第8話:折れた翼、試される絆(ブロークン・プリマ)
第8話:折れた翼、試される絆
「……全治2週間の捻挫。ですが、バレエの舞台に立てるまで回復するには、少なくとも一ヶ月は必要でしょうね」
養護教諭の報告に、準備室の空気は沈殿した。
「先生……私、順子ちゃんの、夢を……」
舞が机に突っ伏して泣きじゃくる。その涙が、麗華が淹れたばかりの紅茶に波紋を作った。
「お黙んなさい。あなたの塩辛い涙で、私のダージリンが台無しですわ」
麗華は扇子で舞の頭を軽く叩いた。
「脚が動かない? 舞台を降りる? ――笑わせないで。順子さんが舞台に立てないというのなら、あなたが彼女の脚として、舞台上を這いずり回ればよろしいでしょう」
麗華は順子の家に向かった。閉ざされたカーテンの隙間から、わずかな光がギプスを白く照らしている。
「順子さん。代役の子が、あなたの主役の座を喜んで奪ったそうですわよ。……『怪我をするような不注意な子は、プロ失格ね』。そう言って笑っていましたわ」
「……やめてください、先生。私が一番……わかってますから」
「わかっていないのは、あなたの価値ですわ」
麗華はカーテンを一気に引き剥がした。眩い西日が、順子の瞳を射抜く。
「いいですか。脚で踊るのは三流。心で踊るのが二流。……一流は、己の『絶望』すらも最高の装飾に変えて、観客を平伏させるものです。……立てないなら、座ったまま、世界を跪かせなさいな」
発表会当日。バレエ教室の舞台袖。
千尋が手配した、最新の軽量合金で作られた「白い玉座」。さくらが夜通し磨き上げた、鏡のようなその車椅子に、順子は腰を下ろした。
その背後には、手にマメを作り、全身を汗で濡らした舞が立っている。
「舞……、重い?」
「……ううん。羽よりも軽いよ。私、今日だけは、あんたの最高の翼になるから」
二人は、互いの震える手を強く、痛いほどに握り合った。
幕が上がる。
観客が目にしたのは、可哀想な少女の姿ではなかった。
氷の彫刻のように気高く、上半身の動きだけで『白鳥の湖』の悲劇を描き出す順子。そして、舞台を縦横無尽に、風のような速さで駆け抜け、玉座を「舞わせる」舞。
それは、重力から解放された、新しい時代のバレエだった。
「……先生。薔薇は、折れたところから、一番強い棘を生やすんだね」
さくらの言葉に、麗華は扇子の影で微かに口角を上げた。
「いいえ、さくらさん。彼女たちは、自ら『棘』になることを選んだのですわ。……誰にも自分の価値を汚させないために」
鳴り止まない拍手の中、麗華は一通の封書を受け取った。
消印は広島。差出人の名は、彼女をかつて追放した実の兄――九条院龍太郎。
『麗華、遊びは終わりだ。本物の「王政」を見せてやろう』
麗華の瞳に、かつてない冷酷な光が宿った。




