第44話:『不純な果実の方程式(スクラップ・アンド・ビルド)』
「……あら。随分と、不細工に『毒』の回った転校生ですわね」
3年A組の教壇。麗華は、扇子で口元を隠しながら、隣に立つ少年の横顔を冷徹に眺めていた。
穂井田。剃り込みを入れた髪、着崩した制服、そして何より、周囲の生徒を「ゴミ」としか見ていないその傲慢な瞳。山口の政財界を牛耳る毛利一族の血縁という後ろ盾が、彼を学園の法から解き放っていた。
「……九条院、だっけか。あんたがどんなに権威を振りかざそうが、俺には通じねえぞ。……この街じゃ、毛利の血が『ルール』なんだよ」
穂井田が吐き捨てるように言い、指定された席へ向かおうとしたその時。
ガタンッ! と激しい音を立てて立ち上がったのは、A組の学級委員であり、実家が代々地元の名士である大谷だった。
「……穂井田。お前の悪名は岩国中に響いている。……このクラスを、お前のような不純物で汚させるわけにはいかないんだよ!」
「……不純物? ……ハッ、上等じゃねえか、エリート坊主」
刹那、穂井田の拳が大谷の顔面を捉えた。
悲鳴を上げる女子生徒たち。大谷も逆上し、穂井田の胸ぐらを掴んで殴りかかる。
教室は一瞬にして、無機質な進学校から「戦場」へと変貌した。
「……そこまでになさいな。……私の庭で、不細工な『傷物』を増やすのは感心しませんわ」
麗華の声が、怒声をも上回る圧力で響き渡った。
彼女は二人の間に割って入ると、閉じた扇子で、穂井田の突き出した拳をピタリと止めた。
「先生、どいてくれ! こいつは『腐ったミカン』だ! 放っておけばクラス全員が腐っちまう!」
大谷が、鼻血を拭いながら叫ぶ。
「……腐ったミカン? ……大谷さん、あなた、随分と不細工な『方程式』を信じているのですね」
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、山口の静かな学園に熱風を吹き込む。
「……人間を箱詰めの果物と一緒にすな! ……ミカンは腐ったら捨てるしかないが、人間はな、その『苦味』や『渋味』さえも、極上のスパイスに変えられるんじゃ! ……穂井田さん、あんたのその荒れ果てた魂、私が最高級の『マーマレード』に叩き直して差し上げますわよ!!」
静まり返る教室。
穂井田は、麗華の圧倒的な「眼力」に気圧され、舌打ちをして拳を下ろした。
「……マーマレードだと? ……笑わせんな。……俺を喰おうとする奴は、みんな返り討ちにしてきたんだ」
「……あら。楽しみですわね。……私の胃袋は、九条院家の伝統によって、どんな毒物も栄養に変えるようにできていますもの」
麗華は優雅に日傘を差し直し、窓の外に広がる岩国の街を見下ろした。
女王の山口編、本格始動。
「血筋」という名の呪縛を、一皿の情熱で書き換える戦いが始まった。




