第37話:『女王の疾走(ロイヤル・ランナウェイ)』
「――九条院先生! 雪乃さんの陣痛、間隔が五分を切りましたわ!」
丸山家からの緊急連絡。受話器を置く麗華の手が、微かに震えていた。
窓の外、試験会場へ向かったはずの保の背中は、もう見えない。
「……保さん。……不細工なタイミングですわね」
麗華は、真っ白なシルクのコートを羽織る間もなく、保健室を飛び出した。
廊下ですれ違うプラチナの生徒たちが、髪を振り乱して走る女王の姿に絶句する。
「……先生!? どこへ……!」
「お退きなさい! 今、この瞬間に、世界で一番大切な『統治』が始まろうとしていますのよ!」
校門を出ると、そこには雅人の差し向けた監視車両が道を塞いでいた。
「お姉様。……公務を放棄して、どこへ行くつもりですか?」
車窓から雅人が冷酷に問いかける。
「おんどれ、ええか、雅人!!」
麗華の絶叫が、岡山の静かな住宅街に響き渡った。
「……数字や権力で、命の産声は止められんのじゃ! ……邪魔をするんなら、この私が、あんたのその不細工な車ごと、地獄まで引きずり回して差し上げますわよ!!」
麗華は、停車していた加藤のバイク――そのリアシートに、ドレスの裾を大胆に捲り上げて飛び乗った。
「……加藤さん! 保さんの家へ! ……最短距離で、風よりも速く飛ばしなさいな!」
「……へっ。……仰せのままに、女王陛下!」
猛烈な加速。
麗華は、保の自宅へと辿り着くと、玄関を激しく叩き、謹慎中だった保を連れ出した。
「……保さん! 行きなさい! ……あなたの人生で、最も重要な『願書』を提出する場所は、試験会場ではありませんわ!」
麗華の叱咤に、保の瞳に火が灯る。
「……先生。……俺、行ってきます!」
走り出す保の背中。
それを見送る麗華の頬を、春の柔らかな風が撫でた。
その時、麗華の元に千尋からの通信が入る。
『――先生。……九条院雅人の裏帳簿、解析完了しました。……雅人が岡山知事と交わした「密約」の全貌、今から全メディアに流しますわ』
女王の疾走は、新しい命を呼び寄せ、同時に腐敗した権力を浄化する「変革の風」となった。




