11.前途多難
本日の夕飯のメニューは、味噌焼きおにぎり、キノコたっぷりチキンとマカロニのグラタン、温野菜のサラダには作り置きしてた鶏レバーの赤ワイン煮を添えて、それとキノコつながりで私の好きなナメコ汁だー! 食後の果物はオレンジの予定。オレンジは朝食べると紫外線に反応しちゃうとかなんとか、前世で聞いた覚えがあって、朝には出さないようにしている。
メニューは和洋折衷ですが、何か? いや、嘘です、自分が食べたかったんだよう~、ごめんなさい。
あと鶏レバーは貧血気味っぽいハルスさんのためなの、個人的な理由ですみません。いや、他にも不健康そうな人が多いから、そのためなのよ~! 許して!
ハッ、脳内で取り乱してしまった。すーはーすーはー、深呼吸で落ち着こう。
……と言うわけで、最初に下処理する食材を出して並べていたら、材料を見たヴノさんが不思議そうな表情をした。
「ハンバーグの作り方を教えてくれるんじゃなかったの?」
「いやいやいや、毎日ハンバーグじゃ飽きちゃいますから」
どうして昨日の今日で、またハンバーグって発想になったかな?
「ふうん。……で、今日は何?」
メニューをざっと説明して、ヴノさんには最初にシメジとマイタケの処理をしてもらうことにする。新人同士だけど、一応ヴノさんの方が年上だし、たぶんお家は上級貴族だと思われるので、より丁寧な言葉遣いを心がけた。
ちなみに、王都の近くで東の国出身者がキノコ農家をやっているそうで、馴染みのキノコが王都の市場にも並ぶ。本当に助かるわ~。シイタケだけが品薄で寂しいけど。
そうそう、料理を始める前に、するべきことがあったわ!
「ヴノさん、爪が長すぎます。切って下さい」
「え? ダメなの?」
長い爪の何がいけないのかと、不思議そうにヴノさんが首を傾げる。いや、でも指から1cmはみ出してるなんて伸びすぎよ?
「爪に汚れが入り込んで、それが料理に入ることもありますし、刃物を触るのに爪が引っかかって危ないこともあるんですよ。刃物に引っかかった爪のかけらがお料理に入ったらまずいでしょう? それから爪で食材を傷つけてしまって、見た目が悪くなる場合もあります」
料理の初心者ならば、包丁を持ったときの力加減も上手くいかないこともある。野菜を切るときに、爪の先が一緒に切り刻まれたのではたまらない。爪入りサラダとか、誰でもごめんだろう。
「……爪は自分で切ったことがない」
はぁ? どこの「箱入り」さんですか!?
仕方ないので、用意していた爪切りで私が整えてあげた。
「それから、これを着て、こっちを頭に巻いて下さい」
渡したのはエプロンと、三角巾。エプロンはスモックタイプを袖無しにしたような感じで、被るだけのもの。三角巾は、先日の買い物で風呂敷代わりにした布を良く洗ってから三角巾に作り直したものだ。
私もエプロンをして三角巾を頭に巻いている。万が一にも髪の毛が入ったら良くないもんね。
「……上手く結べない」
え!? 頭の後ろで三角巾が結べないとか、どんだけ不器用なんですか~!! 今まで体の後ろで紐を結ぶようなことをしたことがないとか言う??
しかし今、そんなことを言っても仕方ないので、私が結んであげた。
エプロンは頭から被るだけのものだったから大丈夫だったけど、なんか先が思いやられるわ~。三角巾がダメなら、いっそのこと給食係の帽子みたいなのにするべきか!?
そのあと、念入りに手を洗ってもらい、作業に入ってもらう。私は洗ってあったんだけど、ヴノさんの爪を切ったり三角巾を結んだりしたから、一応もう一回洗った。
準備が整って、いよいよ作業です。
キノコの石突きをとって、手で食べやすい大きさにほぐす。……これくらいなら余裕だよね?
お手本を見せてヴノさんにやってもらう。その間に私はお米を研いでザルにあげた。
いくら東の国のおかげで食材が前世とほとんど同じだといっても、米が主食じゃないこの国には炊飯ジャーなんてものはない。当然、普通の鍋でご飯を炊くことになるワケで、鍋には水の目盛りはないからちゃんと量りたい。
たぶん1合くらいと思われるカップで20杯分(たぶん2升ほど)のお米を研いだので、お水はお米の1.1倍で22杯だ。
研究所の人たちは食が細いので、1人1合だと多すぎるみたいだから、ご飯はちょっと少なめに炊いている。……それでも余るんだもん。
「それは何してるの?」
この国の人ってお米を知らないわけじゃないんだけど、日常的にはあまり食べないみたいなんだよね。レストランとか、なんかそういうところで食べるくらいで。お米を研ぐとか、炊くとか、未知の世界みたい。
初めておにぎりをお出ししたとき、「ご飯って、家庭でも普通に作れるんだねー」「専門の業者じゃないとできないと思ってた」なんて言ってみなさん驚いてたから。「ご飯を炊く」という概念はこの国にはないんだね……。
「ご飯を炊くので、その準備です」
「え? 何でご飯?」
「味噌焼きおにぎりを作るのに必要だからです」
「……おにぎりって、何?」
……そこからですか。
「おにぎりに関しては実物を見た方が早いと思うので、後で説明します。……キノコの下ごしらえはできましたか?」
「もう少しで終わるよ」
お米と水をセットした大鍋を火にかける。ご飯が炊けたらよくかき混ぜて、少し冷ましてからおにぎり……かな。炊飯してる鍋は、沸騰したら弱火にしてじっくり火を通せばOKだ。
次は温野菜用の野菜を切っていこう。
本日の温野菜はキャベツ、ニンジン、カリフラワー、アスパラを蒸して作る。蒸し器も用意してもらったの! うふふふふ。使うのが楽しみ。
キノコの処理が終わったら、ヴノさんにはニンジンの皮をピーラーでむいてもらおう。それが終わったら、カリフラワーを小分けにしてもらえばいいかな。私は最初にキャベツをざく切りにする作業をして、それが終わったら、ヴノさんに皮をむいてもらったにんじんを一口大に切るとかすればいい。
「……終わった。次は何をすれば良い?」
「では、ニンジンの皮をむいてください。ニンジンをまな板の上に置いて、ピーラーでこんな風に」
お手本に1本むいて見せると「わかった」と頷いて、ヴノさんは作業を始める。
ニンジンを手に持って回しながらむくのでも良いんだけど、初心者は力の入れ加減が分からなかったりするから、平らな台などに食材をのせて均等に力を入れるのがいいって、前世で見た小さい子ども向けの料理番組でやってた気がするんだよね。
野菜は多めに用意したから、少しくらい失敗しても大丈夫。万が一、ノーミスで余ってしまったら、翌朝の野菜スープに転用すればいいし。
キャベツをざく切りにしてたら、ヴノさんが「私ももっと包丁を使いたい」と言い出した。
……えーと。ちょっぴりだけどイラッときたな今。何も知らない初心者め~。
とりあえず、ニンジンの皮むきが終わってからにしてください、と思ったけど口には出さないでおく。
「ピーラーも一応刃物なので、まずは指を切らないように、それに慣れてください」
「……そうか。でも、簡単な治癒魔法も使えるから大丈夫だよ」
「それが終わったら、包丁を使う作業をお願いしますから」
「わかった」
ヴノさん、ご隠居との賭けがあるせいか、真面目に作業してくれる。私としては構えてた分、なんだか拍子抜けしてしまった。……だってさー、昨日のあの反抗的な態度をみたらさー、「こんなかったるいことやってられっか!」って言い出すんじゃないかってビクビクしてたの。
まあねぇ、この世界の人はみんな将来は女の子になるかもしれないからって、小さい頃から基本的に言葉遣いを丁寧にするように心がけてるわけで。そんな言葉遣いでは、粗暴になりきれないというかお上品って言ったら良いのか、あんまりケンカ腰になれないんだろうな。
あとご隠居様が言ってた通り、本当に心根は悪くない人なんでしょうねぇ。
それはさておき、さっきのキノコは石突きをとるのも小分けにするのも手でちぎってもらっちゃったからな。ニンジンの皮むきが終わったら、カリフラワーを小分けにするのは包丁を使ってもらおう。
って言ってたのに。
「あれ? この道具、切れなくなった。さっきまで切れてたのに、急にどうして……?」
は? ピーラーが切れないってどういうこと? と思ったら、ヴノさん、ピーラーの表裏が逆です。それでは切れなくて当たり前なのよ~。あぁ、ニンジンの皮がキレイに切れてなくて、無理に引きちぎった感じでザリザリになってる!
「あ、それはですね、裏表逆なんです。この出っ張りを右側にして使ってください」
ピーラーにくっついてるジャガイモの芽のところなどをほじる出っ張りを指して説明する。
きっと皮をむき終わったニンジンをボウルに入れて次のニンジンをとった時、気づかずに裏っ返しにしちゃったんだと思う。
「あ、本当だ。この向きなら切れるのか。やっぱり刃物なんだ~!」
うん。この人をあと1ヶ月で料理上手にするとか、なんか遠い道のりに思えてきた……。
ご飯の鍋が沸騰したので、火加減を調節してごくごく弱火にする。
ヴノさんの方はにんじんの皮むきを無事に終え、次は包丁を使ってカリフラワーを小分けにしてもらうことにする。
「ここのところを切り落としてから、このくらいの大きさに分かれるように切って下さい」
これもわかりやすいように、ゆっくりお手本をやって見せる。
ヴノさんが真剣な顔でカリフラワーを切り始めたので、自分はグラタン用のタマネギを食料庫から出してきた。このタマネギをみじん切りにするのだが、タマネギは冷やすと気化成分がおとなしくなって目にしみないので、弱い水魔法で冷やしてから切ることにする。その上、包丁を水で濡らして気化成分を水に溶け込ます方法も加える万全の体制。
ふとヴノさんを見やると、緊張しているのか体にすっごい力が入ってる! それで包丁を使うから、カリフラワーを切る度にダン! ダン! って音が心臓に悪い。
「ヴノさん、ヴノさん、深呼吸して! 包丁はこんな風にすれば、そんなに力を入れなくても切れますから大丈夫」
初心者にありがちだけど、包丁を真上から真下へ押すように切ろうとするから余計に力が入っちゃうのよ。包丁を手前に引くか奥へ押すかすれば、そんなに力は要らないんだよ~とやってみせる。
「そうか、上から押して断ち切るのではないんだね」
ヴノさんは私の手元を見て頷いていた。今度は大丈夫かなぁ……。
そんなこんなで、多少のトラブルはあったものの、なんとか夕飯の準備が完了した。
ちなみに、おにぎりを握るのを手伝ってもらったけど、ヴノさんったら力を入れてぎゅうぎゅうに固めようとするから直すのが大変だった……。
そうそう、みんなが来る前に少しだけヴノさんに味見させたら、自分が手伝ったというのもあったのか、すごく美味しいって嬉しそうにしてた。
ヴノさんの笑顔、初めて見たよ。
今までずっとふて腐れてて不機嫌そうな顔ばかりだったから、この笑顔はなんだか新鮮だった。
見た目だけは天使なのよ、この人。赤みがかったフワフワの金髪に、夜明けの空のような紫色の瞳、きめの細かい肌に整った顔立ち。すっごくキレイなんだけど、それだけ。ハルスさんの笑顔も同じ。私の心は動かない。
そうだよな~、私ってば前世でも見た目より中身重視だったからな~。キレイな人でも、その人の為人がよく分からないうちは、ときめかないんだろうなぁ~。
だから変化できなかったんじゃないかな、自分は。……なんか、そんな気がしてきた。
とにかく、今日は大変だった。
自分だけで作るんなら気楽で良いんだけど、今日はヴノさんの指導もあったから、なんかすっごい疲れた。教えるのって大変!
けど、ヴノさんと2人で苦労して作った夕飯は好評で、美味しいって言ってもらえてヴノさんも嬉しそうだったし、まぁいっか~と思った。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
今日はイレギュラーな更新でした。
明日は更新日ですので、普通に朝5時に更新いたします。




