三度の飯より退職代行を跳ね返した社長に、辞表で銀河を砕いた件——せいきまつ☆退職覇者伝——
押し寄せる「雑務」の群れ。
コピー、修正依頼、意味わからん会議、急ぎのメール。
もうオフィスいうより、地獄のフェス会場や。
「アカン……アカンてこれぇ……!」
「何体倒しても湧いてくるやないか!」
犬飼勤が机に突っ伏しながら叫ぶ。
目の下にはクマ。
肩には湿布。
右手には三本目の栄養ドリンク。
拳には黒インク。
「修正依頼」の返り血や。
――なんやこれ……修正依頼いうか呪いやんけ……!
すると、ぐにゃりと歪んだ虚空から、ヌゥッと現れる大量の書類。
「グッヘッヘッヘ……」
「お前たちの仕事は終わらん……」
「終わらんよ……」
「定時? 幻想だろ!」
「有給? 都市伝説の間違いだろ!」
「お前たちは永遠にタスクに溺れるのだァ……!」
「喋ったァーーー!!」
――いや、急にラスボスみたいなこと言うな!
なんやそのTeamsの通知みたいな呪い!!
雑務が喋ったら終わりや!
ワシら……精神までおかしゅうなったんか……?
犬飼がクイッと眼鏡を押し上げた。
「しぶといですね……まるで悪意を持つ生命体のようだ……」
「先輩……ここは私に任せてください」
「雑務は……私が全て引き受けます」
アホかお前! 何言うとんねん!
「貴方は先へ……」
「プレジデント・ブラックを倒すのです……」
いやその前に労基いこ!? 順番おかしいて!!
だが犬飼は微笑む。
「あの決算月……覚えてますか」
忘れるか!
三徹目でコピー機に“お母さん”言うてもたわ!
「あの日々……貴方がいなければ、私の魂は摩耗していた……」
ワシもだいぶ削れとったぞ!?
「貴方が缶コーヒーを差し入れてくれた……」
「あの温もり……私は忘れない……」
いや……それ……自販機で買うたやつや!
「だから今度は……私の番です」
犬飼の身体から、バチバチと音が鳴り始める。
な、なんやその音!?
「神経です」
怖ぁ!!
「過労死ライン突破!!」
そこは死守せぇぇ!
突破したらアカンやつや!!
犬飼の背後に、真っ赤なオーラが噴き上がる。
コピー機がガタガタと紙を吐き出し始めた。
大気が震える。
「すぅーっ」
犬飼は静かに息を吸った。
その一瞬だけ、雑務の呻き声すら止んだ。
「燃えろ……聖魂……!」
なんやその会社辞める時しか使えへん能力!!
いや! その前に帰って寝ろォ!!
――だがもう止まらない。
「これぞ最終決算奥義……!」
犬飼やめろォーー!!
「労基是正勧告――――!!!!」
ドゴォーーォォォン!!
空から流れ落ちる数千の龍。
雑務を食い散らかし始める。
なんやこれぇぇ!!
「サービス残業の怒りです……」
怒りのスケール、デカすぎるやろ!!
龍は暴れ狂い、雑務は断末魔を上げながら消滅。
――静寂。
そして犬飼は、ゆっくり崩れ落ちる。
犬飼ーーーー!!
ワシは駆け寄る。
しっかりせぇ!!
犬飼は薄く笑った。
「先輩……ホワイト企業で……生きて……」
「死ぬなァ!!」
「有給取れェ!!」
だが犬飼は動かない。
「寝とるだけか!? いや違う!!」
「顔がめっちゃ成仏しとる!!」
ワシは涙を流しながら立ち上がる。
「待っとれよ……プレジデント・ブラック……!」
ブラック企業本社最上階。
空気が黒い……
酸素まで残業しとる……
玉座に座るプレジデント・ブラック。
「フハハハ!! 退職代行すら三回退けたこの私を――」
バァーーン!!
扉が吹き飛ぶ。
「お前ぇぇぇ!!」
「誰だ!?」
「犬飼の労災代だせぇぇぇぇ!!」
ワシ、懐から一枚の紙を取り出す。
「そ、それは……!」
「全労働者の魂を込めた——辞表やァァァ!!」
辞表が軋み、
紙とは思えん重力を帯び始める。
「やめろォォォ!!」
「くらえ!! |銀河砕裂辞表ッ!!」
グゥーーッ――
時空の質量が一点に集中してゆく
ドゴォォォォォン!!
叩きつけられた一撃が、物理法則を無視する。
宇宙は割れ、銀河の星々が粉々に砕け散る。
宇宙崩壊。
銀河粉砕。
コピー機四散。
サーバーダウン。
社長絶叫。
「ぐわぁぁぁ!! コンプラ違反が走馬灯のようにィィィィ!!」
プレジデント・ブラックは、光となって消えた。
――春
桜吹雪の中。
空を見上げるワシ。
犬飼……
するとどこからか声が聞こえる。
「先輩……」
犬飼!?
「定時退社してください……」
お前が一番してほしかったわ。
――翌朝、始業ベルは鳴った……
—THE END—




