第51話:『沈黙の清掃(ロイヤル・クリーニング)』
「……お聞きなさい。明日から、このクラスの清掃当番を一切禁じますわ」
錦大島学園、3年A組。麗華の突然の宣言に、ダラダラと箒を杖にしていた生徒たちが呆然と顔を見合わせた。
「えっ、マジで? ラッキー!」「九条院先生、怒ってストライキか?」
口々に勝手なことを言う生徒たちを尻目に、麗華は優雅に日傘を畳み、一言だけ付け加えた。
「……不細工な手つきで床を撫で回されるのは、私の美意識が許しませんの。……汚れたまま、自分の誇りを泥に塗れさせて過ごすがよろしいわ」
以来、放課後の教室には異様な光景が広がった。
生徒たちが帰宅した後、一人残った麗華が、高級なレースのハンカチをポケットにねじ込み、膝をついて床を磨き始めたのだ。
一日、二日……一週間。
教室は、新築の社のように輝き始めた。机は鏡のように光り、窓ガラスは存在を忘れるほど透明に。
登校してきた生徒たちは、その「あまりに気高い清潔さ」に、ゴミを一つ落とすことすら躊躇い始める。
「……先生、もうやめてくれよ」
十日目。ついに耐えかねた穂井田が、バケツを持って麗華の前に立ちはだかった。
「あんたみたいな貴族が、なんで毎日泥だらけになってんだよ! ……俺たちが、俺たちが悪かったよ!」
「……あら。穂井田さん。……私は、あなたたちを責めるために掃除をしているのではありませんわ」
麗華は、額の汗をそっと拭い、微笑んだ。
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、静まり返った夕暮れの教室に、厳かに響く。
「……場を清めるいうんはな、自分の『心』を統治することなんじゃ。……汚れた場所で平気でおれるんは、自分の価値をドブに捨てとるのと同じ。……私はな、あんたらが『自分は、この輝く教室に相応しい人間なんじゃ』と、胸を張って言えるようになってほしかっただけなんよ」
生徒たちの間に、衝撃が走った。
毛利の血筋やランクではなく、「自分自身をどう扱うか」という、最も根本的なプライド。
一人、また一人と、生徒たちがロッカーから雑巾を取り出し、麗華の横に跪いた。
「……先生。……俺にも、その『統治』ってやつ、手伝わせてくれよ」
泰久が、優が、そしてA組全員が、無言で磨き始める。
その光景を、廊下から苦々しく見つめる毛利本家の監査官。
『――ふん。……掃除で心を掌握するとは。……ですが九条院先生。……あなたが磨き上げたその場所ごと、我々は更地にする用意がありますよ』
女王の山口編、大団円目前。
生徒たちの心が一つになった瞬間、毛利本家が放つ「学園解体」の爆撃が始まろうとしていた。




