第60話:『最後の聖域(ロイヤル・サンクチュアリ)』
「……あら。随分と、不細工に『静まり返った』再会ですわね、蓮さん」
帝都学園の最上階、地上300メートルに浮かぶ空中庭園。
そこは、騒音も汚れも一切届かない、雅人が作り上げた「完璧な静寂」の聖域。
白いベンチに座り、一冊の詩集を閉じた少年・蓮が、感情の欠落した瞳で麗華を迎え入れた。
「お久しぶりです、麗華先生。……いえ、今は『不細工な教育者』と呼ぶべきでしょうか。……あなたの言葉は、熱すぎる。……その熱は、秩序を乱し、人々に『余計な希望』という毒を与えるだけです」
蓮は、かつて麗華から贈られた「万年筆」を、無造作に足元の池に放り捨てた。
「……へっ。……ババア、こいつの空気は今までの奴らとは違うぜ。……まるで、自分の魂を冷凍保存してやがる」
加藤が、かつてない警戒心で蓮を睨む。
「お黙んなさい」
麗華の広島弁が、静寂を切り裂こうとする。
だが、蓮は動じない。彼は、あらかじめ学園中に仕掛けた「超指向性スピーカー」から、麗華の声とは逆位相の音波を流し、彼女の言葉を物理的に「消音」してしまった。
「……麗華先生。……あなたの『カバチ』は、もう誰の耳にも届きません。……この学園に必要なのは、あなたの熱狂ではなく、私の提供する『心地よい停滞』……。……これこそが、あなたが私に教えてくれた『真の統治』の成れの果てですよ」
声の出ない世界。
麗華は、自分の言葉が空気に溶けて消えていく恐怖を味わう。
Z組の生徒たちも、蓮の圧倒的な「静寂」に圧し潰され、再び人形のような表情に戻り始めていた。
「おんどれ、ええか」
麗華は、声が出ないならと、日傘を高く掲げ、地面に激しく叩きつけた。
バキィィィン!!
物理的な破壊音が、システム制御された静寂に「傷」をつけた。
麗華は、マイクもスピーカーも通さない、喉を潰さんばかりの「地声」で、蓮の至近距離まで踏み込んだ。
「……蓮さん! ……あんたが私から学んだんは、こんな不細工な『死んだ静寂』なんか!! ……統治いうんはな、魂を凍らせることじゃない! ……荒れ狂う嵐を、自分の意志で乗りこなすことじゃ!! ……目を開けんさい! あんたのその冷たい檻の中で、生徒たちの心は死にかけてるんじゃ!!」
麗華の「生の咆哮」が、蓮の計算し尽くされた沈黙を、力技で抉じ開ける。
蓮の瞳に、一瞬だけ、かつて麗華の膝元で本を読んでいた頃の「少年の光」が揺らめいた。
「……不細工。……最高に不細工で、愛おしい教え子ですわ。……さあ、蓮さん。……その仮面を脱いで、私に本当の『カバチ』をぶつけてきんさいや!!」
女王の咆哮。
ついに四天王の最後の砦が崩れ、聖域が崩壊し始める。
その光景を、モニター越しに見ていた雅人が、ワイングラスを握り潰した。




