第39話:『受験戦争に消えた命(ラスト・トレイン・ホーム)』
「……あら。随分と、不細工な『沈黙』ですわね、丸山さん」
丸山家の玄関。麗華は、真っ黒な喪服に身を包み、日傘を固く握りしめて立っていた。
家中を覆うのは、香炉の煙と、言葉にならない絶望。
リビングでは、産後間もない雪乃が、赤ん坊の歩を抱きかかえたまま、魂が抜けたような瞳で床を見つめていた。
「先生……。お兄ちゃん、東大の掲示板に、自分の番号がないのを見て……そのまま……」
雪乃の声は、掠れて消えそうだった。
「あんなに勉強したのに。……『合格しなきゃ、俺には価値がない』って、ずっと自分を追い詰めて……」
麗華は、遺影の中の洋一を見つめた。
そこには、F高が求めた「模範的なプラチナ」の、痛々しいほど生真面目な微笑みがあった。
「お黙んなさい」
麗華の声は、怒鳴るのではなく、深く、重く、葬列の鐘のように響いた。
「……価値がない? ……笑わせないで。……たかが、紙切れ一枚の合否で、この世界のすべてを絶望したというのなら……洋一さん、あなたはどこまで『不細工な傲慢』に支配されていたのですの」
麗華は遺影の前に跪き、扇子をパァン! と閉じて畳に置いた。
「おんどれ、ええか、洋一さん」
その広島弁は、死者への、そしてこの狂ったシステムへの「呪詛」にも似ていた。
「……命を投げ出すいうんは、最大の『責任放棄』じゃ。……あんたが死んで、誰が喜ぶん。……あんたを愛しとる家族を、こんな泥沼に突き落として、何が東大じゃ、何がエリートじゃ!!」
麗華の肩が、微かに震えていた。
彼女がどれほど生徒たちに「自分の価値は自分で決めろ」と説いても、システムの毒は、彼女の知らないところで深く、静かに少年の心を蝕んでいたのだ。
「……先生。……俺、怖えよ」
傍らにいた保が、歩を抱く雪乃の肩を抱き寄せながら呟いた。
「……俺たちが勝ち取った『合格』の裏には、いつもこうやって死んでいく奴がいるのか? ……これが、F高の……この国の『ルール』なのかよ」
「……いいえ、保さん。……そんなルール、この私が認めませんわ」
麗華は立ち上がり、黒いヴェールを跳ね上げた。
その瞳には、悲しみを超えた、漆黒の怒りが宿っていた。
「……雅人が去っても、この『不細工な構造』は残っていますわ。……偏差値という神を祀り、子供たちの命を供物にする、この醜い祭壇……。……山口への転任が決まっていましたが、予定を変更いたしますわ」
麗華は、加藤に電話をかけた。
「……加藤さん。……準備なさい。……岡山の教育委員会、および全私立高校の理事長会に、九条院麗華の名前で『招待状』を送りなさいな。……テーマは『敗北者の権利』。……この街の教育という名の『虐殺』、私が根こそぎ統治し直して差し上げますわ!」
「……へっ。……葬式の帰りに、殴り込みかよ。……最高に不細工で、最高に気高いぜ、先生」
バイクのエンジン音が、雨の岡山に響く。
女王の逆鱗。
岡山編の、本当の「戦後処理」が、遺影の前で幕を開けた。




