ちょっと前まで夜盲症(いわゆる鳥目)だったみたいで、数日前に「夕方でも目が見えるようになってきた」って呟いてたのを聞いたので、なんかしっかり覚えてしまった。
夜盲症っていうのは、ビタミンAの欠乏症で起こるという症状で、薄暗くなると目の見え方が極端に悪くなるのだ。
ニンジンとかホウレン草とかカボチャとか、緑黄色野菜を食べるとベータカロテン(ビタミンA)が摂れるんだけど、そういうものを食べてなかったから起きた症状だと思う。
ホント、ここの所員さんって、ちゃんとした食事してなかったんだな~と遠くを見る目になってしまったよ……。たぶんだけど、絶対ポタモスさんの他にも夜盲症の人がいたと思うんだよな~。
ちなみに、ホウレン草にはシュウ酸が多く含まれるので、食べるときは一緒にカルシウムを摂れば結石ができづらい。胃の中でシュウ酸とカルシウムが結びついて体に吸収されることなく、そのまま排出されるからだ。シュウ酸だけが体に吸収されると、血液中でカルシウムと結びついて結石になるって前世で聞いたし。
前世でダンナが尿管結石を煩い、吐くほど痛がってたから……。そういうことは覚えてる。
それはさておき。
ポタモスさんとリムネーさんには所長さんから話を通してもらい、2人は作業を始めた。
けど午後のお茶休憩の時に2人に捕まり、保温ボックスの修理の話をする。詳しい話が聞きたかったみたい。
「スイッチを入れたり切ったりするタイマーって発想は面白いね」
「そうだね。時間があれば、そういうのを考えるのも楽しそう」
「そうなんですよね~。タイマー魔法陣を考えたかったんですけど、行き詰まっちゃって発想を変えたら使わなくても良くなったんで、なんだか残念でした~」
やっぱり研究所の所員さんって、仕事が趣味な感じ。
私も魔法陣書いたり文様をいじったりするの大好きだし、他人のことは言えないけど。
「なになに? 何の話?」
話をしていたら、オルトさんが寄ってきたので、今回の経緯をかいつまんで説明する。
「へぇ~。既存の商品をリニューアルするなんて、すごいね~」
オルトさん、すごいねといいながら、なんだか不機嫌そう。
「私も負けてられないな……」
え? もしかして対抗心を燃やしてたんですか?
「2人は良い好敵手だね」
「そうやって切磋琢磨していけば良いよ。2人はまだまだ若いし、伸びしろがあるんだから」
えーっと、ポタモスさんの話しぶりだと、ポタモスさんってけっこうなお年の気がするんですけど、どうなんでしょう???
どっちつかずの人って老化が遅いからな~、手はシワも少ないしキレイなんだけど、歳までは分からないよな~。……遠い目。
きっと、オルトさんとは長いつきあいになるんだろう。
どっちつかずで無属性な私たちは長い人生なんだもん。
食事係でも一緒なんだし、できれば、ずっと仲良くしていきたいな~……なんて思った。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明日、朝5時に更新いたします。
「タイマー魔法陣」って響きが「タイ○ー魔法瓶」と似てるなって思った人はどのくらいいるかなぁ?
私だけ……???




