境域のリラ
思いつきで書いたので、細かなところでつじつまが合ってないかもしれません。
いつから歩いているのかわからない。
ずっとただ足を動かして進み続けた。
途切れることなく延びる道。
木々が生い茂る林を抜け、
静まり帰った街も抜け、
切り立った崖の淵も通り抜けてきた。
様々な場所をとおったが音が無かった。
全ての音が消えた、静寂の道
ただ歩き続けた
訳も分からないまま
自分が何者であるかも分からないまま
木々が作る木陰の中で、目覚めたリラは自分を抱きしめ眠る男にしがみついた。
久しぶりに見たあの時の夢がリラを不安にさせる。
「ねえ、”境界”を越えた時の夢をみたよ」
「だから」
男は急にしがみついてきたリラの様子に目をあけてくれたが、興味が無いとばかりにあっさり二度寝してしまう。
ひどいと思うが、男の態度はいつものこと。
「 話聞いてくれてもいいのに、本当自分勝手なんだから」
不安なのに。
無口である以上に、人付き合いに興味がない。
緑の域長であるのに、他の域長との会合にも参加せず、ただ緑の域から出ることは滅多にない。
しかも無理やり引きずり出されても、
寝てばかりで会話らしい会話らしいができない。
そして長年、緑の域に属する境界人は彼しかおらず、誰とも関わろうとせず親しい者もいなかったそうだ。
そんな人付き合い力皆無の意味不明な自分勝手な男。
リラは親しいかと聞かれたら、親しくないと言い切ってしまえる。
一緒に暮らしているのにだ。
リラだって一緒に暮らしていたら、
嫌でも親しくなると思っていた。
なのに会話をほとんどしてもらえず、ただ寝てばかりの男。
そばにいれば親しいなれるは幻想だと、今ならはっきり言い切れる。
だってリラがこの男について知っているのは、
寝ること大好き(いつも寝てる)
緑の域長
リラの所有者
という事だけなのだから。
「てか、親しくないのに所有者だってなんで認めてるの私は…」
自分で言っていて馬鹿らしいが、仕方がない。
だってリラにとってはもうそれが当たり前だから。
この男、シオンがそばにいることが。
他の域長に呼ばれて出かけようと、帰るところはシオンのところ。
落ち着けるところも、くつろげるところも全て。
”リラは俺のだ”
初対面でそう言ったシオンにより、リラは”リラに定まった。
境界を越えてきたリラは、全てを忘れてしまっていた。
名前も記憶も、自分の姿形すら忘れ、ゆらゆらと揺れていた。
後から聞いたのだが存在することすら、危うくなりかけていたそうだ。
そんなリラに誰よりも早く近づき、助けたのがシオンだった。
リラという名をもらい、存在を安定させ境界人となった。
それなのに、リラは未だ域が定まらない。
瞳の色が安定しない。
境界人は瞳の色によって、属する域がわかる。
瞳の色が安定しないリラは、属する域は保留とされている。
「ねえ、私はシオンの所有物だよね?
なのにどうして域が定まらないの。
…どうして安定しないの」
気にすることではないと他の域長達には言われている。
元々明確に分かれるものではないと言われてる。
二つの域を持つものや、ある日突然域が変わる者もいるらしい。
何より域が定まらないにもかかわらず、既にリラの居場所はシオンの隣というのが周囲の認識だ。
だからこの居場所、シオンの隣を追い出されることはないし、境界人から追い出されることもない。
それなのにリラは不安だ。
瞳の色が変わるたびにそれは顕著だ。
きっと境界を越えた時の夢を見たのも、
再びあそこを歩いてシオンのいないところへいってしまうのではないかという不安からだ。
「お願いだから、もっと安心させてよ。シオン」
答えなく眠る男の胸にすがり、リラは再び目を閉じた。
今度はあんな不安な夢を見なくて済むようにと願いながら。
眠りに落ちる前にもう一度、シオンと名を呼んだ。
男が起きている時には呼んだことのない名を。
リラを安心されてくれない男の名を、
絶対に起きてる時には呼ばないときめているから。
「馬鹿が」
シオンはそう胸の中で眠る娘に呟いた。
名を呼ぶなら自分が起きている時に呼べばいいものを。
おかげで目が覚めてしまった。
反対に眠りに落ちたリラを起こさないように抱き直し、額にかかった前髪を揃えてやる。
泣きそうな顔で眠るリラに少しやりすぎたかと思ったが、まあいい。
リラにシオンという楔をより深く植え込むためには仕方ない事なのだから。
リラはシオンにとって唯一の存在だ。
実際リラさえいれば他はいらない。
リラにとってもシオンはそうでなくてはならない。
だか、リラはそうはなれない。
広い心と優しさを持つ彼女はシオンだけではなく、
他の存在も許容してしまう。
シオンだけの空間に閉じ込めてしまいたいが、境界人であるが故にそれもできない。
そもそも何事にも場所にも囚われず、
あらゆる境界をこえてしまうものだけがこの境界に辿りつくのだ。
そんな境界人を檻や空間に閉じ込めようと、本能で脱出できてしまうのだ。
だからリラに刻みつけるしかない、
自分の元だけが安心出来るのだと。
その為にわざと瞳の色を変え、域が安定していないようにみせかけた。
夢の中ですら不安になるようにと、
境界を越えた時の夢を見せたり、一人になる夢を見させた。
そのせいで存在が不安定になり過ぎる時もあるが、
シオンが一言名を呼べばリラは落ち着きを取り戻し安定する。
そろそろ安心も与えてやってもいいかも知れないと思ってはいる。
起きている時にリラから名を呼んでもらえたなら。
その時を楽しみにしながら、この腕の中で眠る存在を大切に抱きしめた。
シオンの思惑とは裏腹に名を呼ぶ気がないリラ。
だんだんとシオンに振り回されるリラを哀れに思ってきた他の域長達が、彼女をシオンから引き離する準備を始めていた。
そんな事を知らないシオンはこの後、多いに苦労する事になった。