学生街の出会い
1+1が2よりも遥かに大きくなる関係に憧れませんか?こんな出会いがあったら素敵だなと思える作品にしようと思います。よろしくお願いします。
みどりの日に相応しく、眩い太陽に照らされて、ちょっと斬新なデザインのビルの合間から見える北山も、通りの向こうに見える東山も鮮やかな緑に映えている。その緑も一様な緑色ではなく、樹種ごとに濃さが違って、常緑の濃い深緑が新緑の黄緑を見事に際立たせていて、真っ青な空と鮮やかなコントラストを演じている。雲も少なく、気持ちのいい午後だ。
流石にちょっと暑いな。
僕は、かつて学生時代を過ごした街を歩いていた。
東へ向かう車の列は、連休中というのもあって他府県ナンバーの車もちらほら見られた。歩道を行く人も、地元の人よりは、観光客や学生が目についた。ゴールデンウィークに帰省しない学生も結構いるんだな。丁度お昼を食べ終わる時間帯で、お店から出て来る人や車も多くなった。
そろそろ空いて来た頃だ、人も、お腹も。
それに、喉も渇いたし・・
目の前には、ちょっとお洒落な建物の、喫茶店とかレストランとはちょっと違った独特の雰囲気のあるお店。その中から出て来る人の群れが途切れるのを待って、僕はその扉を開いた。その上部に取り付けられた鐘が、綺麗な金属音を響かせていた。
丁度そのテーブルの陰になって、最も気が付き難い状態でそれはあった。表紙が偶然壁の色と同じで擬態の様に立て懸けてある。
忘れ物?
気になって、少し触ってみた。すると、意図しないのに表紙の部分が倒れて、中が開いてしまった。
キスしている男女の上半身の絵。服はちゃんと普通に着ている。
鉛筆とかで描かれた、色の付いてないその絵をよく見ると、女性の方は可愛い普通の少女?みたいだけど、男の方はどう見ても人間じゃない。どうやってそんな表現が出来るのか不思議な程、目が怪しく光っている様に見えた。耳は猫か狐の様で、鼻は随分高いな。その鼻を避ける様にして合わせている口は、まるで彼女の魂をも呑み込みそうだ。それを大きさじゃなく、巧みな技法で、その怪しい口づけを表現している。
僕はそれをまじまじ目に焼き付けるくらい見て、更に別のページを見たいという衝動に駆られた。大袈裟かもしれないが、その1枚の絵なのに、その奥に壮大な物語の存在を予感した。
しかしだ。その絵が見れたのは、あくまでも偶然。そして、今しようといていることは故意なんだ。
いけない。人の忘れ物を勝手に取って見ることは、道徳に反する。でも、見たい。それ程に、そのスケッチブックは魅力的に思えた。
「お待たせしました。」葛藤を打ち破る様に届いた料理と飲み物。
僕は咄嗟にスケッチブックを閉じて、元あった状態に戻した。
変わった味だけど、結構美味しいな。
スケッチブックのことを忘れたかの様に、食事に集中していた。
洋楽の落ち着いた曲が静かに流れる店内で、綺麗な鐘ではあるが、多少けたたましく鳴っていた。
その席からは死角になっている出入り口の扉が開いたんだ。
「あの、この席にスケッチブックありませんでしたか?」
何のキャラか分らない絵柄の白いTシャツに、ザックを背負ってるらしく両肩から紫色の帯。
下はごく一般的なジーパンにスニーカーというラフな格好をした彼女は、背が160あるかなしくらいで、太くも細くもない普通の女性らしい体型だ。
顔はどう見てもすっぴんで、紫色の縁の眼鏡をかけているせいか、ちょっとインテリっぽい美形だ。
髪は清楚な黒髪で、肩より少し下まで伸びたストレートのセミロングってところか。
そんな彼女が、多少焦っている様で、来るなりテーブルの周りを見回した。
「もしかして、これですか?」と、それを指さすのが早いか?
「あった。よかった。」と彼女自身が気付いたのか?
兎に角早く回収したかったみたいで、食事していた僕を押しのける様にして、それに手を伸ばした。
「それ、貴方が描いたんですか?」黙ってやり過ごすという選択肢が一般的だが、その絵を描いた主に興味を感じていた。だから、つい口が滑ってしまった。
「見たんですか?」スケッチブックを掴んだ姿勢は、偶然互いの顔が至近距離にあり、そのタイミングで、彼女は僕を睨みつけた。眼鏡のレンズ越しに大きく見開かれたくりくりっとした両まなこが、僕のすぐ目の前にあった。
「いや、偶然開いて・・」それを聞いた途端、彼女の顔がみるみる赤くなり、ニアミスを起こしていた顔を一気に遠ざけて、背中を向けると、まるで如何わしいことをした男から逃げるかの様に足早に扉の方に向かった。
“三枝璃瑠華”持ち去られるスケッチブックに、確かにそう書かれているのが読みとれた。
ありがとうございました。ゆっくりのんびり育んで行きたいですね。作品も、著者も、そして読者様の心も。気長に、末永くお願いします。