第55話:『錦帯橋の誓い(ロイヤル・ディパーチャー)』
「……あら。随分と、不細工に『真っ白』な門出ですわね」
岩国の名勝、錦帯橋。
未明から降り始めた雪が、五つのアーチを白く染め上げていた。
橋の袂には、九条院本家から差し向けられた漆黒のリムジンが、獲物を待つ獣のようにエンジンを唸らせている。
「麗華様。……山口のゴミ掃除、ご苦労様でした。……理事長も、そして九条院雅人様も、あなたの『凱旋』を首を長くしてお待ちですよ。……さあ、乗りなさい」
無機質な使者の言葉を遮るように、橋の向こう側から地響きのような足音が響いた。
「――待てよ! 先生を勝手に連れて行くんじゃねえ!!」
先頭に立つのは、学ランを翻した穂井田。
その後ろには、自らの意志で白紙を捨てた裕子、ピアノの檻を壊した優、そして穴から這い上がった泰久。3年A組の生徒全員が、朝靄を切り裂いて駆けつけてきたのだ。
「……あら。……あなたたち、こんな朝早くから、不細工に鼻を赤くして何の御用かしら? ……授業はまだ始まっておりませんわよ」
「……先生。……俺たち、誓いに来たんだ」
穂井田が、麗華の前に膝をついた。
「あんたが教えてくれた『統治』……自分の人生を、自分で支配するってこと。……俺たちが、この山口で証明してみせる。……だから、東京へ行っても……九条院のドロドロした連中に負けんじゃねえぞ!!」
生徒たちが一斉に、麗華に向かって深く頭を下げた。
それは、権威への屈服ではない。自分たちを「人間」として扱ってくれた唯一の師への、魂の敬礼だった。
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、雪の錦帯橋に、最後の熱を吹き込む。
「……あんたらが胸を張って生きとる限り、私はどこにおっても『統治者』じゃ。……不細工に迷うた時は、この橋を思い出しんさい。……バラバラの材木が、お互いを支え合って、こんなに美しい弧を描いとる。……あんらたの絆も、そうありんさいや!!」
麗華は日傘をパァン! と閉じ、リムジンのドアへと手をかけた。
その時。
助手席から降りてきた加藤が、不敵な笑みを浮かべて麗華に耳打ちした。
「……へっ。……ババア、安心しな。……東京には、俺の『昔のツテ』で動ける面白い奴らを何人か手配してある。……本家がどんな罠を仕掛けてこようが、俺たちの背中は通させねえよ」
「……あら。……心強いことですわね、加藤さん。……不細工な『お掃除』、東京でも手伝っていただきますわよ」
リムジンが走り出す。
窓の外、雪の中に立ち尽くす生徒たちの姿が遠ざかっていく。
麗華の手元には、生徒たちが寄せ書きした一枚の「白紙の答案」が握られていた。




