自己満足でも愛は愛でしょう?
基本的に一日の時間の使い方は決まっている。
小説を書く、本を読む、ネタ集め、睡眠。
この四つで私の生活は成り立っている。
だからこそ、こういうのは面倒だ。
「じゃあ、別れましょっか」
私の言葉に目の前の彼は「は?」と間抜けな声を漏らす。
貴重な昼休みに部室から引きずり出されたと思ったら、聞きたくもない台詞第一位を聞かされたのだ。
冷たく言い放っても仕方がない。
作業中には結い上げていた髪を解いて、ガシガシと適当に乱す。
彼は口と目を開けて私を見ていた。
付き合ってくれと言い出したのは向こうの方から。
当然気のない私は断ったけれど、お試しでと食い下がってきたのは向こうの方。
私何もしないよ、と言ったのにそれでもいいと言ったのは向こう。
だから私は悪くない。
「だって構って欲しいんですよね?だったら、私じゃなくても大丈夫です」
だから戻っていいですか?と私。
そんな私に驚いて何も言えなくなる彼。
俺の事好き?とか何でデートとかしてくれないの?とかそんな台詞を求めているわけじゃない。
ましてや「俺と小説、どっちが大切なの」とかそんなの決まっているじゃない。
「私は小説の方が大切なので」
それでは、と頭を一つ下げて長めのスカートを翻す。
恋だ愛だなんて騒ぐのはしょうに合わない。
ただ心地いい人間関係に身を委ねるだけでいい。
それが出来ないならその人は要らないし、多分分り合うことは一生ないだろう。
***
「ってことで別れたんだ」
カタカタとパソコンに文字を打ち込んでいく。
何度も何度もキーボードを叩いてるうちに、自然と手元を見ないでも打てるようになった。
ワードの画面が文字で埋め尽くされる快感に酔いながら、今日あったことを幼馴染みに話す。
幼馴染みは部活で使う道具の手入れをしながら、ふーんとか適当に頷きながら私の話を聞いていた。
運動部の幼馴染みは、今日は自主練だけだったと言って私の部屋に上がり込んできて、私の部屋で道具の手入れをする。
正直理解出来ない。
「そもそも、付き合ってたって言えるのか?」
彼の言葉に漢字の変換をミスした。
カタカタと漢字を直しながら「さぁ?」と答える。
付き合うの定義なんて人それぞれだろう。
友達の定義が人それぞれなように、恋人の形にだって人それぞれ定義があるはずだ。
私にはその定義はないし、そもそも付き合うという言葉を、私の辞書に入れることはない。
あくまでも小説的な意味合いでしか必要ない。
後は買い物に付き合うとか。
「……つーか、お前と付き合える人間なんていないだろ」
今日の分の本文を打ち終わって、取り敢えず保存。
保存してメモリにも入れて二重で保存。
何かあった時に困るのは自分だから。
それから印刷ボタンを押して、書き上げた原稿用紙を印刷する。
その間に彼の失礼極まりない言葉に、一応形だけの反論をしておく。
そんなことないよ、と。
すると彼は道具の手入れを止めて、顔を上げて私を見た。
年々視力が悪くなっている私は基本的に眼鏡。
と言うよりは最早眼鏡がないと殆ど何も見えないのだけれど。
パソコンの画面の光で乾く目を、何度か瞬きして無理矢理涙を出す。
目が潤い始めたところで、彼がのんびりと口を開く。
男にしては細く薄い形のいい唇から溢れた言葉に、私は瞬きを忘れてしまいまた目が乾く。
「俺と付き合えばいいんだよ」
ケロリとした様子でいう彼。
幼馴染みながらこういう時に何を考えているのか分からないのは、男女の差だろうか。
それとも私が彼について考えることがないから。
適当に結い上げていた髪とその髪を束ねているシュシュ。
そのシュシュに指を絡めて解けば、小さく髪が揺れて彼の視線がそちらに向く。
「それって、つまり、私に似合うのは俺だけだからって自惚れ?」
原稿の印刷が終わる。
ホカホカ刷り上がりの原稿用紙が、私の手に収まるのを待っていた。
だけど彼は自信ありげに、嫌味ったらしく笑いながら「違うの?」とほざく。
明日は文芸部部誌の締切日だけど、添削は明日でも間に合うのかな。
そんなことを考えながら、彼に手を伸ばした。