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18.勝負

 賭け本番まで、あと少し。

 メニューはおにぎりと野菜スープ、鶏胸肉とキノコのちゃんちゃん焼き風、カボチャの煮物に決まった。デザートはうさぎリンゴ。

 そう、小さい頃、良く作ってもらってお弁当に入ってた、日本人なら誰でも知ってそうな、あのうさぎリンゴです!オルトさんは簡単な飾り切りができるようになってましたー! チャラララチャッチャー♪

 またもや私の脳内で流れる某RPGのレベルアップ効果音。前世で染みついたものって、なかなか抜けないのね~。


 ……というのは余談で。


 ちゃんちゃん焼き風はその名の通り、前世では北海道の名物料理だった「鮭のちゃんちゃん焼き」をアレンジしたもの。材料切って調味料かけてオーブンで焦がさないように焼くだけ……という簡単さ。

 簡単すぎて、オルトさん的には自分一人でできる料理って認識がなかったらしい。


「だってアレは、オーブンが焼いてくれるじゃないか!」


とはオルトさんの談。


 まぁ確かに、焼くのはオーブンですけど、それを使いこなすのは人間ですからね?

 それにあの料理は焦がさないことと味付けが変じゃない限り失敗はないのが安心だし、材料を切り分ける程度の包丁使いはできるようになったんだから、そういうところもオルトさんの成長として見せてもいいと思うのよ。

 あと鶏胸肉にしたのは、鶏もも肉より脂が少なくてあっさり食べられるから。ちゃんと下処理して柔らかく食べられるようにすれば、ご隠居様の好みにも合うはず。それに鶏胸肉には疲労回復に効くって言う成分が多いから、体のためにも良いのよね。




 メニューが決まったところで、オルトさんには時間を見つけて、それらのメニューを繰り返し作って練習してもらった。


 練習する前に、まず調理の順番を自分で考えてもらう。そういうのも大事だからね。




****************************************


 お米を研いで水加減をする。

 お米を火にかけたら、その間にスープ用の野菜を切る。

 野菜を切り終えたら、ご飯の火加減を見る。煮立ってたら弱火にする。

 野菜を鍋に入れ、水を加えて野菜スープを煮込む。

 カボチャを切って、分量の水と調味料をカボチャを並べた鍋に入れて落としぶたをして煮る。

 鶏胸肉をフォークでつつき、火を通しても固くならないように下処理。

 鶏胸肉をそぎ切りにし、キノコとタマネギを食べやすい大きさに切る。

 鶏胸肉・キノコ・タマネギを天板に並べ、上から味噌・みりん・酒・砂糖などを混ぜたものをかけてオーブンで焼く。焦がさないよう、火加減に注意。

 リンゴを飾り切りして色止めのために食塩水に通す。

 カボチャの煮物の様子を見て、水分が少なくなれば火を止める。

 ご飯が炊けたらおにぎりを握る。

 調味料でスープの味をととのえ火を止める。

 オーブンの中身に火が通ったことを確認し、皿に盛りつける。


****************************************




 オルトさんが料理の手順を書き出し、私に見せてくれた。

 ……うん、そんな感じかな?

 やってみて、ダメならその都度その都度直していこう。そのための練習なんだから。


 とにかく失敗を防ぐには、手順と時間配分をしっかり体にたたき込むのが重要だ。

 これでもかってくらい何度も料理をして、オルトさんは手順と時間配分を体に刻み込んだ。

 野菜を切っている間に、ご飯の鍋が噴きこぼれちゃったり、うっかり火加減を間違えてオーブンの中身が焦げちゃったり……。いろいろあったけど、最終的には滞りなく全ての料理を同時進行で作り上げられるようになった。


 あ、特訓で作ったお料理は自分たちで食べたり、ハルスさんに食べてもらったり、夜勤(勝手に夜まで働いてるだけ)してる人たちに差し入れしたり、決して無駄にはしませんでしたよ、ええ。何度も作ったから、食べるの大変だったけど。


 やるだけはやった。

 あとは本番で最善を尽くすのみ。……オルトさんが。




 当日は、昼食時が勝負の場となった。

 ご隠居様が見ているところでオルトさんが料理をする。

 私もご隠居様の横で、それを見守る。


 最初に米を研いでご飯を炊く。

 野菜を切ってスープを煮込む。スープには干しキノコを入れて旨味を出している。

 ご飯の鍋が煮立ったら火をごく弱火にする。

 カボチャを切ってワタを取り、一口大に切って鍋に並べる。

 鶏胸肉の下処理をしてから一口大のそぎ切りにし、タマネギとキノコを切って鶏胸肉と一緒に天板に並べる。

 カボチャの鍋に分量の水と調味料(醤油・砂糖・みりん)を入れて落としぶたをし、カボチャを煮る。

 スープが煮立ったら角切りの豚肉を入れてあくを取り、ごく弱火にして煮込む。

 天板に並べた鶏胸肉などの上から甘めの味噌だれをかけてオーブンに入れて焼く。

 スープの火を止めて調味料で味をととのえる。

 カボチャの鍋が煮立ったら中火に落とす。

 ご飯が炊けたら、ふたを開けて切るように混ぜ、水分を飛ばす。

 オーブンの中身が焦げてないかチェックし、火加減を調整する。

 カボチャの煮物の水分が残り少なくなったら落としぶたを取り、水気を飛ばしてから火を止める。しっとりしたカボチャの煮物が好きなら、落としぶたはとらなくてもいいけど、水分少なめのほこほこのカボチャにするようだ。

 リンゴの飾り切りをして、食塩水にさっと浸す。

 オーブンの中をみて、火が通っているかを確認。火の通りが甘いと判断したらしく、弱火で加熱を続ける。

 ご飯がほどよく冷めたらおにぎりを2つ握る。中身は大根の味噌漬けで塩むすびだ。

 それぞれの料理を器に盛り、オーブンの中身を取り出して皿に見栄え良く盛りつけた。


 一通り料理を終えて、トレーに配膳した料理を載せてご隠居様にお出しする。

 ご隠居様は何を考えているのか読めない表情で料理を平らげていく。


 どうなんだろう? ドキドキする。


 ご隠居様が、最後にうさぎリンゴを見てふっと微笑み、口に入れる。

 緊張の連続だ。


 ご隠居様が食べ終わった。判定は───?


「ごちそうさまでした。……判定の前に、オルト、料理を作った感想を聞かせてくれるかい?」


 オルトさんは緊張した面持ちで、細く長く息を吐くと話し出した。


「私はこれまで、料理なんて時間になれば出てくるものだと思っていました。それを誰がどんな気持ちで、どんな工夫や苦労をして作ったかなんて考えることもありませんでした」


 俯いて、これまでのことを反省するように語るオルトさん。


「でもここで、メランの手伝いをして、料理は作る人がいて初めてできるという当たり前のことに気がつき、美味しく食べてもらおう、食べる人に元気になってもらおうと思う、料理をする側の気持ちを知りました。そして、料理を食べるときは、作った人に感謝して食べたいと思うようになりました」


 少しずつ顔を上げ、ご隠居様を見つめるオルトさん。


「今日は、今の私ができる最善を尽くしたつもりです。これが今の私の精一杯です」


 そう、力強く言い切った。


「うん。分かった。私としては、オルトはこの1ヶ月間、よくやったと思う。他人に感謝する気持ちを分かったことも素晴らしいと思うし、料理も満足いくと言えるものだった。……で、オルト、キミは今、どうしたい?」


 ご隠居様は「満足いくと言える」とおっしゃった。その上で、オルトさんに問う。


「今でも自由が欲しいかい?」

「いいえ」


 即答だった。


「できることなら、私はもう少し、ここで、メランから料理を学びたいです」


 え?


「料理は本当に奥が深い。こんな面白い世界があると、今まで知らなかったことが残念なほどです」


 オルトさん、自由が欲しかったんじゃないの……?


「ふふ。最近のキミを見ていたら、そう言うんじゃないかと思ってました。良いでしょう。もしも、あとで自由が欲しくなったら、いつでも言って下さい。準備はしておきますから」

「はい、ありがとうございます。ですが、それは不要になると思いますよ、ご隠居様」


 ご隠居様もオルトさんも、何故(なぜ)か晴れ晴れとした笑顔だ。

 ……いいの? それで。


「お父様にも、オルトの渾身の料理、食べさせて欲しいなぁ~」


 感慨深い思いでいたら、突然背後から声がして飛び上がってしまった。

 いつの間にやら、オルトさんのお父様がいらっしゃってました! てか自分で「お父様」って言っちゃう!?

 それにしても、急にいるんだもん。あー、ビックリした。


「残り物しかありませんよ」

「えー? 仕方ないなぁ。いいよ、それで~」


 オルトさん、つれない物言いだけど、この前お父様と対面したときより柔らかい表情(かお)だ。

 何か吹っ切れたのかな?


 野菜スープやカボチャの煮物、ちゃんちゃん焼き風は多めに作ったので残りがあった。ご飯は多めに炊いてあったから、それでおにぎりを握って、もう一度リンゴを飾り切りして。


 お父様は嬉しそうにオルトさんが作った料理を食べる。

 お父様の横に半端ない威圧感を放つ強面の騎士様がいなければ、微笑ましい光景なんですけどね。


 あまりにすごい威圧感なんで、今日も所員のみなさんがビビってるじゃないですか~。もう少し穏便に行きましょうよー。


 つい、おにぎりを握って、騎士様に恐る恐る差し出してみました。

 食べてくれるかな~? どっちつかずの作ったものなんて! って言われちゃうかなあ……?


 騎士様、受け取ったものの、じっとおにぎりを見たまま固まっています。


「食べてごらん、美味しいから」


 オルトさんのお父様に言われ、一口でおにぎりを食べた騎士様。もっしゃもっしゃと咀嚼して、ゴックンと飲み込みました。遅れて、良い笑顔。

 私たちのようなどっちつかずの作ったものを食べて下さって、なんだかホッとする。


 あー、なんだ、そんなお顔もできるんじゃないですか! そういう顔でいれば、みんなビビらなくて済むのに~。


「ね? 美味しいでしょ?」


 オルトさんのお父様の言葉に頷く騎士様。

 お腹が空くと誰でも不機嫌になりますからね。騎士様のご機嫌が直ったのなら嬉しいです。

 そして、相変わらずすごい早さでお料理を平らげると、お父様は騎士様を連れて颯爽と帰って行かれました。


 はー、緊張した!

 心臓に悪いから、来るときは来るって先触れを出して欲しいわー、ホント。


 それから、他の所員さん達はいつものように今朝の朝食の残りで昼ご飯を食べて片付けて。

 私たちもお茶などいれて一息ついて。

 あー、ホッとしたぁ~。




「……と言うわけで、メラン。これからもよろしくね」


 勝負メニューの片付けをしたあと、オルトさんが微笑んでそう言った。


「はぁ~、仕方ないですね。これからもどんどん手伝ってもらいますよ!」


 最初は仕方なさそうに、後半はニヤリと笑ってオルトさんを見たら、望むところだと天使様の満面の笑顔があった。





読んでいただきまして、ありがとうございます。

また明後日、朝5時に更新いたします。

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