第9話:瀬戸内の防波堤(バトル・オブ・体育大会)
第9話:瀬戸内の防波堤(バトル・オブ・体育大会)
「……先生、あいつら、やる気だよ」
グラウンドの端。フェンスの向こうに集まった黒い影を見つめ、拓哉が低く呟いた。
それは安芸重工の残党が放った、報復という名の刺客。
「あら。不細工な野良犬たちが、群れをなして吠えていますわね」
麗華は白い日傘を差し、優雅に微笑んだ。その瞳には、一抹の恐怖も、迷いもない。
「佐々木さん。今日、あなたたちがするのは『喧嘩』ではありません。……害獣から自分の庭を守る、『防除』という名の美学ですわ」
「開始ッ!!」
笛の音とともに、鉄パイプを隠し持った不良たちが雪崩れ込む。
だが、真っ先に飛び出したのは拓哉だった。
「オラァ! 綺麗なツラ拝ませろや!」
男の拳が拓哉の頬をかすめる。だが、拓哉は笑った。
「……あんたの拳なんて、あの人の地獄に比べりゃ、そよ風だ!」
拓哉の鋭いタックルが男を地面に沈める。
「左翼から十人! 廣野君、砂を撒いて! 視界を奪えば、ただの烏合の衆よ!」
千尋がタブレットを掲げ、戦況を俯瞰して叫ぶ。かつて「小銭のために秘密を売っていた」少女は、今やB組の命運を握る「軍師」となっていた。
乱闘の最中、リーダー格の男がナイフを抜き、逃げ遅れた一年生に刃を向けた。
「お黙んなさい、この三流共」
戦場を裂く、氷のような一喝。
麗華が日傘を閉じ、ハイヒールの音を響かせて中央へ歩み出る。
「な、なんだこの女……退けや!」
男が麗華に突進する。その瞬間、パァン!! と乾いた音が響いた。
麗華の扇子が男の手首を正確に打ち、ナイフが空中で銀色の弧を描いて砂に刺さった。
「……ほう。ワシの庭で、ワシの子供らを傷つけよう思うたんか? ええ度胸じゃ」
麗華は扇子を畳み、男の喉元に突きつけた。その口から漏れたのは、ドスの利いた、魂を震わせる広島弁。
「広島の海に沈む前に、その不細工なツラ、二度と鏡が見られんようにしてあげましょうか?」
男は腰を抜かし、失禁しながら後ずさった。
砂煙が収まったグラウンド。
2年B組の棒は、折れることなく、天を突くように立っていた。
「……先生。僕たち、守れたよ」
泥だらけの拓哉が笑う。麗華は、わずかに切れた自らの手袋を隠し、優雅に扇子を開いた。
「ええ。ですが、これはただの通過点ですわ。……さあ、祭りの続きを。勝利の後に飲む紅茶は、格別の味がいたしますわよ」
一方、校門の外。黒塗りの車の中で、一人の女性が双眼鏡を置いた。
「……相変わらず、無鉄砲な教育ですわね。麗華様」
かつて麗華を社交界から追放した、かつての親友であり最大の宿敵――「白鳥院サキ」。
彼女の手には、学園の理事会を解散させるための『強制執行状』が握られていた。




