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10.賭け

「なっ! どうして私が食事係など……!」


 私が声を上げるより前に、ヴノさんが立ち上がってご隠居様に抗議する。

 私の場合、脳内の思考に口や体が追いつかないことが多いのだ……。


「食事係補佐(・・)。キミは一人で食事なんて作れないでしょう。あくまで補佐ですよ」


 ご隠居様は『補佐』というところを強調して言った。


「このくらいの料理、私にだって……!」

「……作れると? このハンバーグの材料はなんだか言ってごらんなさい」


 なんだか挑発的なご隠居様。


「そんなもの、ハンバーグなんて肉で作られているに決まっているじゃないですか」

「肉だけですか?」

「……チーズとソース」


 突っ込まれたヴノさんが、小さい声で付け足す。

 うん、ハンバーグの外側に添えてあるものだから見えててわかりやすいけど、ハンバーグはそれだけじゃ作れないよ? 確かに、前世のテレビで見たこだわり店では、肉だけのシンプルなハンバーグを出すところもあったけどね。


「あとは?」

「……」

「答えられないのであれば、一人で料理をするのは難しいという事ですね。キミはその手で、命をつなぐ日々の食事を作り出す(すべ)を覚えなさい」

「……」

「1ヶ月、時間をあげましょう。それまでに私を満足させる食事を一人で作ってごらんなさい」

「……それでご隠居様を満足させたとして、私に何の利があるというのですか!?」


 それまで悔しそうに黙っていたヴノさんが、条件を聞いてご隠居様に食ってかかる。


「そうですね、自由をあげましょう」


 ヴノさんが息を呑む。

 自由をあげるって、どういうことだろう?


「私の口利きで、ここから遠いところ、誰もキミを知らないような場所で、ひっそりと何不自由なく過ごす権利をあげましょう」

「……分かりました」


 ご隠居様を挑むような目で睨みつけながら、ヴノさんが了承した。

 え? そんな『賭け』が成立するの?


「……と言うわけですから、ヒューレーさん、この子を頼みます。2人とも、1ヶ月の間は修理の作業はなしで、料理に専念してください」


 えっ!? この人と2人で!?

 待って待って待って!

 修理の作業、好きなのに~。魔法陣書くの大好きなのに~。

 私の癒やしを奪わないでー!!


 ご隠居様には恐れ多くて意見を言えないから、口には出さないけど。

 だって私は平民で、たぶん研究所(ここ)の所員さんの多くは貴族のお家出身だ。一応、所員として身分に差はないと所長さんから就職の時に言われてはいる。それでもねぇ、言っていい人といけない人っていると思うし……。


「ご隠居様、さすがにそれは魔道具研究所の所長として了承しかねるので、午前中くらいは2人に修理作業をさせてください」


 所長さんの鶴の一声で、私の心の癒やしである修理作業は守られた。ありがとう所長さん、いえ、所長様さま! 感謝の念を込めて「さま」を2回繰り返しました!


「それからハルス、申し訳ないけど新人2人が午後は料理にかかり切りになるから、明日から午後の受付はお願いするよ」

「はい、分かりました」


 ハルスさんは苦笑して了承してくれた。すみません、先輩!


「では、今日は初日でしたし、新しい環境で疲れもあるでしょうから明日の朝食準備は無しで、明日の午後、夕食準備からお願いします」

「……わかった」


 私がそう言うと、ヴノさんは不機嫌そうに返事をして、夕飯を平らげて早々に部屋に戻っていった。

 ヴノさん、食器は自分で洗う決まりなんだけどね……。いや決まってないけど、暗黙の了解というか礼儀というかね……。知らなかったら仕方ないけど、食器を下げるとかしたことないんだろうな、あの人。どれだけ甘やかされて育ってきたんでしょうかと遠くを見る目になる。

 あの人に料理をさせるなんて、遠い道のりになりそうです。




 夕飯の片付けと朝食の下ごしらえをして部屋に戻ると、私の部屋の隣がヴノさんの部屋になっていた。既に名前が入れられている。

 ……そうか、新人同士だもん、そういうこともあるよね。

 私たちの次に若い所員はハルスさんだから、ハルスさんの隣が私で、そのまた隣がヴノさんってのは当たり前といえば当たり前なのかも。


 部屋に入ろうとすると、隣のドアが開いてハルスさんが顔を出した。私の気配を察して、出てきてくれたみたい。


「ヒューレー、お疲れ様。いつも美味しい食事をありがとう」


 穏やかな笑顔でそう言いつつ、王都で人気のチョコレート屋さんの包みをくれた。

 えっ!? こんな高そうなの、もらって良いの!?


「ヴノは野菜ばっかりって言ってたけど、ヒューレーが作ってくれる野菜料理は美味しいよ。なんて言うか、ホッとする味で……。それに、ヒューレーの料理を食べるようになってから、体の調子が良くなってきたんだ。今まで疲れやすくてさ。疲れるとふらつくこともあったのに、今はそんなに疲れなくなったし。野菜が足りなかったんだなぁって実感した。あのままの生活を続けてたら、きっと他の先輩のように倒れることもあったかもしれない。……本当にありがとう」


 ホッとする味……。えぇ、まぁ、前世アラフィフ専業主婦の家庭の味でございますしね。

 っていうか、なんですと!? 過去には倒れる人もいた!?


「恥ずかしい話だけどね。この研究所で生活してると、どうしても食事がおろそかになって、倒れる人も少なくなかったんだよ。……まぁ、しばらく病院でお世話になれば体調も回復するし、そうして戻ってくるってことがよくあったんだ。あ、今も2人ほど入院してる」


 えー!? 現在進行形ですか! と驚愕の表情を浮かべる私。

 苦笑するハルスさんの顔を見ながら、食事係の責任って思ったより大きいのかもしれないって漠然と思った。


「大変なときは手伝ったり、愚痴くらいは聞いたりしてあげられると思うから。これからもよろしくね」

「はい。ありがとうございます」


 そう話を締めくくったハルスさんに、チョコレートと励ましのお言葉のお礼を言って自分の部屋へ戻った。




 シャワーを浴び、早速いただいたチョコレートを1つだけ口に含んで、ゆっくり味を楽しむ。甘くなった口をさっぱりさせるためにハーブティーを飲む。至福の時間だ。甘いものはお高くて極たまにしか食べられなかったから、ハルスさんに感謝だわ。


 その後、歯を磨いて、部屋でゆっくりしながら、献立表を見直す。

 新しい厨房ができる~! とワクワクしてしまって、この先しばらくの献立表を作ってみたのだ。食材の発注もしないといけないしね。


 ヴノさんは包丁も持った事なさそうだし、何から手伝ってもらうのが良いかと考える。

 あの気位の高そうな感じからして、ヴノさんは上級のお貴族様なんだろうと思う。料理どころか、絶対に、自分で生卵すら割ったことないよ!

 包丁だって扱えるかどうか。

 簡単なものから慣れてもらうしかないかなぁ……。


 自分が小さい頃はどうだったろう?


 ベッドに横たわって、小さい頃のことを考えてみる。今世のもだけれど、前世の記憶も参考にしたいなぁ。


 魔術学校に入る前、実家にいた頃は野菜の皮むきを手伝わされた記憶はある。

 最初は豆の筋を取ってた。それからニンジンをピーラーでむいた。そのうち、タマネギの上と下を包丁で切って皮をむく……とかになって、野菜のカットを任されて。それから、リンゴの皮むきとかするようになって、最後は最高難易度のジャガイモの皮むきを包丁で。

 ……うん。そんな感じで少しずつ手伝ってもらうのが良いのかも。


 ちなみに前世の記憶では、最初はフライの衣付けで、次はいきなり母の指示を受けてカレーを作るという高度なミッションを任された(母は指示だけ)から、あんまり参考にならなかった。


 そんな事を考えながら、その晩はいつの間にか眠ってしまっていた。




 翌朝、顔を洗って身支度をととのえ、新生・厨房で作業を開始する。


 今朝のメニューは、シンプルにハムエッグ。私は白身が固まってないと嫌なので、蒸し焼きにして白身を固める。でも黄身は半熟とろっとろ。同じ皿に、ニンジンのグラッセをのせる。グラッセは出汁で煮つめてバターでつやつやに。油と合わせるとベータカロテンの吸収が良いんだ~。血液さらさらオニオンサラダは、辛みが抜けるようにスライスしたら少し時間をおいておくのがコツ。カリカリのベーコンとクルトンを乗せて、醤油ベースのドレッシングをチョロッとかけて食べる。具だくさんの野菜スープは今日は肉類なしで豆入り。

 さっき届いた焼きたてパンを大きなカゴに盛って、各自好きなだけ持ってってもらう。

 あと、自家製ヨーグルトには蜂蜜とジャム、好きなものをかけてデザート代わりにどうぞって感じ。


 ヴノさんは今朝は文句も言わずに、普通に朝食を食べていた。……とっても眠そうだったけど。




 午前中は普通に修理作業。

 ご隠居様との賭けのこともあって、修理の中でも短時間で済ませられそうなものが割り当てられ、午前中のうちに修理記録も書き終われるように……と配慮された。

 先輩方を差し置いて楽な修理を新人に回していただけるとは……すみません! 申し訳なく思いつつも、本当に感謝しております!


 しかし、ヴノさん本人はそういうことがよく分かってないみたいで、なんていうかそれが当たり前と思っているというか、態度が尊大っていうか……。

 あの人、もう少しなんとかならないのかしら、と私の中の前世のおばちゃんな部分がイライラしている。

 たぶんだけど、ヴノさんはお貴族様なんだろうし、態度はなかなか改まらないんだろうな~。


 あと、ヴノさんが受付業務をしてたんだけど、衛兵のおっちゃんと何か話がかみ合わないというか、お客様に対する態度じゃないというか、で、結局私が代わることになった。

 うん。たぶん、ヴノさんの心構えの問題だと思う。尊大すぎるのよ、態度が……!




 昼ご飯は朝の残りの野菜スープにパンで、簡単に済ませる。一応、朝食後に1人1本は食べられるようにソーセージをスープに投入しておいたので、1品で満足できる内容になったんじゃないかと思ってる。ちゃんと「ソーセージは1人1本」って張り紙もしておいたし。

 朝、たっぷり作っておいたから、みんなが昼に食べられるくらいは充分に残ってた。よかった~。




 さぁ、午後はいよいよヴノさんと料理開始です!




読んでいただきまして、ありがとうございます。

明日は敬老の日なので、主人公の実家の祖母ちゃんとご隠居様に敬意を表して(?)臨時更新しちゃいます。

朝5時更新です。よろしくお願いします。

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