12.箱入り
昨日はイレギュラーな更新で第11話でした。
本日は第12話となっております。
よろしくお願いしますm(_ _)m
平民と上級貴族の間には、暗くて深い溝があると思う。
下級貴族の人は平民に近い感覚があるのに、上級貴族の人は気位が高く、平民なんて同じ人間だと思ってない感じ。あの人達にとって、身分が下のものはあごで使うものなのだから。
どうして下級貴族が平民に近い感覚があるかというと、財政的にけっこう厳しいお家事情があるのが原因だと聞いた。
貴族同士のつきあいで夜会やお茶会に参加することがあるけど、そういうときはそれなりの服装をしなければならず、しかも毎回同じ服装というわけにも行かない。それに加えて平民には考えられないことだが、昼用と夜用で服も違うというのだ。
それに安っぽい服装をすれば侮られるし、季節ごとに違う衣装を用意すると大変なお金がかかってしまうらしい。
衣装代が大変なことになりそうだな~と驚いていたら、なんとアクセサリー類も同じように新しいものを用意する必要があると聞いて、ソレハタイヘンデスネ……と遠くを見る目になってしまった。
そうなってくると、切り詰められるところは切り詰めなければならず……。
使用人も必要最低限しか雇えなくて、自分のことは自分でするのは当たり前。かなり苦しいお家なんかはお貴族様自ら洗濯や料理をしなくてはならない……というのは、魔術学校で同室だったクラウス先輩から聞いた話。
その点、上級貴族は豊かな領地を与えられていたり、大臣など高位の役職によって給料が高額だったり、とにかく収入面で安定しているらしいのだ。
☆ ☆ ☆
さて、ヴノさんが初めて休日をもらった日のことだ。
朝食の片付けの後、深刻な顔をしたヴノさんが私をある場所に連れて行き、そして、ある魔道具を指さして私に言った。
「この魔道具の使い方を教えて欲しい」
それは浴場の脱衣所に置かれた洗濯機。
ここには洗濯機と乾燥機が5台ずつ置いてあって、ちょっとしたコインランドリー風味なのだ。
……無駄に広いから置けるとも言える。
はぁッ? 何? お洗濯もしたことないの!? 魔術学校の寮では自分のことは自分でするってのが基本の教育方針だったよね!? 取り巻きの同級生が全部やってくれたとか、どんだけお偉い「箱入り」のお貴族様なんだよー!!
そんなことを脳内で高速思考し、私はイラッとしつつも洗濯機の使い方を教えた。ついでに乾燥機の使い方も。
それから、ヴノさんが初めて掃除当番になったとき、「やり方がよく分からないから一緒に掃除して」と泣き付かれたこともあった……。その時は思わず遠いところを見る目になったよ、うん。
だってさ、初めての共用トイレの掃除とか、初めての廊下掃除とか、初めての窓ふきとか……いちいち、そのたびに泣き付かれたのよ~! 私の苦労を誰か分かって欲しいわ、切実に!
雑巾を絞ったことないとか、ホントにもうね……。
初めての浴場掃除のときなんて、浴場は広いから2人一組なんだけど、先輩にヴノさんの指導をお願いするのも気が引けて、お願いして私と代わってもらった。……私も大概お人好しなのかもしれない。
だって、あんなに何もできない人を「野放し」にはできないじゃない?
そういえば、爪を自分で切ったことないとか、三角巾を頭の後ろで結べなかったりしたしな~。
体の後ろで紐を結ぶとか、そういうものを着るときは誰かがやってくれてたんだろうな~。
浴場掃除の後はここの湯船側面の魔道具のスイッチを入れて、湯船にお湯をためるんですよ~って教えたらビックリしてたし。確かに分かりづらい場所にはあるけど、3カ所もあるんだし1つくらい気がつきなさいよ~。誰がお湯をためてると思ってたの! って感じ。
あ、浴場の魔道具は湯船の側面にくっついていて、その魔道具を超える深さになるとお湯が止まる優れものなの。あれは火と水の魔法陣でお湯を作り出してるんだよね。そして、その後は保温もしてくれるなんて至れり尽くせり。魔道具のすぐ側に埋め込まれてる魔石の魔力が切れかかったら、ちゃんと魔力を入れておくんですよって言ったら、オルトさんは「分かった」って言ってた。
私たちのような、どっちつかずで無属性の人間が便利なところって言ったら、魔石に無属性の魔力を補充できるところよね。魔石を買わなくて済むもの。
それから、シャンプーや石けんなどが残り少なくなったら、脱衣場の端に物置があるから、そこから補充するんですよって教えた。
(余談だけど、何代か前の王妃様が衛生面に一家言ある方だったそうで、シャンプーや石けんなどの研究・開発に力を入れていたとか。お陰様で快適に過ごさせていただいております……)
補充なんてこともするんだなって感心してる人がいますけど、何でも自動的に掃除されたり補充されたり、お湯がたまったりするんじゃないんだからね……。
……そこでハッと気がついた。
「ヴノさん! 自分の部屋の掃除はどうしてるんですか!?」
「……………」
目を逸らしたってことは、そういうことですねッ!?
「……今から、部屋のお掃除の仕方をお教えします」
腹の底から声が出ましたよ、ホントに。
そこから2時間ほど、私の指示に従ってヴノさんは自分の部屋の掃除をした。シャワー室もトイレもね! その日は2人とも休みの日で良かったよ……。
そのあと、部屋の掃除の仕方を思い出しながら箇条書きで紙に書き出して下さいと言って、復習もさせたよ。
怒濤のように次から次へと掃除させたから、ちゃんと記憶に残ってるか不安だったんだもん。
箇条書きされた紙をよく見て、足りないところは私が補足して、その紙は部屋の扉の裏に貼り付けておいた。……たぶん、あれで大丈夫だと思う、いや思いたい。
とにかくそんなことがあって、ヴノさんはかなり上級貴族だってことが私の中で確定した。
心の中で静かに「世間の荒波にもまれればいいんだ、この『箱入り』め-!」とか思ってしまったよ……。
実際、どっちつかずになってしまったヴノさんは、今、現実として世間の荒波にもまれている状態じゃないかって思い直したから、さっきの心の叫びはすぐに取り消したけれど。
魔術学校では「自分のことは自分でする」という基本方針の下、親に甘えられないように寮で自立とも自律とも言える生活をするわけだが、それにもかかわらず、どうしてヴノさんがこんなに何もできない「箱入り」なのか。
実は、そこには抜け道が存在する。
上級貴族の子どもの従者的な存在として、下級貴族の子に面倒を見させるんだって。
それは学校側が気を遣って……とか、そういうことではなく。
お貴族様が自分の子どもを心配して、そういう手配をするんだそうだ。
上級貴族の親が自分の子どもを心配して、自分の子どもと同い年の下級貴族の子どもを見繕い、自分の子とその子が「仲が良い子だから」とか何とか言って、一緒の部屋になるよう学校側に働きかける。その働きかけによってうまく同室になれば、下級貴族の子どもに上級貴族の子どもの世話をさせるらしいのだ。
もちろん、上級貴族の中には「きちんと自律した生活をしなさい」と子どもに言い含め、小さい頃から自分のことは自分でするようにしつけて、見返り目当ての下級貴族の子どもに世話をされることがないようにするってこともあると聞いた。
……そういう上級貴族の親御さんは理想的だなって思う。
平民としては、そういう理想の上級貴族様が国のトップだったら安心だなって思うんだけどなぁ。
そんな上級貴族の子どもを甘やかす話を初めて聞いたときは、本当にそんなことがまかり通るのかと疑問に思ったけれど、実際にヴノさんの「箱入り」っぽい様子を見たら、確かにそういうことはあるかもしれないってしみじみ思った。
まぁ、上級貴族からのお願いじゃなく、下級貴族が上級貴族に擦り寄るために子どもを利用することもあるらしいけどね。
あの子の世話をすれば家のためになるとかなんとか、下級貴族の親が子どもに言い含めることがあるんだって。
頼まれたわけじゃないけど、上級貴族に恩を売ってしまえー! って感じ?
そして、同じ考えの下級貴族の子に取り巻かれ、上級貴族の子は洗濯も掃除も何もかも、学校卒業まで何もしないで済んでしまうんだそうだ。
お貴族様のそんな事情が、こんなに自分に関わってくるとは思わなかったなぁ……。
☆ ☆ ☆
ところで、研究所の所員は月に8日ほど休日がもらえる。
ヴノさんのお部屋を掃除した日は、2人とも休みだった日だ。
一応、この世界にも「一週間」という概念があって、学校などは「日曜が休み」みたいな感じになっていた。曜日の呼び名は前世とは違うけど。
曜日の呼び方は、日曜に当たるのが「太陽の日」で学校や商店などはお休みだ。月曜が「月の日」、火曜が「火の日」、水曜が「水の日」、木曜が「風の日」、金曜が「樹木の日」、土曜が「土の日」だ。
市場は平日もやってるけど、やっぱり休日の「太陽の日」が一番混み合う。そういうところはどの世界でも同じみたい。
そうそう、研究所は「太陽の日」が休み。あと他に曜日をずらして、所員が順繰りに休日をもらって休めるようになっている。前世でいうと週休2日に近い……かも? 完全に週休2日ってワケではないけれど。
緊急に修理して欲しいって依頼もあるにはあるから、一応研究所を空にするわけにはいかなくて、「太陽の日」の当番ってものもある。だから、「太陽の日」は確実に休みなんて確定できないし、休日は月に8日って規定があるんだって。
それから、この世界でも1日は24時間。
ちなみに一ヶ月は30日間。月の名前は前世の日本と同じで1月・2月・3月……だ。
一年は十二ヶ月で360日となっている。
あと、研究所は月末が給料日で、思ったよりたくさんもらえたのでビックリした。
だってさ~、宿舎の家賃とか天引きされてるんだろうなって思ってたし。これなら実家に仕送りしても、私の老後計画のための貯金も上手くいきそうって気がしてきた。
あ、お貴族様出身者が多いから、このくらいの給料が相場なのかな……?
思ったより多かった初給料で、祖母ちゃんや両親、家族にも何かプレゼントを贈ろう。あ、そういえば兄のところと姉のところに子どもが生まれたって手紙が来てたな……。うん、お祝いも贈っておこう。
研究所のみなさんは給料をどう使ってるのか気になって、ハルスさんに聞いてみたことがある。
みんなワーカーホリックなところがあって、休日の意味があるのか分からないくらい作業場に入り浸っているんだよね。いつお金を使うんだろうって不思議になるくらい。
他に趣味がないのか仕事が趣味って感じの人ばかりだし、本当は夜勤なんてないのに「夜勤」と称して勝手に徹夜で作業してる人はいるし……。
どっちつかずってだけで、お貴族様なんてそれまでの友人関係がご破算になっちゃうから、友人と出かけることもなくなって、引きこもりがちになって仕事に没頭しちゃうみたいなのよ。
研究所に引きこもりがちな所員さんは、珍しい魔術書や食べ物なんかにお金をつぎ込む人が多いんだって。ハルスさんがよく街中に行くから、珍しい魔術書や食べ物の情報を聞かれることが多くて、出かけるついでに買ってきてって頼まれることがあるらしい。お駄賃だったりお裾分けをもらえたりして、ギブ&テイクみたいだから、「煩わしいことばかりでもないよ」ってハルスさんは笑ってた。
まぁ、そんな引きこもりさんばかりでなく、ハルスさんのように休日には街に出る人もいて、買い物や食べ歩きを楽しむこともあるらしい。
身なりを整えて黙ってれば、どっちつかずで名無しだなんて分からないもんね~。
ただ、休日でも、食事係の私たちは修理作業は休めても食事の準備は休めないので、ちょっとゆっくりできる日って感じだ。
前世で専業主婦の私には休みがありませんでしたからね、このくらいは何でもありませんよ。……あれ、どこからか塩っぱい水が、おかしいな。
☆ ☆ ☆
それはさておき、ヴノさんの「箱入り」っぷりは筋金入りだと思う。
掃除も洗濯もしたことがなかったし、卵も割ったことがなかった。三角巾も結べなかったし。
もちろん、包丁どころかハサミなどの刃物なんて、持っただけで「お怪我されたらどうするんですか!」と周りが取り上げていただろう。
こんな「箱入り」さんを、一ヶ月でご隠居様の満足のいく料理を作れるようにしなくちゃいけないって、どんな罰ゲームかと……。
でも、ご隠居様の頼みだし、少しずつ、少しずつ、がんばるしかないのね。
……はぁ~。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
また明後日、朝5時に更新いたします。




