第4話:絶対王政対親馬鹿皇帝(ロイヤル・ブラッド・ウォー)
第4話:絶対王政対親馬鹿皇帝
「……で、校長。ワシの娘を泥棒扱いした挙げ句、その動画を全校生徒に晒したっちゅうのは、どっちのどいつじゃあ?」
校長室を震わせる、重低音の広島弁。
安芸厳造は、巨大な熊のような体躯でソファに沈んでいた。隣には、父親の権威という鎧を纏い直した奈々美が、冷ややかな目で麗華を睨みつけている。
「あら。広島の帝王ともあろうお方が、わざわざ学校の掃除を手伝いに来てくださるとは。光栄ですわ」
扉を開け、麗華が優雅に踏み込む。その後ろには、さくらが硬い表情で続いていた。
「貴様が九条院か。……ええツラしとるが、それも今日までじゃ。ワシのバックにおる連中を怒らせたらどうなるか、その身で教えてやるけぇ」
厳造が葉巻を燻らせ、傲慢に笑う。だが、麗華はその煙を扇子で一蹴した。
「バック、ですわね。……地元選出の代議士、それから県の建設部。彼らの『名前』が書かれたこのリスト、これ以上汚さない方がよろしくてよ? 安芸様」
麗華が机に置いたのは、一枚の薄い領収書のコピーだった。
「なっ……貴様、どこでこれを」
「私の実家はお好み焼き屋です、安芸社長」
さくらが、厳造の目を真っ直ぐに見据えて口を開いた。
「あなたの会社で働いて、体を壊して捨てられたおじさん。不当な値下げで店を畳んだ下請けの人。みんな、うちの店でソースの匂いに紛れながら、泣きながら話してくれました。……あなたの『成功』の裏で、どれだけの人が広島の冷たい海風に吹かれたか、知っていますか?」
「ガキが、青臭い理想を吐きおるな! ワシがこうせにゃあ、この街の経済は回らんのんじゃ!」
「経済? ――いいえ、安芸様。あなたはただ、娘さんに『負ける父親』を見せたくなかっただけではありませんの?」
麗華の声が、厳造の怒号を貫いた。
「奈々美さんがいじめに手を染めたのは、あなたの『弱者を見捨てろ』という無言の教育の成果ですわ。……でも、ご覧なさい。あなたが必死に守ろうとした娘さんは、今、あなたの背中を見て震えていますわよ。恐怖で、ではなく――悲しみで」
厳造が隣を見る。奈々美は、父の権威を誇るどころか、その醜悪な争いに耐えかね、口元を覆って震えていた。
「……お父様、もう、やめて」
「奈々美、何を言いよる。ワシはお前のために……」
「私のために、人を不幸にするのはやめて! そんなの、ちっとも格好良くない! 私は……ただ、お父さんと普通に、笑ってお好み焼きが食べたかっただけなのに!」
奈々美の叫びが、校長室に響き渡った。
厳造の拳が、微かに震える。広島を統べる「帝王」の仮面が、実の娘の一言で、いとも容易く崩落した。
「……安芸様。最後くらい、娘さんの記憶の中に『誇りある男』として残りなさいな」
麗華は静かに、検察への通報ボタンを押した。
数分後。校門にパトカーのサイレンが近づく。
連行される際、厳造は一度だけ立ち止まり、麗華を見つめた。
「……お前、ええ『教師』じゃのう。……クソッタレが」
それは、敗北を認めた男の、精一杯の敬意だった。
嵐が去った校長室。麗華は窓を開け、澱んだ空気を入れ替えた。
「先生。……私、奈々美さんのこと、少しだけかわいそうだと思ってしまいました」
「その同情を忘れないことね。……さあ、河野さん。お腹が空きましたわ。あなたの実家の、最高に『美しくない』、けれど熱々のお好み焼きを、食べに行きましょうか」
麗華の瞳が、沈みゆく夕陽を反射して、かつてないほど優しく、そして孤独に輝いていた。




