第七話 本当の想いは今何処へ…
一体何が幸せなのか
何が生きることなのか
もはや教えてくれる者もなく
まるでお化けにでもおびえる子供のように
私は静かに心にふたをした
本当にほしかったのは……
第七話 本当の想いは今何処へ…
夢を本家まで連れ帰ってから暁生は申し訳なさそうに夢に言った。
「ごめん・・・。」
そういって土下座をしようとする。
その震える暁生の手を夢は制した。
「私がいけないの。もう私はきっと使えない人間になってしまったのよ。
欠陥品の人形のように、終わりが訪れたんだわ。」
「違う!!」
暁生の怒鳴り声にびくっと肩を震わせた。
暁生から見て夢に欠けている物なんて考えられないほど彼女はできた人だった。
だからこそ人一倍心が脆いのかもしれない。
しかし完璧ゆえにその内の壁も厚く、誰も彼女の孤独には気づかなかったのだろう。
ふいに孤独が見えたあの時、彼女は確かに”忍び”ではなく一人の”人間の女”だった。
何故だか、暁生の目にそう見えた。
そして、その姿はなぜか無性に哀しそうで…。
「暁生さん…?貴方も顔色よくないですわよ。」
またそうして人の心配ばかりする。
「あ、あの、お夢さん。貴方のことに気づけなくて、俺情けなくてさ。
自分だけ菊姉のことで苦しんで、慰めてもらって、
お夢さんがあんなにぼろぼろになっているなんて気づかないなんて。」
夢は首を振って、貴方は悪くないのよ、と何度も暁生に言った。
不意に暁生が夢を抱いた。
急に涙がこみ上げて、わけもわからずただ夢は昭雄の腕の中で静かに嗚咽を漏らした。
でも暁生にとって前に夢に慰めてもらったときと何かが違う気がして、
夢の変わりようが怖くなった。
何が違うのか、夢を静かに見下ろしながらその顔を見て思い出した。
(あの男だ…)
茶屋にあの男が現れた瞬間に夢は急に気絶した。
幼少のころから幾度も修羅の道を通り抜けたはずの夢が”あんなこと”で倒れるなど、
暁生には信じられなかった。
何かが、夢の中でざわめきを隠せずにいる…。
そう思って、ようやく落ち着きだした夢に話を切り出した。
「あ、あの。」
もしかしたら夢は恋をしているのかもしれない。
それとも生き別れの兄弟か誰かだったのだろうか。
冬川家は身寄りをなくした人を集めてはいるが、
そのときすでに分かれていた場合もあるからだ。
「ん?何ですか?あ、さっきはすみません。」
いつもの笑顔で夢は微笑んで深々と礼をした。
夢のあのさびしげな横顔の瞳が一体何を移しているのか、
暁生にはまったく見当もつかなく、
自分がきちんと夢の支えになっているのか不安でしょうがない。
「茶屋で見た、あの男はお夢さんの何?」
夢は少し考えはじめて黙った。
(直球過ぎたかな。)
そんな暁生の不安に対し、夢はこう答えた。
「私と同じ目をした人よ。」
目…。
夢の瞳は緋色である。
実は彼女の父はいわゆるメリケン人であり、夢も当然その容姿を受け継いでいる。
ウェーブの軽くかかったしなやかな金色の髪や紅い澄んだ緋色の目、白い肌。
普段はかつらや化粧で隠しているのでめったにばれはしないが。
「え?それはあの男も「いいえ、瞳の輝きよ。」
夢はきつく鋭く暁生の言葉を切った。
夢が人の話している間の言葉をきるなど、
暁生には考えられなくてよっぽどあの男に思い入れがあるのだろうと察した。
「人を害する鬼神の如し。独逸神話の夜叉のような…ね。」
夢はふと目を落として語りだし,横で静かにそれを暁生が聞いていた。
はじめて会ったのは今年(元治元年)の一月。
*ちなみに新選組結成は文久三年のことである。
冬川家に使いが参り、新選組に一人忍びを10日ほど貸してほしいということだった。
当時西洋武術や医術など冬川家の者は皆、選りすぐれた者が揃っていた。
中でも女性でありながら夢は秀でていた。
そこで兄義明の命により、夢がそこへ赴いたのだ。