第33話:『沈黙のアルファベット(サイレント・スペル)』
期末テストの結果が貼り出された放課後の教室。
アイアン・クラスの希望の星だった浅井はるみは、返却された英語の解答用紙を、指が白くなるほど強く握りしめていた。
「82点」。一般的には高得点だが、F高の残酷な相対評価システムにおいては、彼女を「プラチナ」へ押し上げるにはあまりに足りない、そして彼女の唯一のアイデンティティを打ち砕く数字だった。
「……あら。随分と、不細工なスペルミスが目立ちますわね、浅井さん」
通りがかった最上ゆかりが、わざとらしく背後から覗き込み、冷笑を浮かべた。
「英語が得意なんて、ただの『自称』だったのかしら。……アイアンはやっぱり、土の中で単語帳でも齧っているのがお似合いね」
ドゴォッ!!
乾いた音が、静まり返った教室に響いた。
はるみの拳が、ゆかりの頬を捉えていた。
吹き飛ぶゆかり。悲鳴を上げる周囲の生徒たち。
「……うるさい……うるさいのよ! あなたに、私の何がわかるっていうの!」
はるみは、怒りに任せて馬乗りになろうとした。
「……そこまでになさいな。不細工な乱闘は、私の庭では許可していませんわ」
麗華の声が、冷徹に空気を切り裂いた。
彼女は、いつの間にか教室の入り口に立ち、閉じた扇子をはるみの拳の前に突き出していた。
「先生……! こいつが、こいつが私の努力を……!」
「……お聞きなさい。……最上さんの言葉は、確かに不細工な毒ですわ。……ですが、浅井さん。……あなたのその拳は、それ以上に『臆病な逃げ道』ですわよ」
麗華はゆかりを立たせると、はるみの前に真っ直ぐに立った。
「……言葉で傷つけられたのなら、言葉で、あるいは結果で叩き返してごらんなさい。……拳を振り上げた瞬間、あなたの『英語』という気高い武器は、ただの『野蛮な石ころ』に成り下がったのですわ」
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、夕暮れの教室を圧した。
「……点数が下がったことを恥じるな。……点数が下がったことで、自分自身の価値まで暴落したと勘違いして、理性を捨てたその根性を恥じんさいや! ……ワシが預かったんは、拳で語るゴロツキじゃない。……知略と意志で未来を切り拓く、不屈の薔薇たちじゃろうが!」
麗華は、はるみが握りしめていた解答用紙を取り上げ、丁寧に皺を伸ばした。
「……浅井さん。……この『82点』を、不細工な敗北の記録にするか、あるいは『反撃の狼煙』にするか。……決めるのは、あなた自身の『言葉』ですわよ」
はるみは、崩れ落ちるように膝をつき、自分の拳を震えながら見つめた。
一方で、ゆかりは顔を腫らしながらも、不敵に笑った。
「……暴力沙汰ね。……これで浅井は強制退学。……九条院先生、あなたの『統治』も、これで終わりよ」
「……へっ。……先生、この『女同士の泥仕合』、雅人が見逃すはずねえぞ」
影で見ていた加藤が、重苦しく吐き捨てた。
女王の統治、岡山編。
プライドという名のガラス細工が砕け、その破片が麗華の「理想」を深く切り裂こうとしていた




