第29話:『命の処方箋(ロイヤル・デトックス)』
保健室の白いカーテンが、春の湿った風に揺れている。
ベッドの上で、青白い顔をして横たわる浅井雪乃。そのふっくらとした腹部には、妊娠七ヶ月という、隠し通すにはあまりに重い「真実」が宿っていた。
相手は、同じアイアン・クラスの保。
二人は、このスコア至上主義の監獄の中で、互いの体温だけを唯一の救いとして身を寄せ合っていたのだ。
「……先生。……私、退学になりますよね。……スコア、もうゼロになっちゃう……」
雪乃の震える声。彼女にとって、学校からの追放は社会からの死を意味していた。
「……お黙んなさい。不細工な計算をなさらないで」
麗華は、雪乃の枕元で静かに扇子を置いた。
「……命の価値を、学校のスコア如きで計ろうだなんて。……そんな不敬な真似、この私が許しませんわ」
麗華は即座に動いた。
まず、雪乃を信頼できる協力者である丸山家の別宅へと秘密裏に運び、静養させる手配を整えた。
そして、動揺し、自暴自棄になりかけていた保に対しては、冷徹な広島弁で一喝した。
「おんどれ、ええか。……自分がしでかしたことの重さ、震えて誤魔化しとる暇があるんなら、その身体を張って雪乃さんと子供を守り抜く覚悟を決めんさいや!」
麗華は保に「自宅謹慎」という名の、外部からの接触を断つ「隔離保護」を命じた。
これは、一条率いる生徒会が「風紀を乱したゴミ」として二人を公開処刑し、スコアを剥奪するのを防ぐための、女王による先制攻撃だった。
放課後。理事長室から呼び出しを食らった麗華は、一条たちプラチナ執行部が待ち構える会議室へと、悠然と足を踏み入れた。
「九条院先生。……浅井雪乃と保の件、把握しています。……不純異性交遊、および重大な校則違反。……即刻、二人の退学処分を決定しました。……彼らのデータは、もう我が校のサーバーからは『削除』されています」
一条が、冷たいガラス越しに麗華を睨む。
「……ほう。削除? ……笑わせないでくださいな、一条さん」
麗華は、真っ白な手袋で会議室のテーブルを叩いた。
「……彼らは、あなたの管理する電子回路の部品ではありません。……九条院麗華の庭で、命を繋ごうとしている一対の薔薇ですわ。……その蕾を、不細工な数字の論理で踏みにじろうというのなら……」
麗華は日傘を広げ、一条の喉元に突きつけた。
「……この藤ヶ峰高校のシステムごと、私が『不燃ゴミ』として処理して差し上げますわよ」
「……へっ。……先生、今回は相手が『命』だ。……広島の時みたいに、暴力じゃ解決しねえぞ」
廊下で待機していた加藤が、重苦しい表情で呟く。




