第32話:『反逆の襟(スタンドアップ・カラー)』
「……あら。随分と、不細工に『首元が騒がしい』登校風景ですわね」
麗華は、校門の前で扇子を広げ、絶句する教師たちの横で優雅に微笑んだ。
視線の先には、アイアン・クラスの万年最下位、近藤がいた。
彼は、指定のブレザーを脱ぎ捨て、どこで調達したのか、顎を隠すほどの超高襟――いわゆる「長ラン」を翻して歩いてきたのだ。
「近藤! 何だその格好は! 校則違反だ、即刻脱げ!」
生活指導の教師が血相を変えて飛び出すが、近藤は不敵に笑った。
「……先生。九条院先生は言ったんだ。『自分の価値は自分で決めろ』ってな。……俺の価値は、この『気合いの入った襟』に宿ってるんだよ!」
翌日。事態はさらなる「不細工な熱狂」へと加速した。
近藤に触発されたアイアン、さらには一部のプラチナ生徒までもが、丈の長い学ランや、裏地に龍の刺繍を施した異形の制服で登校し始めたのだ。
無機質だったF高の廊下が、突如として昭和の「硬派」な熱気に侵食されていく。
「九条院先生! これがあなたの言う『統治』の結果ですか!」
職員室で教頭が、押収した「変形学生服」を机に叩きつけた。
「進学校としての品位はガタガタ、近隣住民からは『暴走族の集まりか』と苦情が来ています! 即刻、全員を停学にしなさい!」
麗華は、教頭が差し出した「没収品」を、真っ白な手袋で丁寧に撫で上げた。
「……ほう。品位、ですか。……教頭、あなたの言う品位とは、同じ色の布を纏い、個性を殺して歩く『量産型の案山子』のことかしら? ……私には、この一針一針に込められた、彼らの『生きたい』という不細工な叫びの方が、遥かに気高く見えますわ」
「詭弁だ! 校則は絶対だ!」
「おんどれ、ええか」
麗華の広島弁が、職員室の窓ガラスを震わせた。
「……服を変えるいうんは、覚悟を変えるいうことじゃ。……彼らはな、あんたらの決めた『ランク』いう不細工な檻を、この学ラン一枚でぶち破ろうとしとるんじゃ! ……その勢い(モメンタム)を殺すような教育なら、ワシがこの手で引導を渡してやるわ!」
麗華は没収された長ランを一着手に取ると、颯爽と廊下へ出た。
そこには、不安げに事態を見守る生徒たちが集まっていた。
「近藤さん。……そして皆さん。……お聞きなさい。……その襟を高く保ちたいのなら、それに相応しい『背中』を見せなさいな。……ただのコスプレで終わるようなら、私がその裾、根こそぎ切り落として差し上げますわよ」
「……へっ。……先生、この『応援団』みたいな連中をどうするつもりだ? 雅人が来れば、この『不細工な反乱』を絶好の解任理由にするぜ」
加藤が、自分の短ランを少しだけ誇らしげに整えながら呟く。
女王の統治、新章。
管理社会の象徴である「制服」を巡る、最も熱く、最も時代錯誤なレジスタンスが、岡山の空に産声を上げた。




