第45話:不純な果実の方程式・その2(マーマレード・レクイエム)
岩国の米軍基地近く、潮風に錆びたコンテナが並ぶ廃工場。そこが穂井田と、行き場をなくした「ワル仲間」たちの城だった。
たむろする少年たちが、場違いな白い日傘を差して現れた麗華を見て、下卑た笑いを浮かべる。
「……九条院先生。……一人でここに来るとは、いい度胸じゃねえか。……ここじゃ、あんたの教科書なんて焚き火の燃料だぜ」
麗華は、煤けたソファに一瞥をくれ、扇子をパァン! と閉じた。
「……教科書? ……あら。随分と、不細工な勘違いをなさるのね。……私がここに持ってきたのは、九条院家の家訓でも、学園の規則でもありませんわ」
麗華は、静かに地面に座り込んだ。
泥に汚れるのも厭わず、少年たちと同じ目線で、真っ直ぐに穂井田を見据える。
「……お聞きなさい、穂井田さん。……そして皆さん。……あなたたちは自分を『腐ったミカン』だと言い、箱の外へ放り出されるのを待っている。……ですが、ミカンは腐る前に、必ず『熟す』という過程を通りますわ。……あなたたちは今、ただ、行き場のない情熱に『熟しすぎて』、その熱を持て余しているだけではありませんの?」
麗華の声は、いつもの嘲りではなく、深い慈愛と、師匠から受け継いだ「贈る言葉」の重みを湛えていた。
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、冷たい廃工場を熱く焦がす。
「……人はな、一人じゃ立てん。……支え合って『人』という字になるんじゃ。……じゃがな、穂井田さん。……あんたは今、仲間を『支え』にするんじゃなく、自分の弱さを隠すための『壁』にしとる。……それは『人』じゃない。……ただの、不細工な積み木遊びじゃ!!」
穂井田が、ハッと息を呑む。
毛利の血筋という重圧。期待されない孤独。それらを暴力で塗りつぶしてきた少年の心の堤防が、麗華の剥き出しの言葉によって決壊した。
「……だったら、どうすりゃいいんだよ……! 俺たちみたいなゴミ、誰が信じるっていうんだ!」
「……私が、信じますわ」
麗華は立ち上がり、汚れた手を厭わず、穂井田の震える肩に置いた。
「……私が、あなたを預かります。……学園のゴミとしてではなく、九条院麗華の『誇り』として、あなたを最高級の逸品に育て上げて差し上げますわ。……文句があるなら、この私を論理で、あるいは魂で、ねじ伏せてごらんなさい!」
沈黙。
少年たちは、女王の圧倒的な「統治の覚悟」に、武器を捨て、静かに首を垂れた。
「……チッ。……負けだ。……あんたみたいな『不細工に熱いババア』、初めて見たぜ」
穂井田が、自嘲気味に、けれど晴れやかな顔で笑った。
「……へっ。……先生、いい芝居だったぜ。……金八も真っ青の熱血ぶりだな」
影でスタンガンを構えていた加藤が、肩の力を抜いて姿を現す。
女王の山口編、大きな山場を越える。
「腐ったミカン」たちは今、麗華という名の大きな籠の中で、新しい季節を待つ準備を始めた。




