第54話:『酒に溺れた獅子の咆哮(ロイヤル・デトックス)』
「……あら。随分と、不細工に『発酵』しすぎた部屋ですわね」
岩国港に近い、潮風にさらされた木造アパート。麗華は、最高級の香水を染み込ませたハンカチで鼻を覆いながら、割れた酒瓶と異臭が漂う玄関に立っていた。
奥では、かつて腕の良い職人だったはずの大輔が、昼間から安酒を煽り、泥のように眠りこけている。
「……先生、帰ってよ。……何しに来たの? ……勉強を教えに来た? ……笑わせないで。……あいつを、このクズ親父を治せないなら、あんたの言葉なんて全部ゴミなのよ!!」
裕子が、教科書を床に叩きつけて叫ぶ。
「お黙んなさい」
麗華の広島弁が、澱んだ部屋の空気を一喝した。
彼女はためらうことなく、泥だらけの畳に膝をつき、大輔の胸ぐらを掴んで引き起こした。
「……おんどれ、ええか、大輔さん。……工場を奪われた? ……借金に追われとる? ……そんなもんはな、ただの『不細工な言い訳』じゃ!!」
大輔が、焦点の合わない目で麗華を睨む。
「……うるせえ……! 九条院だか何だか知らねえが、金持ちの女に、俺の絶望が分かってたまるか……!」
「……絶望? ……笑わせないで。……あんたが酒で逃げとる間、裕子さんは一人で、あんたが捨てた『石川の誇り』を白紙の答案に刻んで守り続けとるんじゃ! ……あんたが死ぬのは勝手じゃが、娘の未来までこの酒瓶に詰め込んで、ドブに捨てる権利がどこにあるんね!!」
麗華は、加藤に目配せをした。
加藤は無言で、大輔が抱えていた酒瓶を取り上げ、窓の外へ放り投げた。ガシャァン! と砕ける音。
「……加藤さん。……この男を、岩国の冷たい錦川へ叩き込んで、酔いを覚まさせて差し上げなさい。……それから、例の『工場買収に関する不正融資の証拠』……毛利本家へ突きつける準備をなさいな」
麗華は、泣き崩れる裕子の肩をそっと抱き寄せた。
「……裕子さん。……白紙の答案は、もう必要ありませんわ。……これからは、あんたの『正解』で、この不細工な父親を……そしてこの街を、叩き直してやるんですわよ」
その時。
アパートの外に、九条院本家の紋章をつけた漆黒のリムジンが到着した。
使者が、冷徹な声で告げる。
『――麗華様。……お遊びは、ここまでです。……山口のゴミ溜めを掃除するのは結構ですが、本家の忍耐も限界です。……さあ、東京へ』
女王の山口編、怒涛のフィナーレ。
生徒の家庭を救い出した麗華に、ついに逃げ場のない「帰還命令」が下される。




