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『魂を誰にも統治させるな 〜悪役令嬢・九条院麗華の過激すぎる特別授業〜』  作者: 水前寺鯉太郎
F高編

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38/62

第38話:『歩みの一歩(ロイヤル・ジェネシス)』

「……あら。随分と、不細工に『未来』が詰まったお顔ですわね」

 丸山家の柔らかな陽光が差し込む一室。麗華は、真っ白なレースのハンカチを指先に、小さな、しかし力強く呼吸する赤ん坊――**あゆむ**を見つめていた。

 雪乃が、少し痩せた、けれど聖母のような穏やかな微笑みを湛えてそれを見守っている。

「先生……。あゆむって名前、保さんが決めたんです。『自分の足で、一歩ずつ気高く歩いてほしい』って」

「……ほう。……保さんにしては、及第点のセンスですわね」

 麗華は、そっと歩の小さな手に自分の指を添えた。

 ぎゅっと握り返してくる、驚くほど熱い体温。

「お聞きなさい、歩さん。……この世界は、時としてあなたを数字やランクで縛ろうとするでしょう。……ですが、忘れないで。……あなたのこの小さな掌には、どんな権力者も書き換えられない『自由』が握られていますのよ。……存分に、不細工に泣き、笑い、自分の道を統治しなさいな」

 麗華の瞳には、かつてないほどの慈愛が宿っていた。

 彼女にとって、この新しい命を守り抜くことは、九条院家という「血の呪縛」に対する、最高の反逆でもあったのだ。

 そして、翌日。

 運命の、国立大学合格発表。

 F高の掲示板の前には、かつてないほどの緊張感が漂っていた。

 しかし、そこには以前のような「他人の脱落を願う」刺々しい空気はなかった。

「……先生! 先生ッ!!」

 人混みをかき分け、英語が得意なはるみが、そしてかつて長ランで暴れた近藤が、叫びながら駆け寄ってくる。

「……合格……! 私、合格しました! 先生の言った通り、自分の『言葉』で勝ち取ってきました!」

「俺もだ! ……先生、俺みたいなバカでも、国立に手が届いたぜ……!」

 麗華は、震える生徒たちの手を一人ずつ、真っ白な手袋でしっかりと握りしめた。

「……お黙んなさい。……合格は、通過点に過ぎませんわ。……ですが、ええ。……よくがんばりましたわね」

 その時、掲示板の影に立つ雅人の姿があった。

 彼は、千尋と沙織が放った「収賄の証拠」によって、すでに理事会の全権を剥奪されていた。

「……お姉様。……あなたは、結局この『不純物』だらけの場所を選んだのですね」

「……雅人。……あなたには、まだ見えないかしら? ……この不純物こそが、世界を輝かせる『原石』ですのよ。……さあ、お行きなさい。……あなたの居場所は、もうここにはありませんわ」

 雅人は一言も発さず、春の風に消えていった。

 夕暮れの校門。

 麗華は、加藤の運転するスポーツカーの助手席に乗り込んだ。

「……さて。……岡山編も、これで幕引きですわね」

「……へっ。……次はどこだ、先生? ……山口か、島根か? ……どこまでも付き合ってやるぜ、ババア」

「……あら。不作法な。……ですが、次はもう少し、静かな『庭』を期待したいものですわ」

 麗華の車が、岡山の赤い夕焼けに向かって走り出す。

 バックミラーには、自立した「薔薇」たちが、それぞれの道を歩き始める姿が映っていた。

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