第49話:『白蛇の脱皮(ロイヤル・リボーン)』
発表会翌日の放課後。学園の応接室には、鉛のような沈黙が満ちていた。
毛利本家の代理人たちが、一枚の書類を突きつける。
「……優さん。昨日の醜態、一族の恥です。特待生資格は即刻取り消し、これまでの学費も全額返済していただきます。……お父様の仕事についても、覚悟はできているのでしょうね?」
優は、ピアノを弾いた時のあの輝きを失い、青ざめた顔で震えていた。
「……ごめんなさい……。私が、勝手なことをしたから……」
その時。
「……あら。随分と、不細工に『お安い』嫌がらせですわね、毛利さん」
扉を蹴り開けることもなく、けれど空気そのものを押し広げるように麗華が現れた。
後ろには、腕を組んで睨みを利かせる穂井田と、スマホで何らかの数値をチェックしている加藤。
「九条院先生、これは一族の問題だ。部外者は……」
「お黙んなさい」
麗華の閉じた扇子が、大理石のテーブルを鋭く叩いた。
「……優さんの才能を『投資対象』としてしか見ていないあなたたちに、彼女を語る資格はありませんわ。……学費の返済? ……結構ですわ。……加藤さん、例のものを」
加藤が、無造作に一束の書類を放り出す。
「……へっ。……毛利グループが最近手を出した『岩国再開発』の不透明な資金流用……その全貌と、九条院家による債権の買い取り証明書だぜ。……おたくら、今さら優ちゃんの学費どころじゃないだろ?」
代理人たちの顔が、一瞬で土色に変わる。
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、重厚な応接室を「戦場」に変える。
「……優さんはな、あんたらを飾るための白蛇じゃないんじゃ。……自分の脱皮に痛みを感じ、血を流してでも新しゅう生まれ変わろうとしとる『一人の人間』なんじゃ! ……その未来を、不細工な金の話で汚すんなら……この私が、山口の地図ごと書き換えて差し上げますわよ!!」
麗華は、呆然とする優の前に跪き、彼女の泥に汚れたような手を、真っ白な手袋で包み込んだ。
「……優さん。……九条院麗華が、あなたのパトロン(後援者)になりますわ。……ただし、これは施しではありません。……あなたが世界を震わせるピアニストになり、その価値で私を驚かせるという『契約』ですわ。……受け入れる勇気は、ありますの?」
優の瞳に、再びあの不協和音の火が灯る。
「……はい。……私、もう……籠の中には戻りません!」
女王の山口編、完結へのカウントダウン。
一人の天才を救い出した麗華の前に、ついに毛利本家の「当主」が、最後の審判を下しに現れようとしていた。




