第48話:『不協和音の夜明け(ロイヤル・アンサンブル)』
学園の講堂。最前列には、毛利本家の家紋を掲げた黒塗りのパイプ椅子に、石のように冷徹な老人たちが座っていた。
彼らが求めているのは、学園の「統治」が行き届いていることを証明する、非の打ち所のない優のピアノソロ。
ステージの中央、スポットライトを浴びた優が、震える指先で鍵盤に触れようとした、その時。
「……あら。随分と、不細工に『静かすぎる』舞台ですわね」
影から響いた麗華の声。
それを合図に、舞台の袖から、学ランの袖を捲り上げた穂井田と、かつての「ワル仲間」たちが、巨大な和太鼓を引き連れて現れた。
「……九条院先生、何をしている!? 演奏を汚すな!」
客席から監査官が立ち上がるが、その前に加藤が立ち塞がり、不敵な笑みを浮かべてガムを噛んだ。
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、厳かな講堂を切り裂く。
「……優さん。……あんたのその指、毛利の老いぼれたちを眠らせるための子守唄を弾くためにあるんか? ……違うじゃろうが! ……魂を叩きつけんさい! 汚れてもええ、間違えてもええ。……あんたが生きてる証を、この『野蛮な鼓動』と一緒に響かせてみせんさいや!!」
ドォォォォォン!!
穂井田が、ありったけの力で大太鼓を打ち鳴らした。
地響きのような重低音が、優の「完璧な静寂」を粉々に砕く。
優は目を見開いた。
今まで彼女を縛っていた「楽譜という名の鎖」が、穂井田の叩き出す不規則で荒々しいリズムによって、一気に焼き切られた。
「……っ……あああああ!!」
優が、叫ぶように鍵盤を叩きつけた。
繊細な旋律は、激しい不協和音を伴う奔流へと変わった。
ピアノと太鼓。エリートと不良。
相容れないはずの音が、麗華という「指揮者」の下で、山口の夜を揺るがす狂詩曲へと昇華していく。
客席の重鎮たちが、屈辱に顔を歪める。
だが、中段に座る一般の生徒たちは、初めて見る優の「剥き出しの笑顔」と、魂を揺さぶる轟音に、自然と総立ちになっていた。
「……不細工。……最高に不細工で、愛おしい旋律ですわ」
麗華は舞台袖で、扇子を優雅に仰ぎながら、涙を浮かべて演奏する優を見つめていた。
完璧な人形が壊れ、一人の少女が、自分の「言葉(音)」を手に入れた瞬間だった。




