第43話:『冷めた弁当と新人(ルーキー)の正義』
放課後の教室。西日に照らされた教壇で、新任教師・**真野**は、唇を噛み締めながら5人の生徒を見下ろしていた。
机の上には、昼食時に食べ残された、冷え切って脂の浮いた弁当箱が並んでいる。
「……いいですか。世界には飢えで苦しむ子供たちが大勢います。残すことは『悪』です。……さあ、一口ずつでもいいから、再挑戦しなさい。それがあなたたちの『誠意』でしょう?」
生徒たちは、怯えと嫌悪感で顔を歪めていた。
特に、かつて麗華に「朝食」を救われた敏治は、不快な脂の臭いに吐き気を堪えていた。
彼らにとって、この時間は食事ではなく、ただの「刑罰」だった。
その時。
バァン!!
教室の扉が、不作法なまでの勢いで開かれた。
そこには、出張帰りのはずの麗華が、日傘を杖のように突き、憤怒の形相で立っていた。
「……あら。随分と、不細工な『強制給餌』ですわね、真野先生」
「九条院先生!? 出張は明日まででは……」
「……不吉な予感がしましたので、加藤さんのバイクで岩国まで一気に飛ばしてまいりましたわ。……真野先生。……私の庭で、いつから『食事』が拷問の道具になったのかしら?」
「拷問だなんて! 私はただ、食べ物の大切さを……」
「お黙んなさい」
麗華の広島弁が、夕暮れの教室を氷つかせる。
「……おんどれ、ええか。……冷えて固まった脂を、無理やり喉に押し込ませて、何の『感謝』が生まれるん。……それはな、命への敬意じゃない。……あんたの薄っぺらな『理想』を満足させるための、不細工なマスターベーションじゃ!!」
真野の顔が、屈辱で真っ赤に染まる。
麗華は、敏治の前に置かれた弁当箱をそっと手に取った。
「……食事いうんはな、明日を生きる『魂の燃料』なんじゃ。……それを汚物のように扱わせるんは、この私が絶対に許しませんわ」
麗華は加藤に目配せをした。
加藤は無言で、持参していた「保温ポット」と「特製のだし汁」を教卓に並べた。
「……真野先生。……指導とは、選択肢を奪うことではありません。……『不細工な失敗(食べ残し)』を、どう気高く昇華させるかを示すことですわ」
麗華は生徒たちの弁当箱を回収し、冷めたおかずを丁寧に切り分けると、熱々の出汁を注ぎ、地元・岩国の特産である**「茶粥」風**に即興で作り変えた。
「……さあ、皆さん。……これは罰ではありません。……今のあなたたちの身体が必要とする、再生のスープですわ。……温かいうちに、自分の意志で召し上がりなさいな」
湯気と共に立ち上る、優しい出汁の香り。
生徒たちは、恐る恐る口に運び、そして——安堵の表情と共に、自然と箸を進めた。
「……先生、これ……美味しい……」
その光景を、真野は呆然と見つめていた。
麗華は、扇子をパァン! と閉じ、真野の胸元を鋭く指した。
「……真野先生。……正義を振りかざす前に、まずは自分が『不細工に飢えた経験』があるのか自問しなさい。……明日からは、あなたが私と一緒に『給食当番』をしていただきますわ。……教育のいろはを、その手で学び直しなさいな」
女王の山口編、第二戦。
新人の「暴走する正義」を、一皿の温もりで統治した夜だった。




