表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/3

3

35-16

 駅員さんが私の方を見ています。私はその駅員さんを見て、覚悟を決めるとかそういうことではないのだなと思います。少し安心をして私は駅員さんの方にもっと近づいて行きます。

 もしもその駅員さんから私が切符を渡されて、「料金が必要です」とか言われたなら、「お金はありません」と言おうと考えて近づいて行きます。何も言われないならそれだけです。

 そう思いながら近づいていって、そして駅員さんは何も言わずに私に切符を手渡し、私は何も言わずに切符を手にし、その先には改札口のようなものは何もなくて、私は何も考えずすぐに列車に乗り込みます。

 列車の中の人もまばらです。人もまばらな列車の中のさらに人が少なく感じられる一区画を探しながら、列車の中を進行方向と同じ向きに歩いて行きます。そうして私は適当な席を進行方向の左側に見つけ、そこに腰を下ろします。

 車窓から見える風景は、やはりとても淡い桜色に染まった白いふわふわの綿菓子のようです。そのような風景が見渡す限りにずっと広がっていて、丘と天とがあって分かれているのですが、でも丘と天の色とは同じ色なのです。何か目印になりそうなものは何もなくて外の景色はそのような感じなのですが、列車の中の色も外の景色と同じ色になっていることに気付きます。列車の外壁も内壁も席の色も何もかもが、外の景色と同じ淡い桜色に染まっています。

 私はしばらく外の景色を見ていますが、同じような景色にはすぐに興味が沸かなくなって、ふと手に持っている切符に目をやります。切符には文字が書かれてあり、太くはっきりとした黒のゴシック体で“大討論会”とあります。

「討論会とは何となく世俗的だな、こんな所に来てまで・・・」

 私はそんな風に思います。

 でも、何だかぼんやり外を眺めていると、何だか知らないうちにいつ動き出したのか全然分からないうちに列車は動き出していて、何だか全然知らないうちに大討論会の会場に着いています。そしていつ降りたのかも分からないままに私は討論会場の席に座っていて、ステージの上にはもうすでに6人か7人の論者が席 私は自分が席に着いたか着いてないかも分からないうちに、討論会は始まっています。でも、5分もしないうちにその討論会は終わってしまっているのです。討論会の内容は次の通りです。



A:「哲学に復讐すべきだ。哲学する人は人類に対して復讐を繰り返して来た。哲学する人は現状に対して満足していないから描く。だがその描く内容と言えば、そのほとんどが本当とも愚ともつかない内容のものばかりだ。しかも彼らの描いたものはあまりにも膨大にあるために、全部見る暇などない。哲学する人は彼らの書いた内容を人々に読ませるために、我々の貴重な余暇をより多く費やさせ、人類に対しての恨みを晴らそうとしているのだ。より多くの人々が彼らを読めば、それだけ彼らは彼らの恨みを晴らすことができるのだ。彼らからの不利益をもうこれ以上被らないようにするために、これからは社会を改善していかなくてはならない。哲学する人からの復讐から逃れるためには、今度こそ我々は彼らを無視してしまうか、または彼らよりも強い愚で哲学の愚を圧倒し、哲学に対して復讐仕返さなくてはならない」


B:「人が生きていく上で、人はどうしても訳の分からん妄想を思い浮かべる。一人だけで気味の悪い妄想を抱えているのは危険で健康上あまりよろしくない。だが、同じような妄想を抱えている人がいることに気付くことができれば、随分と慰めにもなり得るのだ。生きる希望だって出てくる。だから哲学する人の妄想は、全く不必要であるとは言えない」


A:「ならば妄想するのをやめるべきだ」


B:「それはできない。人であり続ける限りは、人はきっと妄想し続ける」


A:「ならば人であることをやめるのだ。人を超えていくのだ。それが究極の目標だ」


B:「究極の目標を唱えるのは人であり、君もまた人だ。目標を考えるのは人が人の殻を突き破って理想を追い求めるよう設計されているからだ。だが、人を超えた究極の目標にたどり着いたとしても、その目標は元々人の考えていた目標で、いつまでたってもどこまで行っても、人は人であることに変わりはない」


A:「超人だ」


B:「いや、人だ」


A:「超人は究極の在り方だから、もはや妄想しなくなる」


B:「そんな考え方自体が妄想ではないか?」


B:「いいや、究極の目標。究極点」


C:「個々人がこのような二つの見識を内包できるようになれれば、もはや誰も語らなくなる」


D:「Cはそれを語ったので遅い。私も語ったから遅い。手遅れ」


E:「・・・・・。」


F:「Eは沈黙しているが、Eの存在をそれをもって語らしめている。遅い」



    



(空白、あるいはより滑らかなる枠としての何か)

  




 討論会はこれで終わりです。

 この討論を聞き終わって、私は座っていた椅子の上で座禅を組んで目を瞑り、無心になろうとします。嫌なものが込み上げてきて、どうしてもそうせざるを得ないと考えたからです。

 これから私は無心になろうとしている私の話をしようとしています。それなのに「無心になろうとしています」と言うのは妙なのです。無心になろうとしているのに「無心になろうとします」では、もう無心ではないのです。無心とは自覚症状がない状態であるべきなのです。でも自覚がなければそれは夢遊病ではないか?精神障害ではないのか?

 考えるのではなく、感じるべきだったな・・・。私はしばらく目を閉じて無心について思い描いています。

 

 ふいに突然、星空とトンネルが見えてきます。山などなくてトンネルが存在する必然性などどこにもないところに、ふいに星空を切り取ったように目の前に大きなトンネルが現れます。私はトンネルの方へと迷う心もなく歩いて行きます。とても暗く、中に入ると足元には何も見えなくなります。壁や天井がどの辺にあるのかも分からなくなります。

 恐怖心が少し芽生えますが、不思議にそのトンネルに興味を覚えたのには、幼少の頃の記憶が関係しているのかもしれません。


子供の頃、私はよく線路の堤防上で凧揚げをして遊んでいました。たった一人で高く高く凧を上げて遊んでいることがよくありました。

 線路と言っても電車は通っていなくて、レールも敷かれてはいませんでした。トンネルや橋も中途半端で、駅も全く建つ様子もなくて、過疎化などの影響もあり日本に突然のバブル景気がやって来るまで計画は宙に浮いたままでした。

 高い高い鉄橋の上から見下ろした時の自分の死の容易さへの恐怖は、あの時が原点でいつまでも強く印象に残り続けている。高く高く上がる凧の行き着く先が、自分や家族や友達が将来行き着く先かとか想像を巡らせたり・・・。冬には堤防でソリやスキー・・・。

 私の10代の半ば頃には鉄道も開通し、そのような遊びはできなくなりました。そして私は今、あの時の私に戻ったような感じです。ここのトンネルはその頃のトンネルと全く印象が同じです。村の外れにあったあの日の長いトンネル、大人になることがどういうことなのか分からなくて、思い付いたのが一人肝試しで、相手は闇への恐怖で・・・。

 私は昔のことを思い出しつつ、ですがすぐに気持ちを切り替えてここでのトンネルの中を歩いて行きます。決して立ち止まらない。明りのないトンネル内で一人で立ち止まった時の恐怖感は、心地よいものではない。

 トンネルの中は最初真っ暗で出口も見えません。カーブしていて、出口の明かりが壁で遮られるからですが、カーブを過ぎると先の方に小さく明かりが見えてきて、トンネル内でお化けに襲われるとか精神不安に襲われるとかそんなことも全然なくて、いつしか出口にたどり着いてしまいます。

 トンネルを出て辺りを見渡します。星が出ています。平原に広がる満点の星空です。星明かり以外に明るいものは何もありません。奇妙な扉もそこにはもうありません。芝のような草で一面覆われた原っぱで、星の光がとてもやさしく、私を幸せな気分で包んでくれます。雲一つない星空ですが、星たちがとても明るいので天の川が雲の線に見えるほどです。

 

 そこにいるととても気分が良いのですが、私はそこに腰を下ろすことなく静かに真っ直ぐに歩いて行きます。そしてしばらく行くと、草の上にオカリナが一つ、唐突に落ちています。小さな水色の水玉模様のオカリナです。私がそのオカリナを持ち上げると、それはボロボロと形を失くして崩れ落ちて行き、崩れながらその中から血が溢れ出てきます。そして完全に崩れ去った後には、最初からそのオカリナも血も最初からなかったかのようになってしまいます。

 またしばらく歩いていくと、金色に光る糸がふいに足元に落ちています。薄ぼんやりとした金色の光が、星空の下の草原に1本だけ落ちています。私はその糸を手で巻き取りにかかります。でも巻き取っても巻き取っても、糸に終わりは見えません。それで私は、途中まで巻き取った糸を足元に置き、糸が伸びてくる方向へと走っていきます。20メートルくらいで糸は途切れています。そこで私は今度はその糸を逆方向から巻き取りにかかります。するとまた同じように、いつまでたってもその糸を全部巻き取り終わることができません。もう一度走って行ってもやはり20メートルくらいで途切れています。

 しばらく考えて、糸を真ん中くらいで切ることにします。糸はすぐに切れて2本になります。それから2本の糸の真ん中をそれぞれ切り4本に、今度はその4本を束ねてその束ねた真ん中から切って8本に、次は16本に、さらに切り続けて1本の金色の糸が何本もの短い糸になって束ねられます。私は短く刻み込まれた不思議な光を放つ糸を、手のひらの上で残らず纏めてポケットの中にしまい込みます。

 もう少し先まで行き、私は歩くことに飽きてしまったのか、疲れてもいないのにそこの草の上に座り込みます。そして座禅を組んで目を閉じて、瞑想状態へと入っていこうとします。でも、心がなかなか静かになってくれません。私は座禅を解いてそこに横向きに寝そべります。寒くも暑くもなく、草が肌に触れる感覚がとても心地よく感じられます。ここで眠っても風邪をひく心配はなさそうです。

 目を閉じて、すぐに眠りへと入っていきます。これまでになく心が素直になっていきます。素直な言葉たちが心に流れてきます。私は夢を見ます。


(オポ、私を慰めてくれるのか?ありがとう。でもいつまでも一緒に泳いではいられないのだろうな。一番最初の友達、最高の友達、最後かもしれない友達。オポはすぐにみんなの人気もの、それでいつしか私はオポを遠くの方から見ているだけになって……。子供たちがたくさん、オポと一緒に遊んでいた。私の体は十分大きくなっていたし、彼らの仲間に入るには年を取り過ぎていた。オポと子供たちが遊んでいるのを私は桟橋から一人でよく見ていた。オポはそんな私を気遣ってか、時々私の方へ泳いできてくれたりもした。うれしかった。遠くで見ていても、心の中ではいつもオポを呼んでいたから。ずっと一緒にプカプカ泳いでいたかったけれど……。短い夏だった。あの夏の魔法から、私はまだ解放されていない。)


 司会者が出て来て、会場に向かってマイクでこう言いました。

「質問のある方はございませんか?」

 私は座禅を組んだ状態で夢を見ながら眠っていたようです。不思議な夢でした。こんな遠い所まで来て、夢を見るという行為そのものも不思議な感じがします。眠りがあるということも不思議です。

 司会者が言った後、すぐにいい質問が思い浮かびます。いたずらっぽい質問で聞くのにとても勇気がいるのだけれど、ずっと誰かに聞いてみたいと思っていた質問です。私は子供の頃から孤独癖が強いとても内気な性格で、このような大勢の人の前では決して発言などできる柄ではありません。しかし、この時ばかりは・・・そう、この時をおいて他にはありえない。

 私が挙手します。私以外、挙手するものは誰もいない。司会者が「そちらの方、どうぞ」私に優しく言ってくれます。私は緊張しつつ、言います。

「あなた方は神を信じますか?」


 一陣の風が私の周りを取り巻くように吹き、そして吹き去っていきます。風が吹いた後、とても静かになりました。すると辺りに見えていた人々やそれ以外にも何もかもが、一瞬のうちにスーと消えて、一枚の紙切れとその紙切れ一枚をただじっと見ている私だけがそこに残されます。私は紙切れを拾い上げ、そこに書かれてある文字を見ます。大きな黒くはっきりとした文字で、こうありました。


 神を信じるか信じないか問うことの弱さ 

 人よ、強さよ、強き心よ

 神を己に取り込め

 そしてもはや神を問うな

 神を考えるな

 神を感じるな


 目を閉じなければ。ここに何かが書いてあったとしても、私は何も考えなかったのだ。私が何かを語ったとしても、それは何も語ってない。

 でも、もう遅すぎる。私は怖くなって惨めなお願い事をしてしまう。

 私は絶対してはならない質問をしてしまった。「神を信じますか」という質問は「いなくなれ」と言うのと同じだ。私はそれを心のどこかで知りながら、あえて質問をした。私ならば許されるとでも思っていたのか?思っていたというよりも、何をしても許されたいという祈りにも似たものだったのか?いや、考えすぎだ。ただ何となしに、その場の雰囲気で?

 でも、もうどうでもよくなっていました。そんなことはもう考えても仕方がない。目の前にはまた、先ほどと同じ暗いトンネルが待っているのだから。終わり、あるいは終わりなき終わりの始まりとして。


 次の流れ星は、キキキ かな? カカカ かな? フフフ かな? ハハハ とか?流れ星に3回願い事を言うと叶うとか。私はそこでとてもたくさんのお願い事をしました。命、平和、希望、森、思いやり、博愛、いたわり、やさしさ、強さ、喜び、知性、正直さ、救い、翼、オネスティ、ホープ、ラブ・・・・・・。それらの言葉をそれぞれ3回づつ、流れ星を見る度に早口で唱えました。いつしか願い事のネタも切れて俗っぽい願い事しか思い浮かばなくなってくると、私は再び歩き出しました。あと4,5回トンネルを抜けることを繰り返し、私は戻ることになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ