第6話:傀儡(かいらい)たちの休日
第6話:傀儡たちの休日
「……美しい朝に、不細工な装飾ですわね、佐々木さん」
教室の入り口。九条院麗華の冷徹な声が、左目を腫らせた拓哉の足を止めた。
クラス中の視線が痣に集中する。それは同情という名の、残酷な「晒し」だった。
「……転んだだけです。九条院先生には関係ない」
拓哉は震える声で吐き捨て、席に着いた。麗華はその背中に、扇子の先端を突きつけるようにして囁く。
「関係ありませんわね。……ただ、私の『庭』に植えた苗木が、害虫に齧られて無様に枯れていくのを見るのは、私の美学が許さない。それだけですわ」
放課後。準備室に現れた彩華は、自分の願書を握りしめていた。
「先生……私、やっぱり志望校変えません。彼と同じ、ここなら確実に入れるし。二人で一緒にいたいんです。それが私の……」
「『幸せ』、ですの? ――お黙んなさい」
麗華は彩華の願書を奪い取り、シュレッダーの前に立った。
「男の影に隠れて、自分の可能性を削り取ることのどこに幸せが? それは献身ではなく、ただの『自傷行為』ですわ。……あなたが彼に合わせて自分を捨てれば、いつか彼は、中身の空っぽになったあなたを見捨てるでしょう。その時、あなたは自分の顔さえ思い出せなくなるわ」
「……そんなの……!」
「自分の王国を持たぬ女に、隣を歩く権利はありません。這いずって追いかけるのが、あなたの理想のレディですの?」
シュレッダーが、甘い共依存の証明を無慈悲に切り刻んでいく。
夜の帳が降りた頃、麗華は拓哉の自宅にいた。
重い打撃音。それに続く、父親の歪んだ「教育」の咆哮。
「……お前のためなんだ! なぜわからない!」
麗華はチャイムを鳴らさず、持参した予備の「鍵(千尋が手配した暗証番号)」で、静かに、しかし威厳を持って踏み込んだ。
「失礼いたしますわ。……おやおや、随分と脂ぎった『愛』が、この部屋の空気を汚していますわね」
驚愕する父親の前に、麗華は立ち塞がった。拓哉が、床に這いつくばって父を見上げている。
「不審者だ! 警察を……!」
「ええ、呼びなさいな。ついでに、あなたが拓哉さんの『痣』を作るたびに、隣の家の方が録音していたこの『愛の咆哮』も、あなたの職場へ転送しておきましたわ」
麗華はタブレットを操作し、音声データを再生した。部屋中に響く、父親の醜悪な怒声。
「これは、指導だ……!」
「いいえ、ただの『敗北宣言』ですわ。自分の人生の不満を、抵抗できない子供にぶつけて憂さを晴らさねば、己の価値を保てない。……そんな三流以下の臆病者を、私は『親』とは認めません」
麗華は拓哉の前に膝をついた。そして、汚れた彼の頬を、冷たい指先で撫でた。
「拓哉さん。……この男は、神ではありません。ただの、惨めで不細工な人間です。……あなたは、今日ここで、この不当な支配との契約を破棄する権利がありますわ」
拓哉の目から、初めて「怒り」の涙が溢れ出した。
「……俺、あんたを……父さんを、許さない。俺は、俺のために、ここを出る」
それは、傀儡が自らの糸を、自分の手で断ち切った瞬間だった。
数日後。教室で、拓哉はサングラスもせず、堂々と前を向いていた。
彩華は、より高いレベルの高校のパンフレットを机に広げている。
「いいですか、あなたたち」
麗華は窓を開け、教室に春の風を招き入れた。
「誰かのために生きる。それは尊いことですわ。ですが、自分を殺してまで守らねばならない絆など、ただの鎖です。……鎖を断ち切り、自らの足で立ちなさい。その時、あなたが流す汗こそが、本物の薔薇を咲かせるための『聖水』となるのですから」




