第41話:西の果ての統治官(ロイヤル・フロンティア)
卒業式の喧騒が嘘のように静まり返った、放課後の校長室。
麗華は、高価なレースのハンカチで扇子の縁を拭いながら、重厚な革張りのソファに深く腰掛けていた。
「……九条院先生。……一年間、本当にお疲れ様でした。……あなたの『教育』には、正直肝を冷やしましたが……結果として、我が校の進学実績は過去最高。……そして何より、生徒たちのあの顔。……脱帽ですよ」
教頭――今は校長代理となった男が、震える手で一通の封筒を差し出した。
そこには、九条院本家ではなく、県教育委員会、そして「ある上層部」の刻印が押された特例の辞令。
「……あら。随分と、不細工に急な『お誘い』ですわね」
麗華は、手袋を嵌めた指先で封筒を開いた。
「……山口県、岩国。……私立、錦大島学園」
山口。かつて明治の夜明けを駆け抜けた志士たちを輩出した地。
だが、麗華が赴任を命じられたその学園は、広大な米軍基地の影に位置し、地元の名家と新興の利権、さらには複雑な「境界線」の上で、教育が完全に形骸化してしまった場所だった。
そこでは、生徒たちが夢を語る代わりに「誰の傘下に入るか」だけを競い合う、冷めた政治ごっこが繰り広げられているという。
「……山口、ですか。……ふふ。……『維新の地』で、時代遅れの権力に胡坐をかいている者たちがいるのなら、この私が、真の『夜明け』というものを教えて差し上げなくてはなりませんわね」
麗華は立ち上がり、日傘をパァン! と開いた。
窓の外には、岡山の穏やかな夕暮れ。だが、彼女の瞳はすでに、関門海峡を越えた先にある、不細工に歪んだ「伝統」を捉えていた。
「……校長。……一つだけ、お聞きしてもよろしいかしら?」
「……は、はい。何でしょう」
「……山口の地酒に、私の喉を潤すに相応しい銘柄はありますの?」
「……ええ。……それはもう、世界に名だたる名酒が揃っておりますよ」
「……よろしい。……不作法な権力者を叩き潰した後の祝杯、楽しみにしていますわ」
麗華は、一度も振り返ることなく校長室を後にした。
廊下では、加藤がすでに荷物を積み終えたスポーツカーの横で、退屈そうにスマホを弄っていた。
「……おい、ババア。次は山口だって? ……あそこは広島の隣だ。……俺の知り合いも多いぜ。……今度はどんな『鬼』を退治しに行くんだ?」
「……あら。鬼ではありませんわ、加藤さん。……眠っている『獅子』たちを、少し手荒に起こしに行くだけですわよ」
女王の進軍、第三章・山口編。
本州の西端で、麗華の「不細工な正義」が再び産声を上げる。




