16.喜んでもらえるもの
前世、マンガか何かで、パラレルワールドってものは考えついた人のそば──次元的に、だけど──にあるって話があった。
だから、マンガや小説の作者が描く世界ってものは、見えないけれど次元的にその作者の近くにあって、それで不思議な世界を考えつくんだろうって話だったと思う。
ここは異世界だけれど、もしかして、前世の私が考えてたパラレルワールドだったのかな?
……実は若気の至りで、マンガみたいなモノを書いたり、小説めいたモノを書いたりしてたから。
それで自分に都合がいいように、前世で馴染みの食材が豊富だったりするんだろうか……。
ゴボウとコンニャクはまだ出会ってないけども。
でも、自分に都合がいい世界なら、どうして自分は「どっちつかず」のままなんだろう?
前世であんなに子どもが欲しいって思ってたのに……。
☆ ☆ ☆
灰色ローブに着替えてラッピングしたクッキーを持ち、王城の外庭を歩いて、まずは城門の衛兵さんの詰め所へ。それから王城の食堂へ向かうことにする。
研究所から街へ出かけるとき以外、王城の中では制服を着てないとダメって規則があるからね。
自分たちで作ったクッキーを届けたら、衛兵のおっちゃん達には涙を流され、食堂のおばちゃん達にはぎゅうぎゅうに抱きしめられた。
この国では砂糖がお高いので、甘味は貴重なんだよね。ハルスさんが前にくれた高級チョコレートなんて、後から調べたら本当に目玉が飛び出そうなお値段だったもの。
おばちゃん達は自分たちのついでだからと私たちにもお茶をいれてくれたので、しばらく他愛のない話をする。私たちが持っていったクッキーがさっそく出てきて、お茶うけになった。みんな美味しいって喜んでくれた。
王城の食堂は「太陽の日」とか関係なく利用者がいて、おばちゃん達も曜日とかあまり関係ないみたい。でも、研究所と同じで、月に8日はお休みがもらえるんだって。
その日は食事時間を外したせいか王城の食堂を利用する人はほとんどいなくて、嫌な視線で見てくる人も心ないことを言う人もいなくてホッとした。
「そう言えば、いつも一緒に来てたアンタの先輩は、今日は一緒じゃないのかい?」
あ、ハルスさんのことかな?
「先輩は、今日は当番なので普通に勤務なんです。私たちは『太陽の日』で休みだったんですよ」
「そうなのかい。今度また一緒に食堂においでね。たまに顔を見るとおばちゃん達も安心だからさ」
「そうそう。キレイな子がいるってだけで、おばちゃん達の心の張り合いも出るってもんだよ」
あー、ハルスさんは見目がいいですもんね。たまには顔を見たいのかも
男でも女でもない中性的な魅力があるし、おばちゃん達の心の琴線に触れるって言うか、癒やしてくれるんでしょうね~。前世でアラフィフ専業主婦だった私も分かりますよ、その気持ち!
「はい。また今度、一緒に来ますね」
「楽しみにしてるよ~」
これは数日中に、一緒にランチに来なくっちゃ。
「喜んでもらえたみたいだね」
「はい。お世話になっている人たちなので嬉しいです」
「そうだね。誰かに喜んでもらえるってのは嬉しいものなんだね」
研究所への帰り道、オルトさんがぽつりと言った。
お貴族様から見れば、私たちは忌み嫌うべき存在で喜ばれないから。でも、その分、私たちを普通に受け入れてくれて、何かしたら喜んでくれる人がいる。ただそれだけで、本当に嬉しい。
「今度、王城の食堂へ食事に行くときは、私も連れて行って欲しい」
「……いいんですか?」
研究所に来た初日、オルトさんは王城の食堂に行くが嫌で、渋々私が作った料理を食べていたのに。
「今日みたいにフードを目深に被っていれば、誰にも顔を見られないで済むんでしょう? なら、きっと大丈夫」
誰か、顔を見られたくない人でもいるのかな?
あぁそっか。私みたいな平民と違って、オルトさんのような上級貴族だと王城勤めの知り合いがいてもおかしくないし、王城の食堂で会ってしまっても不思議ではないのか。
上級のお貴族様は、どっちつかずで無属性な私たちを忌み嫌っているから、元の知り合いに会ってしまったら辛いんだろうな。……私には想像するしかできないけど。
その後は研究所に戻って普通に夕飯の準備をして。
私たちが休日だったので、ちょっと簡単な手抜きメニューだったけど。
野菜たっぷりのクリームシチューは鶏肉入り。レタスとベビーリーフのミモザサラダは簡単だけど見た目が華やかなので手抜きに見えない優れもの。角切りトマトとみじん切りのカリカリベーコンが卵のそぼろの下に隠れてます。主食は噛み応えのあるバゲットで、デザートはちょっと場違いかも……と思いつつ、本日焼いたクッキーにした。
正直どうかなって思ってたんだけど、クッキーはお茶に合うと所員のみなさんに好評で、また作って欲しいと言われた。お茶の時間と呼ばれる休憩のときにお茶うけにしたいんだそうだ。
研究所の所員さんは、街へ出てお菓子を買ってくるとか難しい人が多いもんねぇ……。
う~ん、砂糖がもう少しお安くなればな~。
この国では砂糖は南の方で作ったものを運んでくるらしくて、あまり気軽に手に入る金額ではないのだ。寒い地方でも育てられる甜菜なんかがあれば、もう少し砂糖が安くなるような気もするのになぁ。
あと、夕飯を食べながらハルスさんにおばちゃん達が会いたがってたって話をした。
「そうだね、そう言えばしばらく行ってなかったね……。2~3日中に行ってみようか」
「はい!」
私は嬉しくなって、元気よく返事をした。
「それにしても、オルトとは随分仲良くなったんだね」
ハルスさんが苦笑してオルトさんを見る。
オルトさんは、ただいまミモザサラダと格闘中。もちろん、あのお箸を使って。シチューはさすがにスプーンで食べてたけど。
「あはは~。料理するときにお箸が便利で私が使ってたら、オルトさんも使えるようになりたいってがんばってるんですよ」
仲良くなったかどうかはよく分からないけど、最初に予想したより上手くやれているとは思う。
傲慢な上級のお貴族様かと思ったけど、一生懸命料理に取り組む態度は悪くない。好奇心旺盛、何にでも興味津々で、様々なことを覚えようとがんばっている。
「私もお箸を使ってみようかな?」
「あ、それなら今度、市場でハルスさんに合いそうなお箸を買ってきますよ~」
「じゃあ、お願いしようかな。……あ、代金は私が出すからね」
「え、でもいつもお世話になってますし、この前は高級チョコレートいただいちゃったんで、少しばかりですけどお返しさせて下さい」
そういうことなら……とハルスさんに納得してもらったので、今度のお休みはハルスさんにステキなお箸を見つけに行くぞー!
後日、ハルスさんのイメージにぴったりな青い花が描かれた箸があったので、それをプレゼントしたら大変喜ばれた。
☆ ☆ ☆
さて、そういえば、そろそろご隠居様との賭けの期限が来る。あと10日ほどだろうか。
「オルトさん、ご隠居様に出すメニューはどうしますか?」
今日の分の魔石に魔力を入れながら、近くにいたオルトさんに声をかける。
オルトさんは賭けのことだと気づいたらしく、表情を引き締めた。
「私一人で作れるものだよね……」
オルトさんも魔石を手にして考え込みつつ、作れるメニューをあげていった。
今気がついたけど、オルトさんも私に負けず劣らずの魔石の個数だ。……この人も異常に魔力が大きいんだな~、私だけじゃなかった。ふふふ、「異常」な仲間だ仲間。
オルトさんが今一人で作れるのは、スクランブルエッグに目玉焼き・ハムエッグ、カリカリベーコン(焼いただけとも言う)、具だくさんな野菜スープ(皮むきが簡単な野菜限定)、にんじんのグラッセ、カボチャの煮物、味噌汁、レタスサラダ。あとはご飯が炊けるようになったし、おにぎりを握るのも上手になった。
ジャガイモの皮むきはまだまだ難しいみたいだし、ハンバーグはタマネギのみじん切りさえなんとかなれば……というところ。
「ご隠居様を納得させるのに、これ! というものがない気がする……」
そうだね。簡単なものはできるようになったから、もう少し手の込んだって言うか、インパクトの有る物が欲しいよね~。
オルトさんのような料理を作り始めたばかりの人でもできそうな、もう少し「おぉ!」って思ってもらえる感じのメニューはないだろうか???
「……フライ、かな?」
研究所では野菜不足が深刻だったから、今まであまり作ったことなかったけど、みんな栄養が行き渡って元気になってきたみたいだし、そろそろトンカツとか魚のフライとか、そういうものを出してもいいのかもしれない。
胃腸が弱ってると油ものは辛いから、ちょっと避けてたんだよね。
ただ、キャベツのせん切りがネックになるかな~? オルトさん一人で最初から最後まで料理するとなると、難しいよねぇ……。
でもやっぱり、フライはキャベツのせん切りがあると違うと思うんだよね。ご隠居様はお年を召してるし、油ものだけでは辛いだろうし、余計に。
そうだ! 魔道具でせん切り器を作れないかしら。風魔法かなんかで、キャベツをせん切りにしちゃうの。……ていうか魔道具にまでしなくても、ピーラーの幅広のがあればキャベツをせん切りにできるじゃないか! 前世で見たわ、でっかいピーラーでキャベツをせん切りにしてるTVショッピング!
そういう便利な道具、どっかで売ってないかなぁ~。市場で馴染みの金物屋さんに聞いてみるか、いっそのこと作ってもらうのがいいかもしれない。それで、市場に行ったら、ついでにハルスさんにあげる箸も探して……。
あ、また思考が脱線した。
とりあえず、明日の夕飯はササミフライにしてみよう。それで、ご隠居様を含む所員のみなさんの反応を見て、良さそうだったら勝負メニューはフライに決定だ!
明日は様子見なんだし、キャベツは私がせん切りにする。
やるぞー!
翌日の午後、私はこれでもか! ってくらいキャベツをせん切りにしていた。
オルトさんにはササミの筋を取ってもらい、塩こしょうを振って、その後、小麦粉、卵、パン粉をまぶしてもらっている。
衣をつけ終わったら、油でこんがりきつね色に揚げるのだ。
あとのメニューはキャロットラペ(にんじんサラダ)、豆腐とミョウガのすまし汁、白飯を平皿に盛るとライスと呼びたくなるよね。せん切りキャベツにはキュウリのピクルスをちょこっと添える。ウスターソースみたいなのは市場で見つけられなかったので、大根おろしに柑橘の絞り汁を少し入れた醤油(ポン酢風味)でフライを食べてもらおう。
全体的に、さっぱり食べられるものを用意したつもり。
結果から言うと、ササミフライは所員さん達には好評。ご隠居様には少し重たかったようだった。油の少ないササミにしたのになぁ~。
やはり、ご老体に油ものは酷か!?
ご隠居に喜んでもらえて、満足してもらえるものって何だろう???
む~ぅ……。かくして、勝負メニューは振り出しに戻る。
どうするべきかな~。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明後日、朝5時に更新いたします。




